そして次の駅へ②

「それにしても、毎回電車移動ってのも疲れるわあ」


「文句言わんの。楽器だけでも運んで貰えるんやから感謝せな」


 霞さんが口を尖らしてこぼした文句を、香織さんがぴしゃりとはね除ける。


「それは分かってるんやけどやっぱりなあ……」


「気持ちは分からないでもないですけどねえ」


 葉月が苦笑しながら同意する。彼女は他のメンバーよりも機材が多い分、新幹線を含む、電車での移動は難しくなる。そうなると、必然的に車での移動となるのだが、いかんせん車の運転免許証を持っているのが香織さんしかおらず、流石に一人に任せっぱなしは避けたいという考えが事務所と一致した。その結果、事務所の人間に機材の運搬は任せ、メンバー四人は電車を使っての移動となっていた。


 ふっと視線を外にずらして、今日のライブのことを考える。今日は大阪の梅田にあるライブハウスで演奏をすることになっていて、今回だけワンマンでのライブにもかかわらず、チケットも当日分が数枚残っているぐらいとマネージャーが嬉々として教えてくれた。収容人数も二百から三百とそこまでキャパはないものの、それでもあたしたちだけのライブでチケットが完売に近いという事実にメンバーは喜びを露わにしていた。もちろん、あたしも。


 インディーズデビューをして、初めて行ったライブは下北沢にある小さなライブハウスだった。客は茶化しに来た弟とその友人数人。バーで演奏していた時からひいきにしてくれている人々。そして、あたしたちのような新人アーティストを見に来る物好きな客がちらほらといたばかりだった。


 デビューをしたからといって、決してすぐに満員の会場で演奏できるわけではない。あたしたちがそんな当たり前のことを知ったのは、契約後初ライブの後だった。


 メンバーの方が多い日もあった。いや、むしろトータルで見ると、まだそちらの方が多いのではないだろうか。それが一人増え、二人増え。下手くそとののしられる日もあった。その度にメンバーで、次こそはもっと良い曲を、もっと良い演奏をして必ず見返してやろうと取り組み続けた日々は、絶対に忘れることができない。


 そんな生活が始まってもうすぐ二年が経とうとしている。よくもまあ事務所はあたしたちを捨てなかったものだと感心してしまう。


 あの時は苦しかったけれど、こうして思い返してみれば、あれもこれも思い出というカテゴリーに詰め込まれていることに少しだけ驚いた。


 前の席では、霞さんが外をぼんやりと見つめながら新曲のハミングをしていて、香織さんはその様子を、我が子を見守る母親のような表情で眺めている。


 ――昔と別れを繰り返して、僕らはここではないどこかへと。


 昨日からずっと頭を悩ませているメロディに、彩られたメッセージ。霞さんがイギリス人と日本人とのハーフということもあり、歌詞は全て英語だが、毎回和訳を曲ができたタイミングで見せてくれる。だから、英語がそこまで得意ではないあたしだけれど、霞さんの伝えたいことを知ることはできている。


「歌詞も曲の一部やから」


 こだわりたいねん。と、どうしてそこまで歌詞に悩むのかと尋ねたときそう教えてくれた。彼女の書く歌詞は、生み出すと言った表現よりも、絞り出すと表現した方が適切かもしれない。


 そんな彼女が、考えに考えに考えて、ようやく絞り出した一滴がその歌詞だった。それはきっと、悩み、苦しみ、戦い続けたあたしたちの歌。


 だからこそ、あたしも、こだわりたいんだ、そう思った。


「大阪も久々やねえ」


 そんなことを考えていると、香織さんが文庫本に目を落としたまま、ポツリと呟く。前に来たのは、前回のシングルを出した際に訪れた単発ライブのはずだから、半年と少しぶりぐらいだろう。そのときは九州から大阪に出てきて、今は大阪を中心に活動しているとあるバンドとのツーマンでのライブだった。そのバンドとは意気投合して、今もたまに一緒にライブをしている仲だ。


 あたしを除くメンバー全員は関西出身だからということもあるのか、関西で行うライブは少しだけ違った毛色に感じることがある。けれど、そんなことを言うのは野暮な気がしたから、あたしはそれを自分の胸の内だけに納めている。


「確かに久々ですねー」


 葉月がなまりの少ない言葉で同意する。出会った当初、そのなまりの少なさに関東出身の人かと勘違いしてしまったことをふと思い出す。生まれも育ちも大阪だと本人は言っていたが、なまりが強い二人とずっといたせいか、信じることができないでいた。しかし、たまーに出る大阪のそれに、この子もやっぱり関西の人なんだと再認識させられる。


「今回は高校のときの友達が見に来るって言ってるんで、いつも以上に気合い、入ってるんですよね」


「前回急用で来られなくなったって言ってた人?」


 あたしは前回のライブ前にしょぼくれていた葉月の様子を思い出す。それでも、ライブが始まれば鬱憤を全てを吹き飛ばすかのように、勢いよくドラムを叩いている姿には正直かなり感心した。あたしだったら、あそこまで急速に気持ちを切り替えられていないことだろう。


「えぇ。今回はちゃんと休みを貰ったからーって」


 葉月は破顔して、手に持った携帯の画面を見せてくれる。そこには絵文字をふんだんに使った文章の中に、先ほど葉月が教えてくれた内容が確かに打ち込まれていた。


「へー。良かったじゃん」


 なんだかあたしも嬉しくなって、顔を綻ばしてしまう。見て欲しい人に見て貰える。それは少しだけ気恥ずかしいけれど、幸せを感じる瞬間。

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