第11話 手合わせ(無理ゲー)

「———で、何で手合わせをすることになったんですっけ?」

「勿論、アタシが戦いたいからだ!」


 そんな戦闘狂みたいな……いや間違いなく戦闘狂なのだろう朱音さんが拳と拳を打ち付けて笑う。


 場所は変わって、高さ三十~四十メートルくらいありそうな物凄い高い天井と結構な広さを併せ持った地下施設。    

 そんな場所に俺・麗華先輩・朱音さん・首長とでやって来たのだが……俺と朱音さんが中心に立ち、端の方の透明な何かで覆われた部屋の様な所に入っていた。

 

 それにしてもおかしいな……拳と拳をぶつけて何で金属と金属がぶつかったみたいな音がするんだろ。

 素手のはずなのに人体から鳴らない音が鳴ったぞ。

 

「れ、麗華先輩! 本当にやるんですか!?」

「……朱音って一度言い始めたら実現するまで粘るのよね」

「それってもう強制ってことじゃないですかぁ!!」


 我ながら何とも情けない声が出た気がするが、そんなこと気にする余裕もなかった。


 いや無理無理無理ッ!

 俺なんてスライムに殺されそうになったか弱いまだ一般人程度やぞ?

 超人集団の最高幹部と戦って、未来視とか持ってないのに勝てる勝てないどころか瞬殺される未来しか見えないんだが!?


 そんな俺の心境など一切考慮されぬまま、無慈悲に開始の合図が響く。


「それでは———手合わせ開始よ!!」

「よし、先手必勝!」


 その言葉と同時に、朱音さんは物凄い大人げない事を言いながら大人げない行動に出た。

 俺は一瞬にして距離を詰められ、腹に掌底を喰らう。


「———っ、卑怯じゃないですかね……?」

「おお、幾ら手加減してるとはいえ……まさかアタシの攻撃を受けて無傷なんて凄いじゃないか!」


 何が無傷だよ……!

 ギリギリ腹部極振りの身体強化が間に合ったから良かったものを……何ならこれでも普通に痛いし。


「おかえし……ですッッ!!」

 

 俺はドッジボールが鳩尾に入ったときのような苦しさを我慢しながら全身を強化するように願い、更には俺の魔力で朱音さんを包むと念力で思いっ切り後ろに飛ばした。

 しかし、一瞬で魔力が内側から風船の様に破裂すると、華麗に空中で一回転して着地した朱音さんが楽しそうに吼えた。


「クックックッ……初めてにしてはそこそこいい動きだな。ただ———」


 言葉が途切れたと思ったら、俺は空中に投げ飛ばれていた。

 俺はこの状況を全く理解出来ず、地面に落ちる僅か数秒の間に何とか理由を見つけようと脳がフル回転させる。


 ……今のはどういうことだよ。

 身体強化した動体視力でも全く動きが見えなかったんだが。


 俺が殴られたのか、それとも投げ飛ばされたのかすら分からない。

 ただ、恐らく正面からではなく背中側からやられたはずだ。


 幾ら速いとは言え、殴るにしても投げ飛ばすにしても必ず攻撃の時は速度が低下してしまうが、俺にはそれすら見えなかった。

 まぁ俺の動体視力の追いつかない速度で攻撃されていたなら、それこそ全く防ぎようが無いわけだが。


「ホント無理ゲーすぎる……【動体視力を限界まで強化出来たらいいのに】」


 俺は華麗にとは言えないが無事着地すると、身体強化はそのまま、動体視力の強化を重ねがけする。

 すると……目の前で俺の顎目掛けてアッパーを食そうとしているブレブレの朱音さんの姿を捉えた。

 考えるより先に身体が動き、全身を後ろに逸らしてギリギリ避ける。


「うぉぉぉぉ!?」

「ん? この速度にも対応してきたか」


 常にギリギリの俺に対して、朱音さんは物凄く余裕そうだ。

 これが経験の差なのか純粋な実力の差なのか……考えなくても絶対どっちもだな。

 てか、さっきの攻撃正面からなのかよ……。

 

 こうなると俺は避けることに全意識が注がれて、攻撃はおろか反撃すらも出来ない。

 つまり完全なる手詰まりであり、勝ち目がないことの何よりの証拠であった。

 ただ———。



「———やられっぱなしはダサいよな……!!」


 

 俺が避ける間にカウントしていた朱音さんの攻撃の呼吸に合わせて避けられないタイミングで拳をノーモーションから繰り出した。

 別にこの時力が篭っていなかろうが、朱音さんが自らぶつかってくるので力は要らない。

 

 我ながら完璧なタイミングだったと自負していた。

 しかし……。


「ふっ」


 朱音さんの速度が更に上がったかと思えば俺の突き出した拳を避け、カウンターの拳が顎に迫る———。












 

「———はっ!?」

「お、やっと起きたな」


 俺の意識が覚醒すると、目の前に驚くほど整った顔———朱音さんの顔があった。

 頭がゆっくり動き出すとともに、顔に熱が籠る。


「あ、朱音さんッ!? か、顔が近いですっ!」

「あ? ———あぁ、アタシの大人の色気にやられたのか?」


 そう揶揄う様に子供のように無邪気な笑みを浮かべて俺の頬をつついてきた。

 

 だから距離感バグり過ぎでしょ……!?

 まぁ……勿論嫌ではないんだけどね。


 俺は上半身だけ起こすと、辺りを見渡す。

 朱音さんは近くに居るが、麗華先輩と首長はあの透明な部屋の中で何か熱心に話しているらしく、此方を見ていなかった。


「朱音さん……俺、どのくらい寝てました?」

「ん~~……ざっと五分だな。結構早いお目覚めだぞ」

「そうですか……結局やられっぱなしで負けましたね。まぁ当たり前だと思うんですけど」

 

 俺が再び地面に寝転んでポツリと呟くと、朱音さんが突然俺のおでこをでこピンしてきた。


「痛っ!? な、何するんですか!」

「そんな諦めた様な顔するな。私と初めて戦ってあれ程耐えられた奴は……柚月、お前が初めてだぞ。まだ二日でこれなら二ヶ月くらい近接格闘の基礎と身体をしっかり鍛えれば私とそこそこの勝負が出来るようになる」


 そう言ってニカッと笑う朱音さんは———男の俺が見ても驚くほどにカッコよかった。

 

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