第10話 1月25日 山奥の友達の家に泊まりで肝試し
1月25日 木曜日
今日は学年末テスト、3年生にとっては最後のテストだった。今日のテストが終われば俺たちは、もう学校でやることは残されておらず、ほとんど学校に登校する必要はなくなる。
週に一回程度の登校になり、仮卒状態になる。その間は自動車学校に行く者がほとんどで、社会人に向けての準備をする。
学年末テストは最後のテストではあるが、俺たちに緊張感のようなものは存在しなかった。
この学校はテストの成績で、就職先を選べるようになっている。成績の悪い奴は成績が良い奴が選んだ後で、残った企業を選択する。
学校の勉強が直接将来の自分に影響するため、みんな必死で勉強に励んでいた。しかし3年生の後半は勉強を頑張る必要はない。
というのも既に就職先が決定しているからだ。この学校の最大の恩恵は大企業への就職だ、そのためにみんな勉強して高得点を目指す。
しかしその恩恵を既に受け取った今、俺たちに勉強を頑張る意味はないと言える。その空気感は学年全体に浸透していて、テスト前の焦りやピリついたものは無く、ゆったりと安心した空気感が広がっていた。
点数は最低限の35点を超えれば問題ないと言う者がほとんどだった。
そんな中で迎えた学年末テスト。俺は1秒も勉強をせずに挑んだ。今までは就職のために何時間も苦労して勉強していたが、その意味もなくなり、とうとう全く勉強をしなくなってしまった。
もし0点を取ってしまったとしても、1学期と2学期の勉強を本気でしていた頃の点数を合わせると、平均して35点は確実に超えるだろうと判断したからだ。
対策をしていなかったため手応えは全くと言っていいほど無かった。特に英語は確実に赤点を取っているだろうと思う。
他の生徒も似たようなもので、本気で頑張っている生徒はほとんどいない。頑張っているのは、このクラスで1位や2位を取り続けるような奴らだけだ。
俺は勉強をする恩恵を受けられなくなったのにもかかわらず、勉強を続けられるこいつらを不思議に思っていた。
石津やチンパンジーはもちろん勉強なんてせずに、いつも通り鉛筆を転がして問題を解いているようだった。
パンジーや石津は、そもそも就職先が決まる前ですら、勉強はしていなかったから、今更勉強を始める方がおかしな話なのだが。
最後のテストが終了すると、廊下に出していた荷物を一斉に教室に戻し始める。テストが終わると普通は、答え合わせをするのがあるあるなのだが、点数に価値を感じない生徒はテストの事など頭に無かった。
テストが終了して荷物を戻すと、自然と俺たちは松永の机に集まっていた。石津やパンジーも含めて、合計6人くらいの人数だ。すると石津が、何か考えていたのか、迷わずに喋り出す。
「あのさ、今日から学校ないじゃん? 俺の家で泊まりの許可出たから来ねえ?」
石津が俺たちに泊まりで遊ぶ事を提案する。BBQの話は元々出ていたのだが、それが今実現しようとしている。
俺たちはその話を聞き嬉しそうな表情を浮かべてワクワクしている。
「ピャーッー! マジで!? 」
パンジーは飛び跳ねながら奇声を上げている。興奮して理性が吹き飛んでいるようだ。
初めから理性などないのだが……
家族の規制が緩いのか、6人全員が泊りに行くことに賛成した。
6人も泊まれるのかについては既に話し合っている。石津の家はかなり広いらしく、10数人でも余裕があるほどの広さらしい。
それから集合場所や買い出し、時間などを決めると、みんな一度家に戻ってから、石津の家の近くのバス停で集まる事を確認してから解散した。
午後6時 石津家
石津を含めて6人が集まった。辺りはすっかりと暗くなり、灯りは石津の家から漏れる光のみだった。
石津の家は山奥にあり、長い坂道をみんなで歩きながらここまで辿り着いた。家に着いた頃にはみんなヘトヘトになっている。
この後 BBQをするために、炭や網、コンロなどを用意するのだが、坂道を歩いた疲労で、かなり時間がかかっていた。
「早く肉! 早く肉! 」
そんな疲労の中にいる俺たちとは違い、パンジーはピンピンしているようだった。
パンジーは元々森に生息している生き物なので元気なのは頷ける。
パンジーは疲れている俺たちとは違い、1人で準備を進めてくれていた。
結局パンジーがほとんどの準備を済ませ、あとは火を起こすだけのところまで終わっていた。
うちわを仰ぐと、次第に火は強くなり、炭を燃やす勢いが強くなっていく。
最後に炭の位置を調整して、準備がやっと整った。
「ううわああお! ひゃっほおおおううううう!」
「にっくううううう! はよ焼け! はよ焼け!」
パンジーと石津が雄叫びを上げる。太陽も沈み、気温が下がっていることで、声は遠くまでよく響いている。幸い山奥で人がほとんど居ないので、近所迷惑にはならないだろう。
近所迷惑になるような場所なら、そもそもコイツらは呼べないのだが…
その点では、この山奥の家という場所は最適な場所だった。
燃え上がる火に、みんなで買っていた肉を乗せていく。炎は肉の油でさらに勢いを増し、あっという間に肉を焼き上がらせる。
はじめに焼き上がった肉をみんなは真剣に見つめて狙いを定めている。それを迷わずに箸で奪うのは石津だった。
「おーい! 先に食うのは俺だろ!? 」
声を荒げながら、準備を人一倍頑張ったパンジーが抗議する。
「うますぎる! 肉汁ヤバいって! 」
煽るつもりは無いみたいだが、石津が肉を頬張りながら美味しそうな顔を向ける。
「次は俺が食うからな」
パンジーが無理やり次の肉を皿に乗せて、豪快に平らげる。
「やれやれ…」
パンジーを冷めた目で見つめるのは松永だ。我先にと周りを押しのけながら肉を奪うパンジーに呆れた表情を見せる。
肉を迷わずに奪う石津、周りの事などお構いなしのパンジー、どこまでも冷静な松永、それぞれの個性が爆発していて分かりやすい。
俺たちは、楽しそうに肉に目が釘つけになっている2人を見て、なぜか安心感を覚える。
いつも変わらず、不安など感じたこともなさそうな、どこまでも純粋で無邪気な顔で笑っている。
俺は、自分がどこにでもいる普通の人間で、ありふれた人たちと何も変わらないことを既に知っている。
でもコイツらの世界には他人など存在せず、そこにあるのはただただ我が道を歩く自分だけだった。
こいつらを見ていると、同じ場所に居るはずなのに自分が別の場所に取り残されたような感覚になる。
こいつらを見ていると羨ましさを感じる。
俺も自分が特別で、唯一無二の存在だと思えたら良いのに……
俺はどこかでこの2人に憧れていた。
「お前も食えよ! 上の空みたいな顔してどうした? 」
「なんでもないよ…」
「なんだよその顔 気持ち悪いよ笑 」
「誰が気持ちわりいだ ぶち殺すぞ? 」
周りのテンションに合わせて声を出す。そして今まで傍観していた分の肉を迷わずに箸で掴んで口に運ぶ。俺は無理やりテンションを上げてから豪快に笑った。
そんな俺を松永は横目で確認し、悟ったような分かりきったような顔をしている。
相変わらず他人をよく見ている奴だと思った。周りからは鋭すぎて、松永の前ではウソはつくなと言わたこともあるくらいだ。
敵わないな…
みんないい個性を持っている。
しかし物思いにふけっている時間はすぐに終わり、結局はそんなことも忘れてしまうくらいに楽しんだ。騒いで叫んで、死ぬほど食べて、そして死ぬほど笑った。
口の周りはタレとBBQソースでベタベタになり、服は炭の匂いが染み込んだ。
満腹になったみんなは満足そうな顔をしていて、箸を持つ者は少しずつ減っていった。
やがて箸を持つ者はいなくなり、後片付けが始まった。
後片付けは準備よりも早く終わった。
片付けが終わると、俺たちが楽しみにしていた肝試しをしようという話になった。
地元の石津ですら行くことを拒むくらい、この辺で有名なヤバめな場所だった。
俺は肝試しはそれほど苦手ではなく、特に不快感は感じなかった。
今日のメンバーで肝試しが苦手なのは栄田というクラスメイトだった。コイツは元野球部で、デコが広い事をよくイジられている。
更に勉強が苦手なのに、顧問の先生の教科だけは必死に頑張って点数を取っているため、あだ名で「先生に媚び男」が略されてコビオと呼ばれている。
コビオの伝説は数え切れない。
: 100メートル先にいる顧問に挨拶をした
: 教卓で顧問が落としたペンを1番後ろの席から拾った
: 宿題を忘れると友達から宿題を買収した
: 先生を褒めるような会話を応援歌の声量で話す
などなど数え出したらキリがない
これらの伝説は今も野球部で語り継がれている。
そんなコビオだが肝試しは大の苦手らしい。
俺たち5人はコビオのリアクションを見たいが為に肝試しを計画した。
「ちょマジで行くのか……」
「当たり前だろ 」
コビオは足を震えさせながら、恐怖を感じている。
一方の俺たちは、コビオがどんなリアクションをしてくれるのか楽しみで楽しみでたまらなかった。
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