第2話 1月19日 ペットボトル投げではしゃぐ

スマホのロック画面に表示される天気予報を確認する。スマホには曇り14℃と表示されている。1月にしては暖かい気温だ。外は今にも雨が降り出してきそうな暗い色をしている。


もし天気予報を見ていなかったら傘を持って行っていただろう。余計な荷物が減ったのでありがとうとスマホには感謝しておく。カバンとリュックを背負いいつものように学校に向かう。


昨日は重々しかった体も今日は回復していて軽い足取りだった。そして日本で一番有名になるという自分の中でどこか憧れていて、でも知らぬ間に押し込んでいた夢がはっきりと目標となった。自分が進むべきところが明確になったということに少しだけ喜びを感じてもいた。


風が気持ちいい。いつも通っている道を下っていく。そこには幼稚園に通おうと横断歩道を渡る園児とその母親とが歩いていた。いつもはそんなこと気にもしなかったはずなのに、今は母と少年の和かな表情までしっかりと感じとっていた。


いつもは気づかない些細な幸せが転がっていることを感じとっている。そんな自分にハッと気づく。いつもと同じ景色が今日はなんだかキラキラしている。スーっと大きく空気を吸い上げる。鼻から冷たい空気が喉を通って肺に流れてくる。


肺が大きく膨れてヒンヤリとした温度を感じ取ってから今度は口から大きく息を吐く。ただ吸って吐く。この当たり前の行為でさえも今の俺は幸せに感じた。これから自分がどんな大人になっていくのか、どんな人達に囲まれてどんな顔で笑っているのか。それを想像するだけでなんだかウキウキしてワクワクして思わずニカっと微笑んだ。



5時間目(課題研究発表)

今日は俺たち三年生が1年間取り組んできた課題研究を発表する日だ。俺たちの班は木造のサッカーコートを作り、その上でラジコンを使ってサッカーをするというものだった。


この学校では就職に適した育成のためにこういったモノづくりに力を入れている。他にもラジオを作った班、電動スケーボーを作った班などいろんなグループがあった。これを一年間通して作りその過程をプレゼンするのが今日の課題研究発表会だ。1年生や2年生、企業の方まで参加しておりその規模はなかなかのもので、人数は120を超える。


俺たちの班は6時間目に発表すると言われていた。なので最初は気軽に他の班の発表をただ聞いておくだけだ。リラックスしながら軽くプレゼンをシミュレーションした。そうしていると1つ目の班が発表を始める。ラジオを作った班だった。


班長が名前を名乗り、続けて班員の名前を口にしていく。それが終わるとプレゼンスタート。この班は曲者揃いで変わり者が多い班だ。そんなメンバーだったのでこの班は何かやらかすのではないかと少し楽しみにしていた。プレゼンが始まるとさっそく曲者の1人がバカ丸出しの発表を始める。


彼がテレビに表示されているパワーポイントの文字を読んでいった。ラジオの作成でMicro(マイクロ)チップを使ったという説明がテレビには書かれていた。彼はこの文字を見るとしばらく沈黙し、そしてMicroチップと読むところを誤ってミカロチップと読み上げてしまった。これで会場は信じられないくらい湧き上がった。


普段の彼のキャラも含めてあまりにおかしかった。俺も思わず爆笑してしまった。しかしこれで終わる男ではなく、今度はiot回線をアールオーティー回線と読み上げる。これでも会場は爆発する。笑いを取りに行ったのではなく至って本人は真面目だった。表情は変えず、何事もなかったかのようにプレゼンを進めていく。


この後も彼の読み間違えは続いていき笑いが鳴り止まぬままプレゼンテーションは終了した。なにも狙わずに、ここまで人を笑わせられるのはもう一つの才能だ。その後は特に問題なく進んでいき、とうとう俺たちの番が来た。司会から次の班お願いします。と言われて俺たちの班の5人が立ち上がった。思ったよりも前半のプレゼンで場が和んでいたのでかなりいい雰囲気だった。


そのまま前に5人で歩いて行って俺がマイクを受け取った。僕は班長の相馬です。そう言ってプレゼンを始めた。前を見るとクラスメイトの姿が見える。その中にはなんとかして俺を笑わせようと変顔をしている奴や、無表情のやつ、手を振ってくる奴など様々だ。俺は緩みそうになる頬をなんとか抑えながらプレゼンを始めていった。


まずはラジコンサッカーを作ったことを説明した。最初にサッカーゴールの作成。ゴールにはセンサーを使いボールがそこに触れるとゴールをカウントできるように作った。さらにその点数を自動で表示させる得点ボードも用意する。これには、はんだ付けやプログラミングなどいろんな作業が必要で思ったよりも手間がかかった。先生の力が無ければまず完成はしなかっただろうと思う。


そして一通り説明が終わると最後に実際にプレイしている動画を流した。動画を再生すると行け行け行け!あーーー!もーーーっしゃあーーーなど騒いでいる俺たちの映像が流れる。前を見ると3年生を中心にクスクスと笑い声が聞こえてくる。


あーとりあえずは大丈夫そうだなと思った。動画は続いていきボールが左角に転がっていった。そのボールを目指して2人はラジコンを動かす。左角にボールがあるのでうまくボールにラジコンが当たらない。ラジコン車は壁にぶつかってばかりだった。2人とも壁にぶつけ続けている。


この時点でみんなクスクス笑っていた。そして次の瞬間、ラジコンの操作を諦めて1人がコントローラーを放り投げて終了。最後の演出で会場は大きな笑い声で大盛り上がりだった。前を向くとみんな拍手で発表を讃えていた。


ああ終わったー。発表が終わった安心感と満足感とでいっぱいになった。ありがとうございました。司会がそういうと俺たちは自分達の席に戻って行った。


教室に戻ると発表で微妙に残った授業の時間が自由時間となった。この報告に教室は再び笑顔に包まれた。1人の机に数人で集まり俺がそいつの机に乗っていたペットボトルを投げる。


うまく着地したように見えたけれどバランスを崩してペットボトルは机から落下した。それを見た友人もペットボトルを握り、同じく投げる。するとペットボトルはうまく着地した。その流れで5人連続成功を目指してペットボトル投げが始まった。


3人連続まではなんとか出来るけれどそれから先になかなか進まない。俺は2回に一回程度成功できるくらいにまで慣れてきた。3人成功していて次に失敗したやつは周りから冷たい視線が飛んでくる。


そうこうしているうちに4人連続成功していた。最後の1人。そいつが成功すればクリア。そいつはペットボトルに魂を込めて集中していた。そしてペットボトルを宙に投げる。失敗すると思っていたけれどそいつは成功した。

その瞬間俺たちは狂ったように叫んで喜びあった。あまりの声の大きさに、遅れて教室に帰ってきた友人から廊下まで聞こえてたぞ、と言われた。

こんなしょうもないことで盛り上がれる俺はやっぱりただの高校生なんだと思った。



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