第7話 一方通行の想い
「どうしたんだいアルク」
「なに顔赤くしてんだ!?」
「久しぶりに殴られたのが嬉しくてね」
ドMか? いや、引いてる場合じゃない。
ひなたに聞こえないよう顔を近づけると、律佳はひどく嬉しそうにしていた。
「王子は……いや、ひなたは俺の幼なじみなんだ。前世のことは覚えていないから、秘密にしてくれ!」
「どうして? 王子は君のことを誰よりも信頼していた。生まれ変わっても側にいられてるのに思い出してもらわなくていいのかい?」
「……俺のことはいい。思い出してほしくないんだ。あんな死に方……」
重苦しくなる想いと一緒に声のトーンも下がる。律佳は真剣に頷いてくれた。
「相当つらい思いをしたんだね。わかった。アルク……亜紀がそうしたいのなら合わせるよ」
「うん、ありがとう」
ホッとして笑うと、律佳は目を伏せた。顔がまた赤くなっている。
「それなら僕にもチャンスが……いやそれは不謹慎すぎるぞ……」
「は?」
「なんでもないよ。では尚更、あの悪魔をどうにかしないとね。やはり代わりに僕が奴を滅して……」
律佳は笑顔のままグッと拳を握りしめた。その気持ちは嬉しいけど……
「律佳、俺だって今すぐあいつをぶちのめしたい。でもこの世界じゃ暴力は犯罪だ……だから騒ぎを起こさず、ひなたに迷惑をかけずに解決したくて……ごめん、俺の都合で。それに、律佳が犯罪者になるのも嫌だ」
「亜紀……」
目を潤ませた律佳に正面から抱き締められる。
「僕のことを思ってくれているんだね……嬉しいよ……!」
「ちょ……スキンシップ激しくなったか!? いちいち抱きつかなくていいから!」
「……」
深い息と間があり、体が離れる。匂い嗅がれてたような……いや気のせいだよな。
「すまない……亜紀のことになると周りが見えなってしまって」
爽やかに笑いながらも頰は赤かった。
「あっ、そう……お前、前からそんなだったっけ?」
「……僕はもう遠慮したくない」
「どういうこと……? とにかく、いい感じに悪魔を倒す方法を探すぞ!」
話の流れで律佳と作戦会議をしていると、視界の端でひなたと悪魔が会話を始めた。そっと耳を澄ませる。
「亜紀とあいつ、知り合いなのか?」
「うーん、たぶんね(どうにか言い訳するんだろうし適当に誤魔化しとこ)」
「桜花、さっき首掴まれてなかったか? 大丈夫?」
「平気。俺は丈夫にできてるから」
心配そうに悪魔を見上げるひなた。ひなたは誰とでも距離が近い。心の距離も。だから人から愛されるんだけど、そこがひなたの良いところなんだけど……
「亜紀? どうかした?」
「ああ、いや……」
「王子が気になるんだね……」
「ん……」
その度にどうしようもなく醜く嫉妬してしまう。俺だけを見ていてほしいって思ってしまう。
「桜花は絡まれやすいのか? 亜紀もお前につっかかってるし」
「そーみたい。みんな俺の容姿端麗なこの顔に嫉妬しちゃうんだろうね」
「ははは! 桜花はほんとに綺麗な顔してるもんな。でも相手を挑発するのはよくないぞ。殴られたら綺麗な顔に痕が残るかもしれないし」
モヤモヤしていると、ひなたの顔に悪魔が近づく。
「心配ありがとう、ひなたくん♡」
「近い!」と叫ぼうとした瞬間に、ちゅ、とひなたの頰に口をつけた音がした。
「!?!?」
席を立ち、ひなたを強引に奪い返す。
「ひなたに何するんだ馬鹿野郎!!」
心臓が跳ね上がった。むしろ止まるかと思った。自分がされた時より何倍も汗が出た。
「気に入ったものにはマーキングしとかないと。口にじゃないんだし、そのくらい……」
「よくない!!」
絹のようなひなたの頰になんてことを……!! 怒りで吐きそうだ。悪魔が触れた部分を一生懸命擦る。
あれ、この感じ、既視感……
「亜紀! 待て、痛いって!」
「はっ……つい……」
ひなたは自分で頬をさすった。
我を忘れて律佳と同じことを……
「ごめん、ひなた……」
「大げさだなぁ、亜紀は」
落ち込んだ肩をぽんぽんと叩かれる。ひなたは悪魔に目線を移した。
「桜花はスキンシップが熱烈だな」
「仲良くしたい相手にはね」
「そっかあ。さっき知り合ったばっかなのに嬉しいな」
ひなたは軽く笑い飛ばした。
キスを全く気にしてる素振りがないのは救いだった。照れたり意識しているところなんて見たら窓ガラスを叩き割っていたかもしれない。……それこそ停学もんだ。
「俺にはいいけど、気にする相手もいるだろうからそこは気をつけろよ」
なっ……!?
「ひなたくんには、してもいいんだ」
「よくない! 俺が許可しない! ひなた!軽々しくそんなこと言ったら駄目です!」
悪魔を睨み、ひなたをさらに強く抱きしめてしまうと少し苦しそうな声が漏れた。
「だから、大げさだって」
「う……」
大げさじゃなくて、本気でこいつは信用しちゃいけないんだよ! って言いたいけど言えないのがもどかしい。
必死に言葉を飲み込む俺の姿を滑稽に思っているのか、悪魔は瞳をぎらつかせ、ゆらりと距離を詰めてくる。
「俺は亜紀くんとも仲良くしたいんだ……ふふ、ひなたくんばっかり構って自分の身が疎かにならないようにね……♡」
ひなたを背に庇うと、律佳が俺と悪魔との間に割り入る。
「2人に触れるな」
「チ……邪魔だな」
冷戦状態。険悪な雰囲気が再び立ち込める……
「おはよう、みんな!」
その時、勢いよくドアが開き快活な声が教室に響き渡る。
「着席してくれ!」
……ん? この声、聞き覚えがある……
俺と律佳は同時に動きを止め、ドアの方に視線を移すと言葉を失った。
教室に入ってきたスーツの若い先生は太陽のような笑顔で教卓に立った。クラスメイトは自分の席に着席していく。呆然と立ちつくす俺と律佳を除いて。
目の前にいる先生は……
クレール王子の兄、第一王子のソール王子だった。
「そこの2人。えーと名前……空いた席があそことそこだから……栗島と水無月」
で合ってるか?と名簿を見ながら先生は微笑む。名前を呼ばれ、ギク、と体がこわばる。
「どうした? 俺の顔見てそんな驚いて。なんかついてるか?」
「「いえ、滅相もございません……!」」
綺麗にハモった。くすくす、と教室に笑いが起こる。
「敬語は必要だが……そんな堅苦しくなくていいぞ? まあとりあえず席につけ」
「「申し訳ございません……」」
俺とロッカは冷や汗をかきながら顔を見合わせた……
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