kalei do scope⑤

 主は食事を終えると、さっさと紺色のワンピースを着て、散歩に出かけてくると言って家を出てしまった。ソフィアはその姿が見えなくなるまで見届けると、部屋の掃除を始める。先ずはハタキを使って戸棚の埃を落としていく。次に床を丁寧に掃いていく。あらかた掃き終えたところで、今度は机や戸棚を拭き掃除していく。そして、最後は主の着ていた服や、ベッドに敷かれたシーツを取り替え、それを庭で洗う。


 いつも通りの作業。これは主がいない間もずっと行っていた。いつ帰ってきても、彼女が気持ちよく家で過ごせるように。


「やあ、緋色のとこのブラウニー」


 シーツを干していると、そんな声が聞こえた。ソフィアは声のした方へ視線を向けると、狩人のような格好をした男が一人、宙に浮かんでいた。


「ごきげんよう、シルフ。今日はどうなされましたか?」


 ソフィアは特に驚いた様子も無く挨拶をすると、洗濯の続きを始める。


「いや、緋色の魔女が帰ってきたと聞いてね。久々に顔でも見ようかなと思っただけだよ」


 シルフはソフィアの様子にもう慣れているのだろう、何事も無かったかのように用事を伝えた。


「えぇ、先日お帰りになりましたよ。今はお出かけになられていますが」


「入れ違いかー。こりゃ勿体ないことをした」


 シルフはそう言って笑うと、静かに地面に降り立った。


「用件があるならお伝えいたしますが」


「あぁ、気にしないでくれ。本当にただ、顔でも見て世間話をしようと思っただけだからよ」


 シルフは欠伸を一つすると、指をパチンと鳴らした。すると心地の良い風が吹き始め、洗濯物とソフィアの錦糸のような髪を揺らす。


「この風があれば夕方までには乾くだろ」


「ありがとうございます。助かります」


 ソフィアが深々と頭を下げると、シルフは気にするなと言って笑った。


「良ければお茶でも如何ですか? 一杯でも飲んでいるうちに帰って来られると思いますし」


「うん。なら頂こうかな。緋色のとこのブラウニーが淹れるお茶は、他のとこよりも美味しいからね」


 美味しい、のか。ソフィアはシルフを部屋に招き入れながらそんなことを思った。自分が淹れた物以外に飲んだことのない彼女にとって、それが美味しいのか、そうではないのか区別することは出来なかった。だからこそ、他のモノに美味しいと言われる度に誇らしく感じつつも、何処か不思議な思いを持っていた。


 慣れた手付きで、ソフィアはこぽこぽと、紅茶をティーカップに注いでいく。そして、それをある一定の高さまで淹れ終えると、そっとシルフの前に差し出した。


「うん、やっぱり美味しいな」


 シルフは紅茶を口に含むと、素直な感想を口にした。


「ありがとうございます」


 ソフィアは感謝の辞を述べると、そっとキッチンの側に立つ。それが彼女にとっての当たり前であったし、これ以外にどうすれば良いのか分からなかった。


「座りなよ。今は主と使い魔の関係じゃ無い。身分の差はあれど、妖精同士だ。気楽にやろう」


 シルフはそう言うと、指を軽く動かした。微量の風が吹き、椅子を後ろに押して、ソフィアに座るように促す。ソフィアは一瞬戸惑うような仕草をした後、素直に礼を言ってそっと椅子に腰掛けた。

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