第19話 暗王改め真白

「———えっと……」

「? これ……学校?」

「え? あ、うん。誰かさん達のせいでボロボロになったけどね」


 先程の体勢のまま、暗王が辺りを見回す。

 ただ、それをする前に少し待ってほしい。

 

「お、重いんですけど……」

「……んっ!」

「痛っ!? ちょ、ちょっと待っ———痛いって! 何で殴るんだよ!?」

「……何か、私の本能が仕返ししろって言ってる」

「んな理不尽な!!」


 俺はポカポカと胸を殴ってくる暗王の腕を掴む。

 すると、この俺でも動きを止める事ができた。


 ……記憶を失うと身体能力も失うのか?

 それともあの時は常時異能力を使ってたとか?


 確か、異能力者は異能力の副次的な効果で身体能力が向上するらしい。

 しかしどうやら目の前に少女を見る限り、異能力を自覚していない時はその恩恵も消えると思われる。

 勿論目の前の暗王だった少女が果たして恩恵で身体能力が上がっていたのか不明なのでまだ断言は出来ないが。


 でも……俺は副次的な身体能力向上は無かったんだけどな……。

 ほんと、この魔力ってやつはつくづく変な異能力だな。


「あ、ところで君の名前は分かる?」


 念のため、確認をとる。

 対する暗王だった少女は、何秒かボーッとしていたかと思えば……。


「……名前、分かんない。ねぇ、貴方が名前付けて」

「え、俺が?」

「ん」


 コクリ、と無表情のまま頷く暗王だった少女。

 先程までの不気味で少しサイコパスチックな笑みは浮かべていない。

 だとしても、一応警戒してはおくが。


「分かった、名前付けるから一旦降りてくれない? そろそろお兄さん限界なの」


 ただでさえ身体に力が入らないというのに、目の前の少女に上に乗られていては、全身が余計痛い。

 

「……ごめん。———ん、退けた」

「おし、てんきゅーてんきゅー」


 俺はよいしょ、と起き上がる。

 外では相変わらず物凄い衝撃音や爆風が此方にまで届いていた。

 時折強い風にあおられて、その度に少女の傘が吹き飛びそうになる。


「お嬢ちゃん……えっと……真白ましろ、なんてのはどうでしょうか……?」


 俺は既に殆ど稼働していない頭で何とかこねくり出した。

 

 ———『真白』。

 理由は単純にただ髪や瞳が白いのと、今の彼女は真っ白に生まれ変わった少女だから。

 本当にただそれだけで、何のひねりもない。


 我ながら中々ネーミングセンスが終わっている。

 もし結婚して子供が出来たら嫁さんに名前は決めて貰った方が良さそうだ。

 

 ただ、当の本人である白髪の少女は、小さく『真白』を連呼して少し口角を上げた。


「……真白、いい名前」


 どうやらお気に召してくれたらしい。

 

 一先ず俺は小さく安堵のため息を漏らした。












「……何か、漫画みたいな戦いしてる」


 暗王改め一般人化した真白が、十分以上縁だけになった窓から二人の戦いを見て呟いた。

 心なしか目が輝いている気がする。

 

「漫画なんかより臨場感があるけどな」

「……これから何するの?」


 真白が二人の戦いから俺の方に視線を移す。

 しかしその瞳から感情があまり読み取れない。


 暗王の時は表情豊かだったけど……今は兎に角無表情だな。

 まぁあの時よりは百倍マシだけど。

 

 しかし、何時記憶が戻るかも不明なため、常に警戒だけはしておいた方が良いだろう。

 

「えー、さて、これからあの二人の戦いを止めます」

「……?」

「いや、そんな『馬鹿なの貴方』みたいな目で見ないで?」

「……アレを止めるのは、無理」


 何が無理だよ。

 絶対記憶失う前のお前なら『ちょっとぉ! いい加減止めなさいよぉ!』とか言って乗り込んでくだろ。

 

 なんて思いながら冷ややかな目で真白を見るが……当の本人は記憶を失っているため不思議そうに首を傾げるのみ。

 俺は、はぁ……とため息を付く。

 

 魔力は既に三、四割回復した。

 身体の倦怠感も多少収まった。

 真白がいても多分行ける。


「よし、少し我慢してくれ」

「……何してる?」

「まあ見てなって。あ、口は閉じとけよ? 舌噛むぞ」

「……ん」


 俺は真白を片手で抱えると、身体強化を発動して窓から飛び出す。

 更に魔力に【熱を防げたらいいのに】と願って、俺と真白の身体を炎から護る。

 

「……すご———いッ。……痛い」

「いや口閉じとけって言ったやん———あ、やべっ」


 舌を噛んだらしい真白が涙目で呟く。

 そんな真白に気を取られていると、目の前に炎の塊。

 それも紅い炎———麗華先輩のものである。


「ふ、フレンドリーファイアは嫌だ! 炎だけに!?」

「……寒い」

「ぶっ飛ばすぞおい」


 ツッコミを入れながら目の前に障壁を作る。

 しかし強度が足りない。

 何重にもしたが、全て二秒ほどで破壊された。


 だが、その間に避けることは出来る。


「あ、あぶねー……死ぬかと思った」

「透明の壁、お前が作ったの?」

「お前!? もしや俺が貴方を使うまでもないと気付いたのか?」

「……威厳が無い」


 トゲトゲしい言葉ばかり飛んでくる。

 口が悪いのは、記憶喪失前と大して変わらないらしい。


 さて、そろそろだな。


 俺は二人に声が届く程の距離で止まる。

 二人との距離は約百メートル程。

 多分大丈夫、届くはず。


「耳を塞いでおけよ」

「……ん」


 大きく息を吸う。

 魔力のお陰で炎の中でも息が出来る。

 肺いっぱいに空気を吸い込むと———。




「———お二人さぁぁあああああああん!! 戦いは中断してください!!」




 魔力によって拡声した俺の声が、爆音や剣戟の音を上回る大音量で響き渡った。

 二人が同時に俺と真白の方を向く。

 そして麗華先輩は勿論、気怠げだった『剣帝』も真白を見て驚愕に瞠目する。

 二人の動きが停止した。


「柚月君!? その子は……『暗王』!? 嘘、勝ったの!?」

「おいおい……これはどういうことだ、『暗王』? お前……なんでターゲットに抱っこされてんだ?」


 何方も予想外とばかりに声を荒げる。

 麗華先輩は歓喜に、『剣帝』は疑心暗鬼に。


 よし、一先ず戦いが中断した。

 こっからが大事だぞ……俺。


 俺は、『剣帝』にドヤ顔で伝える。

 真白を掲げて。



「どうも、『剣帝』さん。お宅の暗王さんが返してほしくば引き下がって下さいません?」



 その構図は、奇しくも誰もが想像するモノとは真反対だった。


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