第6話:愛人の最期を目の前で…

 アパートの大家さんは、月輝に非がないことを最初から分かってくれた。だから、珠々の両親へ報告がいった際も、特に心配する必要もなかった。


 しかし、薬のおかげで普段通りにいられるように見せかけ、食べる量も落ちてきていた珠々。本当は薬の副作用で体調不良になり、余計精神的にも衰弱していく一方だった。2週間に1度は仕事を早退し、母親が付き添いで通院するも浮かない顔をしてばかりだった。


 普段通りにいられるのは、月輝が隣にいる時だけ。それが、何よりも心の病に効いていた。でもそればかりではのは、珠々でも重々分かっていた。体重が落ち痩せてしまっていくけど、月輝の前では明るく振る舞うように努力していた。


――その努力を続けるのも、次第に彼女の負担になっていった。


 12月の中旬。この週は通院がある。珠々は通院のため昼間に早退し、月輝は1人で帰るしかない。この日の夕方1人新卒者でようやく面接が来た。このまま採用となれば、珠々にとって初めての後輩だ。侑生や人事課の課長は嬉しそうにしていたが、月輝は黙々仕事をこなしていた。その姿は、どこか寂しそうだった。


「月輝くん、お疲れ様。週末久々に泊まりに行ってもいい?」


肌寒い中、家の前で珠々が待っててくれていた。1か月ぐらい、まともなデートができていなかった。


「いいよー。寒いから、少しあったまっていくか?」


「はぁい。」


その返事は、弱々しいようにも聞こえた。それでも彼女は笑顔だった。


☆☆☆


 週末、久々のお泊りデート。この日の珠々は食欲旺盛で食べる量が以前に戻っている兆しがあった。それだけ楽しみにしていたんだなと、月輝はほっとしていた。


 前のように一緒に布団に入るが、珠々は目をつぶったふりをして月輝がぐっすり寝るのを待っていた。寝たのを確認した後、静かに布団から出る珠々。


(月輝くん――もう疲れたよ。貴方のために一生懸命、元気な姿演じていられるの…。)


着替えに混ざってカバンの中に入っていた病院の薬を取り出す。それも、1週間分以上溜まっていた。珠々は全部一気に飲み干し、ゆっくり倒れてしまった。


(私の分まで、幸せになってね。楽しかった――)


微笑みながら、意識を失った。


 月輝が気がついたのは翌朝だった。起きた途端、目の前で珠々が倒れていた。もう、冷たくなっていた。


「え……? 珠々、しっかりしろよ!」


声をかけても、肩を揺らしても、返事がない。


「お願いだから、返事してくれよ…!! 置いていくなよぉ……!!」


泣きじゃくっている暇もなく、救急車を呼んだ月輝。大家さんと2人で救急病院へと向かった。だが、珠々は助からなかった。


「薬の過剰摂取による中毒が原因ですね…。明らかに自殺行為です。もう少し発見が早ければ、助かったかもしれません。」


病院の先生は月輝から状況を聞き、自殺であることをはっきり言ったのである。先生がいなくなり、遺体安置所にただ1人取り残される月輝の横に、大家さんが来る。


「もう少ししたら珠々ちゃんのご両親が来るから、挨拶だけでも――」


「そうですか。なら、それまでの間、1人にさせてくれませんか? お願いだから…。」


だんだん涙声になる月輝を置いて、後ろめたい顔をしながら大家さんはその場を後にした。傷心の彼を置いていくのは、きついだろうに。


「珠々――俺は、そんなに頼りなかったか? 頼りにしてるってよく言ってたけど、本当にそうか? そうじゃないなら、そう言ってくれよ。はっきり言ってくれよ。俺は珠々の力になりたかった。俺より先に逝くなよ。もっと色んなことしたかった。笑い合いたかった。残された俺はどうしたらいいんだよ? 教えてくれよ…!」


もちろん、珠々が応えてくれるはずもない。そんなの分かっているけど、月輝は聞きたかったのだ。寝床に横たわり、確かに愛していた彼女の亡骸を前に、月輝は声にならない声で泣き崩れたのである。

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