kalei do scope⑦

 結局主が帰ってきたのは日も大分落ちた時分であった。シルフが出直そうとした矢先、鼻歌まじりに帰って来た。


 ソフィアはその姿を確認すると、シルフに軽く頭を下げ、新しい紅茶を準備する。その間も二人は久々の再会に喜び、談話を楽しんでいた。


 ソフィアは紅茶を入れ終わると、一言断りを入れて静かにその場を後にした。洗濯物は戻ってから取り入れようか。夕餉ゆうげは何が良いだろうか。そんな事を考えながら外に出る。外では気の早い秋の虫が数匹、楽しげに演奏をしていた。


 空を見上げると、主の髪のように、美しい緋色に染まった空が見えた。だが、視線を動かすと、奥の方は夜の闇に塗られていて、その様子が出会った頃の主の髪の毛を彷彿とさせた。


 夕餉の食材を探すために森の中へ足を踏み入れると、大きな林檎の木が鮮やかな紅色の実を実らせていた。


 ここに来るのも久しぶりだ。ソフィアはそう思いつつも、数個それをもぎ取る。今夜はアップルパイをデザートにしよう。いや、せっかくシルフも来ているのだから、何か林檎を使った料理を振る舞うのも良いかもしれない。そうして、もぎ取ってた林檎を抱えて帰っているうちに、ソフィアはあることに気がついた。


 主がいなければ、自分の世界はあの小屋で終わってしまっている。きっと今も誰かが小屋を訪れることを心の何処かで望み続け、けれど、そんなことはありえないと諦めてしまっていることだろう。あの、小さな身体のまま。


 それはなんて色の無い単調な生活なんだろうか。ソフィアは林檎の紅色を見て思った。主の緋色から始まり、自分の中には様々な色が少しずつ、本当に少しずつ増えていった。今持っている紅色もきっとその一つ。


「不思議ですね……」


 歩きながら、ソフィアは無意識のうちにそんなことを呟いていた。ソフィア自身そのことに驚いたし、何よりも自分がそんなことを考えていることが面白かった。


 ソフィアが小屋に戻ると、シルフはもう帰ってしまったようだった。本当に顔見せ程度だったのだな。ソフィアはそう考えると、一つ小さな溜息を吐いた。


「あぁ、お帰りソフィア」


 主は椅子に座って、真新しい表紙の本を読んでいた。見たところ何かの文学作品だろうか。


「ただいま戻りました。シルフはもう帰って仕舞われたのですね」


「あぁ、つい先程ね。そろそろ戻らないとバンシーに怒られてしまうそうだ」


 主はそう言って、くすくすと笑った。妖精の女王――バンシー。ソフィア自身も一度だけお目に掛かったことがある。と、言ってもその出会いも主がいてこそなのだが。


「ん? どうかしたかい?」


「いえ、考え事があっただけです。お気になさらないでください」


 ソフィアはそれだけ言ってしまうと、夕餉の用意に取りかかる。林檎とブルーチーズのグラタン、焼き林檎にシナモンをまぶしたもの、アップルパイ。そして、主が好きだと言っていた、サツマイモと林檎の煮物。これだけの料理を器量良く作り上げられたことに、ソフィアはまだまだ自らの腕は落ちていないことを再認識する。


「この林檎は森の?」


 主はグラタンを口に含むと、そんなことを聞いた。


「えぇ。久方振りに見に行ったら立派に実っていましたので」


 ソフィアは先程訪れた林檎の木を思い出す。紅色の実をその身に宿した木は、まるで収穫されるのを待っていたようだと思えた。


「お口に合いませんでしたか?」


「そういうわけじゃないさ。ただ、懐かしい味だと思えてね」


「懐かしい……」


「そう。懐かしい味」


 主は美味しそうに次々と料理を口に運ぶ。その様子を見て、ソフィアは作って良かったと、一人安堵した。

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