第5話 1月21日 引退したはずなのに…

午前7字起床

普段よりも30分ほど早い起床で、まだ頭がぼんやりしたまま起きろ起きろとやかましいアラームを止める。

今日は日曜日、休みの日なのに早起きしたのには理由があった。それは、引退した3年生のサッカー部に、1、2年生と一緒に試合をしてくれと顧問の先生が頼み込んできたからだった。


俺は高校3年間サッカー部に所属していた。プレーにはそこそこ自信があり、公式戦では常にレギュラーとして試合に出場していた。11月の選手権で試合に敗れたことで引退が決定した。


引退してから高校サッカーをする事は無いだろうと思っていた。しかし、3年生が引退してからサッカー部の成績は振るわず、新人戦ではリーグで1勝もできていないらしい。スポーツをやったことがある人ならわかると思うが、一度負け出すと、そこから抜け出すにはなかなか苦労する。


そして勝っているチームは次も勝ちやすい。3年生が抜けた今のチームは負けが続き、そこから脱却する変化を求めていた。


そこで呼ばれたのが俺たち3年生だった。3年生が加わることで、何かチームに良い影響が出るようにと先生が考えた最後の手段だった。


俺たち3年生も久しぶりの再会でワクワクしている。現役ではいつも部活で一緒にいた仲間も、引退すると徐々に会わなくなっていく。だから俺たちにとっても再び集まれる場所というのは都合が良かった。


今日は1、2年生VS引退した3年生で紅白戦をするらしい。1、2年生チームは先生が指示し、3年生チームは自由にやりたいポジションを選んだ。


3年生は引退してから、ほとんど体を動かす機会が無かったため、どこまで動けるのか心配である。一方1、2年生は現役でバリバリやっているので体力には分がある。始まる前は、技術やフィジカル面で、3年生がややリードするくらいだろうと思った。


各チームがポジションやフォーメーションを確認し合うのが終わると、早速試合が始まった。普通の試合は前半45分、後半45分の90分の試合なのだが、放課後で空が暗くなるのが早いのと、3年生のスタミナを考えて前半45分のみで後半なしの試合となった。


キックオフは相手ボール、笛が鳴ると同時に1、2年チームはボールをディフェンダーの前まで下げた。フォワードの俺は1、2年チームのディフェンダーにダッシュでプレッシャーをかけにいく。


1回目のプレスでボールを奪うことはあまりない、あくまでプレッシャーをかけるのが目的だ。俺がプレスをかけに行くと相手ディフェンダーは横にパスを出す。そのパスには3年チームのもう1人のフォワードがプレスに向かう。相手はそれをかわしてミッドフィルダーにパスを送る。それには3年チームがプレスに行くが、これでもボールを奪うことができなかった。


正直ここまでプレスが効かないとは思わなかった。意外とやるぞこいつら、そう感じながらボールを追いかけた。しかし3年チームの守備は、相手チームのボールを奪うことができず、自身のゴール近くまでボールを運ばれてしまう。


シュートを打たれるとゴールされてしまうくらいの距離まで迫られていた。そして1、2年チームのフォワードがシュートフォームに入る。シュートを打たれる、そう思った時、3年チームのミッドフィルダーが後ろから戻り、1、2年チームからボールを奪った。


その瞬間3年チームの空気が一気に変わる。ボールを奪った3年チームはすぐさま攻撃体制に入り、カウンターを狙う。不意をつかれた1、2年チームは、まだ守備が完成していない。そのガタガタになったディフェンスラインに3年チームの俺と、俺の相方の2人のフォワードが走り込む。


裏に抜けたボールを俺が受け取り、ドリブルを開始。相手ディフェンダーはまだ追いついていない。キーパーとの1対1、シュートを打てばゴールできるが、俺は真横まで走り込んでいた相方にパスを出す。


相方は無人のゴールに軽くシュートを打ち、3年生チームが先制した。


「ナイスけんし」


そう言いながら俺は相方の元に駆け寄った。相方のけんしは笑顔で


「お前自分でシュート打てただろ」


と冗談混じりに答えてくる。


「まあね」


軽く返してから、再びポジションに向かった。このゴールは前半開始5分での比較的早い時間帯でのゴールだったこともあり、3年チームは勢いに乗った。


その後の試合展開は一方的だった。数ヶ月のブランクを感じさせない動きで3年チームは1、2年チームを圧倒した。序盤こそ1、2年がボールを支配していたが、結果としては7-0で3年チームが快勝した。1、2年チームはしょんぼりとした表情を浮かべながら俺たちに挨拶をしに来てくれた。


俺たちはそれに応じて軽く挨拶をする。そのあとは1、2年生と軽く雑談をして、片付けに入った。俺たちと1、2年生は比較的に仲が良く、先輩後輩の区別はそれほど強くなかった。コミュニケーションも友達と同じようにとっていた。


1、2年が片付けに向かうと顧問の先生に3年生が呼ばれたので、みんなで集合した。「今日はありがとう」まず先生は俺たちに感謝の言葉を口にした。そして今のチームの状況について話し始めた。


今はあまり結果が付いてこなくて苦しい時期だと。本人たちも焦りが出てきて、あまりプレーに集中できておらず、なんとかしてあげたい。色々試したけど結果が出ない。一緒にプレーしてモチベを上げてやったり、何かアドバイスとかしてやってくれないか?という内容だった。


先生の表情を見てもあまりいい状況ではないことが伝わってくる。先生自身も結果を出してあげられないことにもどかしい思いをしているのだろう。俺は先生の思いがその表情から伝わってきた。選手だけではなく、それを率いる監督も、相当な重圧がかかるだろう。

先生が俺たちに申し訳なさそうな顔を向け、お願いしてもいいか?みたいな顔を見せる。そんな気持ちを感じ取ったのは俺だけではなくみんな同じだった。そしてみんなの意思は共通していて同じだった。みんな照れたように笑って、任せて下さいって顔をしている。ああやっぱりいい奴らだなあ、いいチームだなあ、改めてこのチームを好きになった。

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