第6話 豹変する友
「……死、因」
律佳の声は震えていた。
「ああ。王子は変死したんじゃない。こいつの毒は未知のもので、解毒できずに王子はそのまま……その時俺はこいつと戦って勝ったんだ。心臓を刺して殺したはず、なのに今日、突然目の前に現れやがった」
「騎士クンと王子サマに会いたくて来ちゃった♡」
舌打ちをし、話を続ける。
「俺は王子を守れなかったことを今でも悔いている。だから今度こそこいつを倒すと決めた。そのためにいい知恵があれば……」
俺の話を聞き終わる前に律佳の手がぬっと伸びた。「しまった」と思った頃には遅く、無言で悪魔の首を鷲掴み、教室の隅まで追いやり壁に押し付けていた。
「君がクレール王子を殺したって……?」
「さっきご説明のあった通りだよ」
「そうか、なら手加減の必要はねえな。大罪を犯しておいて何笑ってやがる、この屑野郎」
「……はは、どうも張りついた笑顔だと思ってたんだ。アルクの前では優等生の猫かぶりちゃんなんだね。っていうかあんた、誰?」
「俺はアルクと同じ騎士団に所属していた。アルクの親友だ」
「へぇ、騎士団の方々はみんな口が悪いのかな? まあどうでもいいけど。俺はアルクとクレール以外の人間に興味ないんだ」
「興味ぃ……!?」
悪魔と律佳の話は聞こえないが、背中のオーラから律佳がガチギレしてることは分かる……!
俺はガチで怒られたことはないけど、前世時代に騎士団の後輩相手に説教していたのを見たことがある。とにかくその声が怖かったのを思い出した。
「何だ? ケンカ?」
「こわ……」
「不良だったりして……」
気がつくと、他の生徒たちがこちらを見て訝しげな表情を浮かべている。まずい。入学初日から殴ったりしたら停学、最悪退学……! それにほかの生徒からの評判だって、悪くなってしまう。律佳が怒るのも殴りたくなるのも当然だ。ずっとわからなかった王子の死因を突きつけられたんだから……
こうなることは予想できたはずなのに、ゆっくり伝えなかった俺の責任だ。
「アルクにベタベタ触ってキスまでしやがって……悪魔はストーカーが趣味なのか?」
「ははぁ、アルクのこと好きなんだ」
「だったらなんだ」
「可哀想に。アルクが見ているのはお前じゃない」
「悪魔は挑発がお得意なんだな。クレール王子を殺してからアルクのこともいたぶったのか」
「ふふ、本当に可哀想。教えてあげる。アルクは王子サマのいない世界に絶望して自ら首を切ったんだよ」
「は?」
「王子サマが死んでから、国や騎士団がどうなるかも考えず、全部捨てて大好きな王子サマの後を追った。あいつは結局、自分と王子サマのことしか考えていない! あはは!」
「黙れ! アルクを侮辱するな! 二度とアルクの前に姿を現せなくしてやる……っ!!」
「待っ、殴るな! 律……」
振りかぶった律佳の腕を止めようとしたとき、教室のドアが軽快に開いた。
「ただいまー、亜紀! リハ終わったぞ…………って、なんだ、どういう状況?」
「ひなた……!」
殴りかかる寸前で動きを止めた律佳、首を絞められている悪魔、遠巻きに見る他の生徒……説明のしようが無くて黙る俺。なんつータイミングだ……!!
ひなたはキョロキョロと、異質な雰囲気に包まれた教室を見回した。状況を理解したひなたは俺の横を通り過ぎ、律佳と悪魔の間に入った。
「ケンカはやめろ! 暴力で解決しても幸せになれない」
一言で空気が変わった。
その場にいる全員が口を閉じ、ひなたを見つめた。
「互いに怒るだけの理由があったのかもしれないが、殴る前にまず話し合え。ただの誤解かもしれない。相手のことを理解すれば、誰も傷つかずに解決できるかもしれないだろう?」
一瞬で止まった喧嘩にどこからともなく拍手が起こった。ひなたはすごい。真っ直ぐで、人を変えていける。信頼されている。そんなところが心から好きだ。
クレール王子の信念は、誰も傷つかない、恐怖も飢えもない国。だからたくさん振り回された。自ら盗賊団と話をしようとしてアジトに乗り込むし、お忍びで町に行って普通に買い物して町の人と会話してるしで……心配で何度も怒ったりしたけど、楽しかった。その信念は今も変わらずひなたの中にある。
「はは……大したことはしてないよ」と謙遜しながら生徒たちにひらひらと手を振った。
教室には平和な空気が流れ、生徒は再び思い思いに自分たちの話に花を咲かせ始めた。
ひなたは律佳に微笑みかける。
「桜花を殴ろうとしたの、何か理由があったんだろ? 俺でよければ愚痴でもなんでも聞いてやるか……ら……」
大人しくなった律佳の瞳からぼろぼろと涙がこぼれた。ギョッと目を丸くするひなた。悪魔も律佳の姿にぽかんと口を開けている。
「えっ、言い方キツかったか!? ご、ごめんなあ」
ひなたが顔を覗き込むと律佳は震えた声を出す。
「おうじ……」
「え?」
「クレール王子っ!!」
「んぐっ」
律佳は思いっきりひなたを抱きしめた。
呆然としてしまっていたが、悪魔に「いいの?」と口パクされてハッとする。
「なんだよいきなり!? 苦しいっ!」
「王子……っ! あなたにも再び会えるなんて……」
バシン!
「いたっ!」
「律佳……! ちょっとこい!!」
律佳の頭を叩き、腕を引きずり自分の席まで連れてきた。
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