第5話 仲間との再会

 始業時間が近づき、教室にはだんだんと人が集まってきた。同じ中学からの友達や、SNSで知り合った人同士で話している生徒。ひとりで席に着く生徒と様々だった。互いに探り合いな雰囲気が新学期を感じさせる。


 この悪魔は黙ってその場にいるだけで注目されている。女子の黄色い声に気がつくと、にこりと手を振って、またさらにきゃあきゃあと声があがる。


「俺めちゃくちゃモテてない? 魅了はかけてないんだけどねえ……人間の女の子って単純だ」


 座っている俺の隣に立ち、これでもかと顔を近づけ小声で話しかけてくる。

 虫を払うようにノールックで顔をぶっ叩こうとしたが「そうくると思ったよ」と軽く止められた。

 早くひなた戻ってこないかな……と陽だまりの笑顔を思い浮かべてため息をつく。


 その時、ドサッと大きな音が聞こえた。誰かが鞄を落としたんだろう。


「アルク……っ!?」

「え……っ」


 何でその名前を。

 もう一生呼ばれることはないと思っていた、前世の俺の名前……


 声の方に振り向いた瞬間、その人物を確認する暇もなく、顔面ごと抱きしめられた。


「むぐっ」

「アルク! 君、アルクだろう! こんなところで再会できるなんて運命だ! ずっとずっと会いたかった! 僕のこと、覚えてる!?」


 腹筋が顔にめり込む。


「痛い痛い! 誰だよ! 先に顔を見せろ!」

「あっ……すまない、昂って本気で抱き締めてしまった」


 やっと硬い腹筋が離れ、息を吸い込み相手を見上げる。


 綺麗な瞳とぱちりと目が合った。


「あーーーーーーっ!!!!」

「思い出してくれた?」

「ロッカだな!?」


 頭の奥の奥の引き出しがガバッと開いた。綺麗な顔も優しい声色も雰囲気も何ら変わっていない。


 嬉しそうにうなずくロッカの瞳には涙が浮かび、ぼろぼろとこぼれ落ちた。すらっと細い手のひらが俺の頰をゆっくりと包む。


「ああ……アルク! 本当にアルクだ! ぐすっ……こんなに大きくなって!」


 俺がひなたに言ったセリフと同じだ……

 覗き込まれ、涙が落ちてきそうな距離まで顔を詰められる。


「な、なあロッカ……近いって……」


 ふと視線に気づく。視界がほとんどロッカに遮られているが、ひそひそと聞こえる話し声は俺たちの話題だ。俺たちに注目が集まっている。


「ロッカ、もうちょい静かに話せ、見られてる!」

「変わっていないなあ……! アルク……君のことを思い出さない日はなかったよ……ぐすっ……」

「聞け」


 顔を撫でまわす手をどける。そういやこいつはこんなやつだった! 他の生徒に聞こえないよう声を縮める。


「前世のことなんて、周りに説明しようがないだろ! 面倒事になるからアルクって呼ぶな、俺は亜紀だ!」

「亜紀……綺麗な響きだ……! 僕の今の名前は水無月律佳みなづきりつか。亜紀の言う通り、僕たちの関係は秘密にしておかないと……」

「誤解を招くような言い方はやめろ」


 振り払ったのに再びベタベタと引っ付いてくるこいつは、かつて俺と同じ騎士団にいた仲間。立ち振る舞いも戦い方も綺麗で、すごく強かった。そんなロッカに憧れて、入団当初は俺の方がロッカに引っ付いていたのに、それはいつのまにか逆転して、ロッカの俺に対して子どもをあやすみたいに激甘になった。


 前世のことは夢の内容しか思い出せなかったが、まさか俺とひなた以外に生まれ変わりがいるなんて。しかも同じクラス、偶然すぎる。


「僕は前世を思い出してからずっとアルクのことを考えていたよ。君ももしかしたら生まれ変わっていて、また会えるかもって」

「はは……そっか」


 ごめん、ロッカのこと思い出したの今だ。


「……アルクとクレール王子が変死したあの日から、色を失った毎日だったよ。あれからとても大変で……」

「変死!?」


 そうか……悪魔の毒なんて解明しようがない。悪魔の存在は噂程度にしか聞いたことがなかった。変死と処理されるのが当たり前か……


「ここじゃ込み入った話はできない。後で詳しく教えてくれないか。王子と俺が死んでから国がどうなったのか、ちゃんと知りたい。俺はあの日全てを投げ出してしまったから……」

「もちろんいいけど……全てを投げ出したって?」


 ロッカと再会できたのも何かの縁だ。俺には王子の命令に背いて自害した責任がある。この後悔をなくすためにも……


「おふたりはどーいう関係?」


 こいつのことをすっかり忘れてた……話を聞かれしまった。悪魔は楽しそうに俺の肩に手を置き、体を引き寄せられる。律佳は顔を歪めた。


「なっ、触っ……! ゴホン、君こそ亜紀とどういう関係なんだ」


 白い手の甲を思いっきりつねってやると「いった……!」と、こもった声が聞こえた。それでも離れないので無理やり悪魔の胸を押し返していると急に顎に手を添えられる。


「亜紀くんはぁ……俺のおもちゃ♡」


 ニヤリと笑うと同時、頬に柔らかいものが触れ、律佳に見せつけるようにリップ音が響いた。


「っ……!?!?」


 何が起こったか理解に時間がかかった。

 頰に、キス、された……!? 思いっきり目を見開き悪魔を凝視すると、長い犬歯を覗かせてさらに口角をあげている。ゾワゾワと悪寒が全身を流れ、力いっぱい押しのける。


「あら、思ったよりかわいい反応だ。顔真っ青だよ、亜紀くん♡」


 なんだこいつは、何がしたいんだ……!?


「おっ……まえ……!! 気持ち悪! なにすんだいきなり!! バカ!アホ!」

「語彙力なくなってるよ」

「アルク!!!」


 今度は律佳が飛びついてきて、悪魔にキスされた(認めたくないけど)頰をとんでもない速さでゴシゴシと擦る。


「律佳、痛いって! 摩擦熱!」

「はっ、すまない亜紀、あまりのことに取り乱してしまい……本当になんなんだこの失礼な奴は!?」


 にやにやしている悪魔を指さした律佳は、眉をつり上げて肩を震わせている。俺よりもさらに怒ってるこいつを見ていると一周まわって冷静になってきた。


 隠す必要もないか……味方は多い方がいい。こいつを倒す方法、一緒に考えてもらおう。


「……こいつは、今はこんな格好してるけど悪魔だ。そんでクレール王子の死因。王子はこいつに噛まれ毒を入れられて命を落とした」

「ご紹介に預かりました悪魔でーす♡ この姿では桜花魔斗っていうんだ。よろしくね、ロッカくん……あ、律佳くんのほうがいいかな?」


 自己紹介を終えた悪魔はムカつく顔でピースしている。


 律佳はピタリと固まった。

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