可愛くあれ哀れ

@garuhiyo

第1話


自分が恵まれてるなんて思ったことは無かった。


一重瞼とそばかすの目立つ顔は美人とは言い難いと自負しているし、しっかり者とかでもない。

実家なんて笑っちゃうくらい平凡だし、特別自慢できることなんて一つも無い。


しかし思うのだ。

湯田原花音よりは、はるかに恵まれていると。



ーー



湯田原に出会ったのは、とある居酒屋のバイトだった。


私は大学進学を契機に上京してきた田舎者で、都会に住む人々を見て初めて、自分がどれだけ醜いかを知った。


こっちの人はアクセントの無い綺麗な日本語を喋る。爪の先には綺麗な色が載ってる。瞼や頬はキラキラとラメで輝いてる。

余計な脂肪の無い体を薄いワンピースで包んで、髪の毛は緩くパーマを描いてる。


スーパーで服を揃えて、近所の美容室で髪を切るのが当たり前だったけれど、都会ではそれは【恥ずかしい】のだということを学んだ。


ウンコみたいな茶色い髪も、ベビーピンクのマットリップも、690円で買ったアイシャドウの安っぽいオレンジラメも、花柄のワンピースも、パステルブルーのスニーカーも、爪先の丸い革靴も、私がお洒落だと信じたものは、全部が絶望的にダサかった。


お年玉を注ぎ込んで買ったレモンイエローのバッグでさえ、今どきの若者からすれば「えー、そのブランド久々に見た!かわいいね(笑)」なんて嘲笑の対象となってしまうのだ。

あれだけ可愛く見えたそのバッグが、途端にお荷物に感じられて、次の日燃えるゴミで捨てた。


金を貯めよう。

都会に染まろう。


高校時代はバイト禁止だったから、仕事を探すのですら大変だった。

本当はお洒落なコーヒーショップで働きたかったけど、今の私ではどうせ嘲笑われて終わるだけだ。


5月のことだった。


【居酒屋 旅の

ホール

時給 1500円

アットホームな職場です!】


新入生歓迎会に参加して、無理やり酒を飲まされて、それでトイレで蹲ってる時だった。

たまたま張り紙を見つけた。

時給の高さに惹かれて、私はすぐに電話をかけた。とんとん拍子に面接が決まって、私は「旅の」で働くことが決まった。

旅のはご夫婦二人で切り盛りしている小さな居酒屋で、創業当時から働いていたパートさんが急に退職することとなり、急遽人手が必要になっていたらしい。


ふさふさの眉毛が可愛らしい店長は、汗をかきながら「君みたいな子が決まって嬉しいよ」と笑っていた。


バイト初日はドキドキしながら制服に身を通した。店長に呼ばれてキッチンまで行くと、そこには一人の女がいた。



「先輩だよ。小田原さん、挨拶して。

今日から入った、中野ゆきさん。」



そこで出会ったのが、湯田原花音だった。


彼女の第一印象は、怖い、というものだった。

面長と呼ぶには長すぎる顔、その中で目と鼻と口が失敗した福笑いみたいに並んでる。

目なんかお面に切り込みを入れたみたいだし、毛穴の密集した団子鼻はまるで茄子がぶら下がってるみたいだった。

何よりも目を引いたのは口元で、オラウータンのようにだらしなく突き出た口と、都会のビルみたいに無秩序に並ぶ歯は、嫌悪感すら抱かせるほどだった。


「__どうも。」


恐る恐る挨拶をすると、湯田原花音はぺこりと頭を下げて

「ゆだはらかのんです、どうも」

と小さく挨拶した。


その声はハッとするほど美しく、鈴を鳴らしたようなとはまさにこのことなのだろうと、そう思わざるを得なかった。


あの醜女から、このような美しい声が出るとは。驚きだった。

ともかく、私は驚きを押し殺して自己紹介をする。湯田原は私に興味なんて無いのか、私の爪先を辺りをつまらなそうに見ているだけだった。


ブスな女。

私なら死んでるな、あんな顔に生まれて。

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