第5話:私は元気だから…

 10月に入り、順調にお付き合いを続ける月輝と珠々。年末年始の帰省で、互いの両親に報告をしようと約束していた。あれから珠々はグループLINEを極力放置し続け、月輝と一緒にアニメを観たりDVDを観たりして休日を充実させていた。


 この週末も、お泊りデート。


「なあ珠々、友達とは上手くいってるのか?」


「いや、距離置いてる。」


「そうか…それでよかったのか? 今のところ。」


「うん。」


月輝が顎クイする。


「仕事以外の時間は――俺で頭いっぱいにしてやる。」


お互いに目をつぶり、熱い口づけを交わした。そしてそのまま一緒に眠りについた。


 翌朝、珠々が先に目を覚ます。時刻はまだ朝6時だ。月輝はぐっすり寝ている。


(やべ…スマホ電源切るの忘れてたっ。)


うっかりLINEを開いてしまう。そこには悪口ばかりが並んでいた。以前珠々をブロックした例の友達からも書かれていた。


〈珠々のやつ、最近来てないけど何してんだろうね? 仕事上手くいかなくてぶっ倒れてんじゃねーの?〉


〈ぶっ倒れてるでしょ。大した器なんてないのによく男できたよね。破廉恥なことされて潰れるがいい。〉


〈本当に調子乗りやがって。あんなお調子者が男と続くなんて思わなかったわ。すぐ別れると思ってたし。彼氏さーん、あんな女とすぐ別れた方がいいですよー。〉


珠々は手が震え、スマホを落としてしまう。ガタンというその物音で月輝が目を覚ましてしまう。起き上がったところで逃げるように顔を洗いに行っていた珠々。


「おはよう珠々。起きるの早いなー。」


「お、おはよう月輝くん。私、ご飯作るね!」


気を紛らわそうとして手早く朝食を作る珠々。手早く食べ、自分の家に戻ることにした。そしてすぐ、トイレで食べたものを吐いてしまった。やっとの思いでうがいをすると、その場でうずくまってしまう。あの言葉以外にも、度を越えた彼女への悪口が多々書かれていた。過呼吸になり、その日は何も食べられず1日を終えてしまった。


 その頃月輝は珠々宛にLINEを送るも既読がつかず、返事の気配がないことを不安に思っていた。


☆☆☆


 週が明け、月輝が珠々を呼びに行くも応答がない。LINEも未読で返事が来ないままだ。大家さんにちらっと声をかけ、1人で出社することにした。


「おはよう、月輝。あれ、山内さんとは一緒じゃないのか?」


「それが――」


月輝が侑生にこれまでの経緯を話していると、1本の電話がかかってくる。侑生が出る。その様子を見守る月輝。


「お2人さんのアパートの大家さんからだ。気を失って倒れている山内さんを発見して、保護したそうだ。今日のところは仕事休ませて、明日以降は様子見だって。」


(そんな、まさか…。)


呆然と立ち尽くす。


「月輝、気を確かに。来年度の人員募集の要項作らなきゃいけないんだろ? 気持ちは分かるが、お前さんのの分まで何とか踏ん張ってくれないか?」


「は、はい。そう、ですね…。」


 だがこの週は、珠々が出社することなく終わってしまった。もちろん、会えないままだ。月輝が家に入ろうとすると、大家さんが声をかけてくる。


「速多くんごめんねぇ、報告が遅れてしまって。彼女さん、かなりのパニック状態で昨日から精神科に通わせることにしたの。私が付き添いで。初診は泣きやすいって言われるけど、過呼吸になってめちゃくちゃ泣いてたの。」


「そうだったんですか…。何があったのか、実は俺も知らないんです。」


「『ここだけの話にしてほしい』っていう条件で、病院ではお話したの。あの子、1人で何もかも抱えてしまって…。せっかく男前な彼氏さんがいるのに、よねぇ…。」


「そ、そんな男前じゃないですよ。で、俺は……ですか?」


 月輝の目に涙がにじみ出てきたところに、ひょっこりと珠々が顔を出した。


「月輝くん? その、ご迷惑をおかけ――」


月輝から強く抱きしめる。


「この馬鹿野郎! 心配しただろっ!」


「ごめんなさい。でも私は元気だから…元気になったから。メンタルは弱いけど…。」


抱き合う2人を見て、大家さんも一安心だ。


「だから、俺を。」


「分かった。でも、今でも十分、?」


本当にそうか? と思うが、彼女を守るために、彼女の考えを第一にしてしまった月輝。


 11月になってから、珠々は仕事に復帰。通院も続けフラッシュバックに耐えながら、月輝とのお付き合いを続ける。だが、だんだんと少食になっていく――

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