第4話 赤い瞳が見透かすモノ

 悪魔は妖艶な空気を纏っていた。さっきまでのちゃらちゃらした態度とはまるで別物だ。


「お前と話すことなんて……」

「どうして王子サマに本当のことを言わないの?」


 鮮血のような赤い色の瞳に心の奥まで見透かされているような気さえしてくる。


「言わないなら当ててあげる。毒で苦しんで死んだ記憶を思い出させたくないから。守れなかったことを悔いているから。王子サマの言いつけを守れずに後追いしたことを知られたくないから」


 本当に俺の心が見えているとでも言いたいのか、悪魔は見せつけるようにひとつずつ指を折っていく。笑った口元から犬歯が覗いた。


「どう?」

「ッ……てめぇ……!」


 目を細める悪魔の胸ぐらを掴む。


「わかりやすいねえ」

「俺たちの前に現れた本当の目的を言え。何か隠しているだろ」

「そんなのないよ。言ったでしょ、興味がわいたから会いに来ただけだって」

「そんな気まぐれで、一般市民として平和に過ごしてきた俺とひなたの日常を邪魔するのか……!?」 


 ひなたには絶対に辛い記憶を思い出してほしくない。胸ぐらを掴んだ手にさらに力が入る。


「あの方は、冷たい地面で死ぬような人じゃなかった! 暖かいベッドの上で、親しい人に囲まれながら寿命を迎えてほしかった、なのに……お前のせいだ! そうだよ、俺は俺は王子を守れなかったことを悔いている。だから今世は親友として、ひなたを生涯かけて守ると決めた。お前に手出しはさせない!」


 心臓が昂ぶり、荒く呼吸する。少しの間の後、眼前の悪魔は笑い声をあげた。


「……ふふ、あはは!」


 恐ろしく愉しげな声が誰もいない教室に響く。何でこの状況を笑えるんだ、こいつは。


 細い指が伸びてきてするりと俺の頰に触れた。


「その憎悪に満ちた目……! やっぱり綺麗だ。取り出して飾りたいぐらい……!」


 頰に触れていた手は、顔を鷲掴むように迫ってくる。視界が隠される。


 目を、取られーー


「触るな!」


 思いきり突き飛ばすと、悪魔はバランスを崩してイスから落ちた。


 気圧された。一瞬でも怯んでしまった。見た目は人間でも、こいつは得体の知れない不可思議な存在だと思い知らされた。


「ふふ、じょーだん。その目はあんたが死んだときに貰うことにするよ。大好きな王子サマの目玉と一緒に飾り付けてあげる。嬉しいでしょ?」

「下衆が……!」

「俺はね、綺麗なものと楽しいことが好きなんだ。あんたらはどっちも持ってるからね、お喋りするだけで楽しいなあ」


 悪魔は乱れた服を直しながら、行儀悪く机の上に足を組んで座った。


「ねえ、王子サマのこと愛してるんでしょ? 身分がなくなったのに、どうして告白しないの?」


 真っ直ぐと見透かす視線に寒気がした。


「お前には関係ない。黙れ」


 悪魔はふふ、とご機嫌に笑った。


 俺は王子のことを愛していた。最期を迎えるその瞬間まで、気持ちを伝えることなく終わった。王子は俺のことをいちばんに信頼してくれていた。それを裏切れなかった。信頼と愛は別物だ。身分も違うし、王族に愛を伝えるなんてできなかった。


 今の俺とひなたは身分もなくて、同い年で、親友。性別は同じでも告白することはできる。


 そうしないのは……


「あんたが本当に愛しているのは、王子サマとひなたくん……どっちなんだろうね」


 どくんと心臓が鳴った。


「それは……っ」


 言葉が喉につっかえた。


「ひなた、って即答しないんだ。なんでだろうね?」


 なんで即答できないんだ。今ここにいるのは、ひなたなのに。王子は……もういないのに。


「迷い、不安、焦り……それでこそ人間だ。騎士クン……いや亜紀くん。答えを聞くのは待ってあげる。楽しみにしてるね。それと、あんたのご希望通り、ひなたくんに過去のことは黙っててあげる」


 その時、廊下からざわざわと人が歩いてくる音が聞こえ出した。


「まあ、勝手に思い出しちゃう可能性はあるけど……ふふ、そろそろ誰かが来そう。この話はまた今度」

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