第9話 1月23日 体育倉庫でサボっているのがバレて……

Aチーム 俺(相馬) チンパンジー(磯本) 松永(サッカー部)


Bチーム 石津(アホ) 荒木(お調子者) 藤本(口臭)


試合が始まると、6人のプレイアーが選手を一斉に操作し始める。普通は11人の選手を1人で操作するのだが、今回は3人で11人の選手を操作している。


1人の操作の場合は動かす選手が1人で、他の10人の選手はAIがバランスを調整して動いている。AIがバランスを調整することで、攻めに人数が偏りすぎたり、守りに人数が偏りすぎたりする事が基本的には起こりにくいようになっていた。


ただし今回の試合は3人で11人の選手を操作するため、1人プレイの時よりもボールに人数が偏ってしまう。みんな自分の選手でボールを触ろうと必死になり、3人がボールに集まってくるからだった。


攻めの時は前に飛び出し、守りの時は後ろまで下がる、これの繰り返しでバランスなんてものは既に崩壊していた。


このバランスが崩壊したサッカーが一つの魅力でもあるのだが、あまりに美しくないフォーメーションと陣形に、少しはバランスを考えてくれと心の中でお願いする。


そんな願いがチンパンジーに届くはずはなく、チンパンジーはゴールに向かって突進して行く。


「俺にボールよこせーーー! 早くパス出せパス」


そう言いながらチンパンジー磯本は裏へと走り込み、パスを要求する。走る場所は悪くはないが、そのタイミングが残念なプレイだった。


「おいパンジーそこオフサイドだから」


そう声をかけたのは同じAチームの松永だった。せめて略さずにチンパンジーと呼んであげてくれと思うが、俺もチンパンジーと呼ぶのは面倒なのでこの呼び方は気に入った。今度からパンジーと呼ぼう。


パンジーに声をかけた松永は俺と同じサッカー部で、パンジーや石津といった異常のある生徒とは違い、珍しくまともな人間だった。


冷静さを欠いた動物園に必要な存在で、俺と一緒にチンパンジーや石津を管理している。


「オフサイド? 俺オフサイドやった? 」


パンジーが松永に問いかける


「信じられないくらいにオフサイド」


松永がそう答えるとパンジーはなんとも言えない表情を浮かべてプレイを再開している。それを見たAチームの奴らはパンジーのオフサイドに冗談混じりでヤジを飛ばす。


「おーいパンジー、流石にオフサイドまではわからんかー」


「理解しろってのが間違いだろ」


「それもそうか」


「動物園にでも帰るか? 」


「負けたらシバくぞ」


「人間に勝ったら快挙だぞ行けー! 」


散々な言われようである。ここまでヤジを飛ばされると流石のパンジーも黙ってはいないだろう。俺はパンジーの方に視線を向ける。


「お前らいつもいつもチンパンジーチンパンジーって言いやがって、俺は磯本だーーーーーー!!!! 」


ヤジに耐えかねたのか何なのかはわからないが、パンジーが自己紹介を始める。パンジーの表情を見てみても本気で怒っている感じはなかった。


内容の薄い言葉を大声で発する、それがチンパンジー磯本という人間の生き方だった。


「いいから試合に集中してくれ、一応賭けでやってんだし」


松永が軽く流してパンジーを落ち着ける。この冷静すぎる松永と、やかましいパンジーとの温度差に俺たちは笑い声を上げる。


ゲームをやっていると時間の経過はいつもの何倍も早く感じる。俺たちは少しのきっかけでも笑い声を上げ、大騒ぎしながら時間を過ごした。結局この試合は3人の連携がうまくいかずに0-0のドローで終了した。


試合時間を長めに設定したので、1試合で20分くらいが経過するようになっていた。俺たちは試合を更に続けていき、3試合目の時点で結果は


Aチーム2勝 Bチーム1勝


この時点で既に1時間ほどが経過していたが、2時間もある自由時間はまだまだ余裕があった。


俺たちAチームはあと1勝で勝ちの所まで来ていた。次の試合で勝てば、その時点で3勝となりAチームの勝利が確定する。俺たちは次で試合を終わらせようと意気込む。3人の代表を決めてから、勝利に向けてキックオフ。


しかしここで俺たちはとんでもない状況に陥る。倉庫に立て籠ってから1時間ほどが経過した頃、松永がトイレに向かおうと倉庫のドアを開ける。


俺は気にせずにゲームに没頭している。みんなも同じで、この試合で結果が決まるかもしれないと盛り上がっている。そんな中、松永が次に発した言葉で俺たちは凍りつく。


「おいヤバい、藤本がこっちに向かって歩いて来るぞ」


ドアの隙間からグラウンドを覗きながら松永が俺たちにそう言った。あの鬼の藤本がこっちに歩いてくる? 一瞬何を言っているのか分からなかった。


藤本は体育教官室にいるはずじゃなかったのか? そんな疑問が浮かぶ。だが今はそんなことはどうだっていい。今をどうやって乗り越えるのか考えるのが先だ。


「距離はどんくらい? 」


俺は松永に問いかける


「50メートル、まだここには着かない」


俺はバクバクとうるさい鼓動を感じながら、考えを巡らせる。どうすれば乗り越えられるのか、それを必死に考える。大した考えでなくてもいい、傷を少しでも抑えられる言い訳を考えろ。


「雨宿りしてたって言えばよくね?」


松永が冷静な声で俺に言う。俺は他にアイデアも時間もなかったのでそれに素直に従うことにする。みんなにスマホだけはバレないように指示を出し、こちらへ向かってくる藤本先生を待ち構えた。



先生がここに来るのを待っている時間はとても長く感じた。さっきは大騒ぎで声が飛び交っていた体育倉庫は今は静まり返っており、聞こえてくるのは屋根に当たる雨粒の音だけだった。


そこに雨の音ではない音が聞こえて来る。先生の足音だ。みんなの表情は固く、さっきまでの笑顔が嘘のようだった。


足音がすぐそこまで来た時に俺はため息をついて、ひと肌脱ぐか、と覚悟を決める。そして(なんとかなるさ)と自分に言い聞かせながら心を落ち着けた。


ガラガラガラ


先生がドアを開ける。先生の発する第一声でこの先の展開が大きく変わる。どんな要件でここまで来たのか、それが一番重要な情報だった。


「お前らここで何してる?」


先生の一言目はそれだった。顔を見てみると、怒りというよりも単純な疑問を浮かべた表情だった。怒りで最初から怒鳴られる可能性も考えていたが、俺はこの表情を見て、なんとかなりそうだと思った。


なるべく自然に、自分たちが悪い事をしているなどと気づいてもいないような陽気な声色で俺は先生に話しかける。


「いやー雨マジでひどいっすね、俺たちゴールとかコートとか全部作ったんですけど、そのタイミングで雨が降って来てマジで最悪だったんすよ」


自分でも驚くくらいにハイトーンで、どこかの営業マンかと思うほどの完璧な声色だった。


これがもし怯えるような震えた声だったなら、その瞬間俺たちは地獄を見ていただろう。



「……そうか 、わかった」


先生は思ったよりもすぐに引き下がった。

俺の声色でやましい事をしていないと判断したのか、今すぐに怒り出すような事はしなかった。


それからなぜ体育館に来ないのかと問われたが、雨が止むかもしれないと思い、雨宿りをすることにしたと説明する。


疑われるかとも想像したけれど、実際に俺たちがサッカーコートを準備していた事で納得してもらった。


「4時間目は雨が降ってきたから国語になったぞ。今すぐに教室に行け、もう授業始まってるぞ」


それを先生は俺たちに言い残し、去っていった。先生が去って行った事で俺たちは胸を撫で下ろす。俺は松永の方を向き、助かったと視線で伝える。


「あっぶねえ… マジで焦った」


俺はまだドクドクと揺れる心臓を感じながら、安堵の息をついた。


「じゃ続きやろっか」


「動物園でやってろ」


パンジーと松永が呑気なノリツッコミを始める。俺はまだそれについていけず、放心している。周りを見ると俺のように放心している者やニヤニヤと楽しんでいる者まで様々だ。


「みんなよくそんな呑気で居れるな笑」


思わずそう言うが、普通ではない個性の塊のみんななら、そうなるのも普通だなと思って納得してしまう。そんな自分に、俺も馴染んでいるんだなと思い薄い笑みを浮かべた。


そうして俺たちはこの日の最大のピンチを乗り切ったのだった。










3日後に石津が誤って、サボっていた事を先生の前で口にし、俺たち16人が呼び出された話は置いておく。





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