第7話 体育倉庫で授業をサボる

1月23日 午後10時 3時間目 体育


今年は温暖な気候で1月にもかかわらず気温は14℃程度をキープしていた。しかし今日はいつもより大きく気温が下がり、手足が痛むような寒さになっている。


幸い教室にはエアコンが設置されているため、室内はそれほど冷え込むことはなかった。2時間目までは移動教室はなく、外の空気に触れることはなかったので、外の空気の冷たさを忘れていた。


しかし3時間目の体育で忘れていた寒さを感じなければいけなくなってしまう。2時間目の数学の授業が終わると、体育の授業に向けて気だるそうに体操服に着替えを始める。


制服の下に着込んでいる何枚もの服を1枚1枚はがしていく。その度に体の体温は逃げていき、とうとう体操服とジャージだけになってしまった。


今まで何枚もの服を着込んでいたこともあり、急な温度差で体が震える、歯がガクガクと音を鳴らし、教室から出るのが憂鬱でたまらなかった。


日直が鍵を閉めるので、みんなに教室から出るように指示を出す。仕方なくドアを開けると、冷気が一気に流れてきた。


俺たちは冷気に凍えながら体育館に集合した。体育館に行くと、俺たちよりも早く隣のクラスの奴らが集まっていた。


そいつらも俺たちと同じように足をガクガクと震えさせながら、先生の到着を待っている。


俺たちの学校は、全校生徒が900人を超える比較的規模が大きい学校なので、隣のクラスと一緒に体育の授業を行なっている。


もしも1クラスずつ授業をやっていくと、とてもじゃないが全クラスが授業を終わらせられないらしい。


クラスが別々なので、隣のクラスと若干集合時間に差が出てきてしまうのだが、授業開始より前には、いつもどちらのクラスも集合している。


今日は、隣のクラスの方が集合が早かったみたいだ。先生はまだ来ていない。


先生が来る前に俺たち生徒は整列を済ませて、先生が来れば今すぐにでも授業が始められるように準備していた。


俺たちが1年生の時は、先生が来るまで大声で騒ぎ、整列なんてしようという考えすらなかった。1年生の最初の体育の授業では、1時間まるまる説教で終わったのを覚えている。


そして2年間ボロクソにしごかれた俺たちは、軍隊のように従順に従う精鋭部隊になっていた。そんな2年前の授業を思い出して、懐かしさに浸っていると、足音が聞こえてきた。


足音が聞こえてくると、みんな緊張感が高まり、体育館がピリつく。足音がさらに大きくなり、とうとう先生が俺たちの前に現れる。


腕に血管を浮かべ、冬でも色黒な肌は、みんなが思い浮かべる体育の先生って感じだ。先生は何かを言うでもなく、今日の日直の方を軽く見て、号令をかけるように視線で促す。目を向けられた日直は、先生の意図を察して号令を始める。


スーー、日直が息を吸う音が聞こえてくる。相当な量の空気を肺に詰め込んでいるようだ。

そして精一杯に吸い込んだ空気を一気に吐き出す。


「きいいいをーーーーつうううっっkけえええええええええいいい、っrrrええいいいいいっっっっっ」


2年間シゴかれ続けた日直が、これ以上ない渾身の号令を飛ばす。俺たちはそれに続く


「「「「「「「「「「おおおおおおおおthづyxbふfねねねがいっし、まああああああああああああああっス!!!!!!!!!」」」」」」


全力の号令、本気の挨拶、俺も死ぬ気で大声を出した。1クラス40人が2クラス集まった総勢80人の声が体育館中にぶつかり、空気が痺れる。凄まじい声量だった。


発した声が空気を揺らし、微かにまだ音が聞こえてくる。俺たち生徒は生き生きとした表情で先生を見つめている。


先生が言葉を発するまで生徒は決して音を立てることはない。号令で痺れて熱くなった空気も、今は薄く凍りついている。まだかまだかと俺たちは先生の言葉を待っている。

それから3秒ほど経ってようやく先生が口を開いた。


「おはようっ! 3年間お疲れ様、今日は3年生にとって最後の体育の授業になる。俺は悲しいぞおおお!」


??? いつも怒鳴り散らかすイメージしかないあの藤本先生が俺たちとの最後の授業で寂しがっている? 

俺は先生の聞いたことのない言葉に驚いた。


先生は更に続ける


「1年の時はひょろひょろしたバカヤロウだったのに…。今日の号令なんか最高すぎだろ。お前らよく頑張ったなあ、よく頑張ったよ本当に。」


おいおい、まさか泣き出したりしないよな? 見たこともない鬼の藤本の表情に俺たちは動揺している。


「先生、もしかして俺たちが居なくなるのが寂しいんすか? ねえどうなんすか?」


アホの石津が思わず声をかける。俺たちは石津の行動に、大丈夫か? という表情を向けるが、先生が怒鳴り返す様子はない。


「石津、俺はお前を最初に見た時に、こんなにどうしようもない奴が日本にいることに危機感すら覚えていた。」


鬼の藤本が泣きながら語り出す。


「しかし、しかし今はこんなに立派になってなあ… 、成長したよ本当に。人はこんなにも変わることができるんだなあ、俺は嬉しいぞおお、うううううう」


藤本が泣いているという異常事態に生徒80名が混乱している。アホの石津も扱いに困っているみたいだった。


この流れがいつまで続くのかわからないが、今はそっとしておいてやるのがいいだろう。変に話しかけて、先生に火をつけてしまっては面倒になりそうだと思った。みんなの顔を見ても同じ考えみたいだ。


しかしアホの石津は違った。元々コイツに空気を読めという方が無理がある。そっとしておけば良かったのだが、石津が鬼の藤本に話しかける。


「先生、俺たちも成長したし、最後の授業って事で、この時間は自由時間ってのはどうですか?」


心配する俺たちの事など視界に入っておらず、石津は自慢げに、(やってやったぞお前ら)って顔で見てくる。


「石津!、体育教官を舐めるなよ! 」


ほらほら、怒らせちまったよ、余計な事しやがって、雰囲気悪くなっちまったじゃねえか。この状況で自由時間の交渉なんて通るわけないだろ。


「石津!」


「は、はい…」


「この時間だけと言わず、次の時間も自由時間にしてやる。次の教科の先生に頼み込んでやる。お前らへのご褒美だ。おいみんな! サッカーでもバスケでも勝手に遊んでこい。次の国語は俺が頼んで体育にしてもらうから。2時間連続で自由時間だ!」


???マジか、2時間連続で自由時間になったぞ。てっきり石津がボロカスにやられて長距離走とかになるかと覚悟していたんだが助かったみたいだ。


自由時間という事で、生徒80人は大いに喜んだ。


「俺は体育教官室にいるから、何かあったら呼びに来てくれ。じゃ、そういう事で自由行動開始!」


「「「「「「ヤッ!!!!!」」」」」」


掛け声をかけると俺たちは一斉に自由行動を開始した。いつもは鬼の藤本に監視されているので、大騒ぎすることも躊躇してしまうが、先生は体育教官室にいるので、のびのびと過ごすことができる。


俺たちはサッカーをすることになり、仲のいいグルーをいくつか集めてグラウンドに向かった。


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