(6)
――
「かんぱーい」
店の雰囲気に合わせるように、二人は静かにグラスを合わせる。
周りの客たちもそういった空気を自然と感じているようで、談笑をしてはいるが決して大声で騒いでいる者はいない。
料理に舌鼓をうち、酒に気持ちよく酔う。
店内は珍しい酒瓶をインテリアのように飾り、淡い暖色の照明が薄明るい程度に室内を照らす。
「んー、甘くておいしい。これは山ウドのお通しもすすむな」
「いや、それカルーアミルクだよね、ルーちゃん。まあ、いいんだけどさ」
なんでもいいと言った手前、ルーティアの酒の食い合わせに突っ込めないでいるマリルだった。
「さてっと、それじゃあお料理頼み始めるかねー。なにからいこうか」
マリルはテーブルの中央にメニュー表を広げて注文の作戦を組み立て始める。
「騎士団の食事も美味しくはあるが、栄養バランスがどうので好みのものを頼めなくてな……。なあマリル、なんでも頼んでいいのか?」
「もちろん。へへ、ルーちゃんがどんなもの好きなのか見てみたいしね」
「よ、よし……。なんでも頼んでいいんだな、ふふふふ……」
騎士団のエースの好物、というのはマリルも興味があるようで少しワクワクしながらルーティアの言葉を待った。
なんでも食べていい、という状況に興奮したルーティアは、少し赤い顔でにやけながら言う。
「それじゃあまずは、ポテトサラダ!」
「おー、いいね。居酒屋の定番だね」
「次に、ポテトフライ!」
「うんうん、揚げ物もいいねー。ビールがすすむよー」
「あと、卵焼き!」
「お、意外なところ。〆っぽいけど、こういうところの卵焼きはダシが効いてておいしそう!」
「それと、唐揚げ!あと……たこ焼き!」
「うんうん、定番…… ん?」
「あとデザートに自家製プリン!」
「お子様ランチかな?」
とはいえ……幼い頃から騎士団の栄養食に近いメニューばかり食べていたら、好きなものが子どもっぽくなるのもなんとなく頷けるマリルだった。
「マリルはなにを頼むんだ?」
「そうだなー。山ウドがこんなに美味しかったし、季節ものがやっぱり美味しいんじゃないかな。という事で……アタシは、こっちから」
マリルはメニュー表とは別の『季節のメニュー』という小さな紙をテーブルの端に発見して、中央に置く。
「まずはおつまみで……菜の花のおひたし。揚げ物でタラの芽の天ぷら。……お、刺身も美味しそうだねー。アジとタイ……あとカツオもたたきで頼んじゃおっかなー、むふふふ」
「な、なんだか、すごいな。大人って感じだ」
「ふふふふ……ビール飲んだら次は芋焼酎で攻めるのがアタシのスタイルなの。こういう春の味覚と合わせるとたまらなく美味しいのよねー」
「うむ……。それじゃあ、注文するか」
「オッケー。 すいませーん、注文お願いしまーす!」
マリルがカウンターに声をかけると、別の客に料理を運んでいた先ほどの女性が「はーい!少々お待ちくださーい!」と明るく返答した。
「あ、ルーちゃん。今日はアタシのおごりだから、たくさん食べてね」
「え……いいのか?さっき言ったの全部頼むと結構するぞ?」
「いーのいーの。今日は前回の温泉と違って、アタシに付き合ってもらってるんだから。その代わり……次に居酒屋にくる時も、よろしくね?」
「……マリル」
にひひ、と笑うマリルに、ルーティアは親友としての友情と、頼れる姉のような心強さを感じた。
…………。
先ほど、詰所で見た正座をするマリルの姿は、忘れるように努力しよう。
忘れられないと思うけど。
そう思う、ルーティアであった。
――
一時間と、少し時間が過ぎ。
ほどよく酔いがルーティアとマリルにまわる。
甘くてアルコールの味が弱いカルーアミルクやバナナミルクのお酒にルーティアはつい注文を繰り返してしまい、かつてないほど顔を赤くしている。
ビール、芋焼酎の水割り、ハイボールなど料理に合わせて酒を変えて飲んでいるマリルも流石に酔って目が座っている状況だ。
料理が美味しいからこそ、酒がすすむ。
春野菜や山菜の料理はどれも外れがなく、香ばしく、優しく口の中に入る。特にこの店の天ぷらは絶品で、タラの芽以外にもふきのとうやウド、みょうがなどどれも最高に美味しかった。
奥で調理をしている旦那さんの腕がいいのだろう。揚げ加減が絶妙で、それは定番メニューである唐揚げやポテトフライも同じだった。
ありきたりなメニューでもどこかスパイスが効いていたり、カリカリさが段違いだったりと驚くべき美味しさが出ている。
基本を知る者が全てを制する。季節のメニューが強い店は、普通のメニューでも強いのだ。
元から体力をつけるために食べる量が人並み以上のルーティアは、次々と皿の上の料理を残さず食べていく。
そんな様子を見ていて、先ほどの女性店員……女将さんはクス、と笑いながら次の料理のちくわの磯部揚げと焼きそばを持ってきた。
「たくさん食べていただいてありがとうございます」
女将さんの言葉に、ルーティアは酔った以上に顔を赤くした。
「すまん。美味しくてつい」
「そんな。綺麗に食べてくださるのでとっても嬉しいです。本当にありがとうございます」
「うむ、御馳走になっている」
店内の様子も少し落ち着いたようで、女将さんも少しゆっくりした動きでテーブルの上の空いた皿をトレイに乗せていった。
「このお店は、ご夫婦でやられているんですか?」
マリルが聞くと、女将さんはにっこりと頷いた。
「はい。まだオープンしてそんなに経っていないので不慣れな点が多いのですが、夫婦で経営しています。あの、お味、どうでしたか?」
「最高です最高です。値段もリーズナブルだし、こんなお店が城下町に潜んでいたなんて思いもしませんでしたよ、ありがとうございました」
「よかったー。主人が料理を担当しているのですけれど、こんな風にお料理の感想いただけそうな方にお声がけできるのはこちらも幸いです。本当にありがとうございます」
そんな会話を交わしながら、段々とこの店と交流を深めていく夜。
暖かく、和やかに。
酒と美味しい料理と雰囲気が織りなす、素敵な金曜日の夜。
明日が休み、というのはこんなにも気持ちが軽やかでゆったりと時間を楽しめるものなのだな、とルーティアは思うのであった。
ささやかな二人の宴も終わり、テーブルを立つ時マリルがそっとルーティアに呟いた。
「リピート確定だね、ここ」
「ああ、そうだな」
――
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