juvenile in midnight④
それから状況を軽く掻い摘んで説明すると、香織さんが「ふーん」とにやにや笑いながら漏らした。
「人攫い屋は実際におるけど、聞いた状況やと霞ちゃんが人攫い屋みたいやなあ」
「しゃーないやろ。なんや夜中に出歩くのは初めてですーって顔してたんやからほっとかれへんかったんや」
霞さんは口から勢いよく紫煙を吐き出す。無意識だったけれど、あたしはそんな顔をしていたのか。確かに初めて出歩いたには違いが無いけれど、それが表情にも出てしまうのか。
「あぁ、そない心配そうな顔せんでええよー? 私らは人攫いなんかとはちゃいますし」
それから霞さんに向かって「なあ?」と相変わらずのおっとり口調で同意を求める。霞さんは短くなった煙草を手に持った携帯灰皿に押しつけた。
「当たり前や。うちらをあんな輩どもと同じにされたら困るわ」
彼女はそう言うと、窓をぴしゃりと閉めて、クーラーの電源を入れた。少しだけ汗ばんだ身体に冷気が当たって、体がぶるりと小さく震える。
「それじゃあ、お二人は何をされているんですか?」
あたしの質問に、二人は顔を見合わせる。これは尋ねてはいけないことだったのだろうかと不安になり始めたとき、不意に香織さんが抱えていたエレキギターを軽く爪弾き始める。
ゆったりしたメロディなのに、それは何処かエモーショナルな要素を含んでいた。それは恋愛的やパッションのような前向きでは無く、もっと奥底にある暗い部分。その部分を泣きながら吐き出している様に思われた。
それから、そのメロディに寄り添うような伸びやかな歌声。決して大きくはないのだけれど、それでもすっと耳に染みこむような優しさがあった。
「と、まあ、こんな感じに曲を作ってるんやわー」
霞さんは照れくさそうに微笑んだ。
「凄く……綺麗でした」
あたしが素直な感想を伝えると、二人は顔を見合わせて、楽しげな笑みを浮かべた。
「そう言って貰えて良かったわあ」
香織さんはギターをもう一度だけ軽く弦を弾くと、
「お二人の職業はミュージシャンってことですか……?」
ふと、疑問に思ったことを尋ねてみる。あんまり音楽に精通していないからということを差し引いても、学校で流行っているそれらよりも素晴らしい物に聞こえた。
「んー……ミュージシャンってほどではないかなあ。まだ私らの知り合いのバーとかで演奏したりしてるぐらいやし」
香織さんは少しだけ困り顔で言うと、頬を軽く掻いた。
「まあ、うちらはこの大都会東京つっー場所で、ビッグになるって夢を追っとるわけですわ」
霞さんは言いながら煙草を一本咥える。火を点けようとして、クーラーがついていることに気がついたのか、そっとケースの中に仕舞った。別に気にしなくてもいいのにと言おうと思うが、言う必要もないかと思い直す。
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