kalei do scope④

 ソフィアは慣れた手つきでアンダインから受け取った魚の下処理を済ますと、てきぱきとした動作で次々と朝食を作り上げていく。出来上がったスープを少しだけ味見すると、昔と同じ味を作れていたことに少しだけ安心する。料理は腕が落ちないよう、たまにしていたものの、ほとんどは主の置いていった缶詰や、調理しなくても食べられるもので過ごしていただけに、少々不安だったのだ。


「あぁ、おはようソフィア」


 主は大きく伸びをして、長い緋色の髪を一つにすると、ゆっくりと起き上がった。


「おはようございます」


 ソフィアは軽くお辞儀をすると、魚を焼きにかかる。やはり、魚は焼きたての方が美味しいものだ。


 魚が丁度良い焼け具合になると、ソフィアは棚から主の愛用していた木製の皿を取り出し、盛りつけていく。この皿を使うのも三年ぶりかと、ソフィアは少しだけ感慨深く思う。


「やあ、良い匂いだ」


 主は席に着くと、次々と運ばれてくる食事を嬉しそうに頬張った。


「やっぱりソフィアの作る食事は美味しい」


 主の言葉にソフィアは軽く頭を下げ、彼女のために食後の紅茶を淹れる。


「ところでソフィア」


 主はスープを口に含むと、少しだけ驚いた顔をして使い魔の顔を見た。


「どうかなさいましたか?」


 ソフィアは主の反応に少しだけ不安になり、顔を見つめた。


「このスープ、少しだけ味を変えた?」


「いえ、そんなはずはありませんが……」


「そう? なら、気のせいかな」


 主はそれで納得したのか、またソフィアの作った食事を食べる作業に戻ってしまう。


 変わった、のだろうか。


 先程味見した時の味を思い出す。ソフィアとしては別段変わっているようには思えなかった。


 しかし、それが彼女では無く、主の変化であったとしたら。そう考えると、ソフィアは少しだけ肌寒いような気がして、着ている服の袖を軽くこすった。


「寒いのかい?」


 主はそんなソフィアの様子を見て尋ねる。


「いえ、少し埃が気になっただけですので」


 ソフィアは淡々とした声でそう告げると、蒸らし終えた紅茶をそっとティーカップに注いだ。


「私の気持ちとしては、そろそろ君に新しい衣装をプレゼントしたいのだが……」


「お止めください」


 ソフィアは主の言葉を遮るようにして言った。ソフィア達ブラウニーにとって新しい衣装を与えられることはこの上ない侮辱に等しい。故に、現在着ている服も、最初は主に大きくして貰った際に無理矢理着させられた服を使い続けている。最初はそれも抵抗があったが、それはプレゼントでは無く、使役するための衣装だと押し切られてしまった。


 だが、口ではぶつくさ文句を言っていても、ソフィアはこの服を大変気に入っている。フリルの少し多い、少々派手なデザインだが、シルキーや、他のブラウニー達が着ないような服装が何処か誇らしかった。


「分かっているさ。だからこそ、わたしは君には服を与えない。代わりにミルクを一杯。他のブラウニーの主がするように、暖炉の上に置くだけさ」


主はそう言って立ち上がると、マグカップにソフィアが料理のために持ってきていたミルクを注いだ。それを包み込むように持つと、すぐに暖かな湯気の立つホットミルクになった。


「置いておくよ」


 主はミルクを暖炉の上に置くと、また食事に戻ってしまった。ソフィアは小さく息を吐いてそれを受け取ると、主の正面の椅子に腰掛けた。


 彼女はそんなソフィアの様子に一瞬驚いた様な表情をした後、満足そうに笑った。

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