(5)


――


 ルーティアは、ごくりと唾を飲み込んでマリルに聞く。


「わ、私達の勝ちとは、一体……」


「ふふふふ……まあそれは、『お通し』がきてからにしましょう。説明するわね」


 マリルは両肘をテーブルについて手を口元に当てたまま話す。


「『お通し』。主に居酒屋で出てくる『注文していないのに出てくる料理』のコトよ」


「注文していないのに出てくる?どうしてだ?」


「捉え方は店それぞれね。居酒屋って料理以外にもお酒を飲むから長居するコトが多いでしょ?だから席代として徴収する店もあるけれど……別でチャージ料なんて名目でお金をとる居酒屋もいるから、その限りではないわ」


「ふむ」


「それに、居酒屋だと『まずは一杯』なんてお酒を頼む人が大勢いるのよ。その時にすぐに食べられるおつまみがあると客も嬉しいでしょ?そういう意味で出す店もあるの」


「うーむ」


 普段あまり酒を飲まないルーティアにはあまり理解できない話ではあるが……まあ、そうなのだろう。


「でもね、このお店みたいに最初にお通しを説明して値段説明してくれる店なんてまず少ないわけ。茹でただけの時期外れの枝豆を少し出して一人50ガルンなんて店も珍しくないわ」


「え、枝豆だけで一人50ガルン……!?しかも注文していないのに……!?」


 なんだか、居酒屋という場所は理不尽なルールが横行しているようにも思えるが……どうやらこの店『ケラソス』は違うようだ。

 マリルが話を続ける。


「春、この時期しか味わえない山ウドという食材を、しっかり調理したソテーという形で出す。作り置きではなく、焼き料理。そしてそれを明言し、金額まで……つまり」


「それだけ味に自信がある証拠、という事か?」


 ルーティアの解答に、マリルはニヤリと笑って頷いた。


「いわば、お通しとはお店の看板メニュー。お客さん全員に出す料理なのだから、それを味わうコトでお店のレベルが知れる……トップバッターとして捉えているお店も多いのよ」


 そんな会話をしている時。

 女性店員が、小さな器二つを木製のトレーに乗せて運んできた。

 落ち着いた様子でそれをマリルとルーティアの前に出すと、説明を始めた。


「こちら、お通しの山ウドとベーコンのミニソテーになります。スパイスに柚子胡椒を使っておりますので少し辛いかもしれませんが、どうぞ」


「ありがとうございます」


 マリルが一礼すると、女性店員はニコリと笑ってまたカウンターの方へと消えていった。


「おお……」


 淡く緑がかった山ウドには焼き目が少々。香ばしい焼き具合になっている。

 小鉢に盛られたウドの山には、ピンク色のベーコンが散りばめられ、まるで春の桜のような色合いを感じた。

 そしてなにより……。


「柚子の香りがいいな」


「柚子胡椒もおそらく自家製で、しっかり皮の香りがするね。うーん、本当にいい店探し当てたかもよ、ルーちゃん」


「う、うむ……それじゃあ、食べてみようか」


 ごくり。

 二人は食欲で喉を鳴らし…… 箸で山ウドとベーコンを一つずつつまんで、口の中に入れた。


「「 !! 」」


 下品すぎない程度に絡めたごま油の風味。

 山ウドのほろ苦く、クセの強い味とシャキシャキした食感に、柔らかくジューシーなベーコンがマッチしている。

 なにより、ぴりりと舌にくる柚子胡椒のフルーティな刺激。

 素材達が舌の上で抜群に絡み合い、味となりとけていく。

 噛みしめるごとにしみこむ、ウドとベーコンがほどよく焼けた香ばしい味。肉の旨味と、山菜の苦味が口の中でとろけあう。


 そして、二人は勝利を確信するのだった。


「……超、当たりッ。やったねルーちゃん。サイコー!」


「たまらなく美味いな、コレ……!ほ、他にはどんな料理があるんだ…!?」


 二人はしばらくその香ばしいソテーを味わいながら、メニュー表へと手を伸ばすのだった。


――


「というか、お酒頼まないとね」


 料理の事ばかり気にしていて、酒の事をすっかり忘れていた。

 マリルはメニュー表のアルコールのページを開くも、すぐに注文を決めた。


「アタシ、生ビール。ルーちゃんは?」


「もう決まってるじゃないか。なんでメニューを見たんだ」


「あはは、形式上、一応ね。で、ルーちゃんは何飲む?」


「……うむ」


 こういう店の雰囲気だし、まして今日はマリルの酒に付き合う形だ。

 何度か騎士団の祝宴などで酒を飲むときは……決まって、皆に合わせる形でビールを頼んでいた。


 正直、ルーティアはあまりビールが得意ではない。

 付き合いで飲みはするが、あの独特の苦みを舌が受け付けず、小一時間かけて我慢して飲むのがやっとだった。

 周りの騎士団員は誰しもがこの世で一番美味い飲み物のように飲んでいたが……ルーティアにその感覚は、理解できなかった。


 だが、今日はマリルに付き合う日だ。自分も同じものを頼もう。そう腹を決めて、ルーティアはマリルに言った。


「私もビールで――」


「こら。ルーちゃん、お酒得意じゃないんでしょ?なんだっていいのよ。無理にアタシに合わせなくていーの」


 意外な反応にルーティアは驚く。


「だが今日は飲み会という事だし、まずは同じものを頼むのがいいのではないか?」


「それは職場とか上司と飲む時でしょ?しかも、そういう場でも無理に同じ物頼まなくてもいーの。折角の時間が台無しになっちゃうじゃない」


「うむ……だが、同じように酔ったほうがお互いに良いのではないのか?」


「全然アタシはそうは思わないね。むしろ楽しい時間を作りたいんなら好きなものじゃんじゃん飲んで食べてくれた方がお互いに気持ちいでしょ?全員ビール、だなんて我儘いうヤツの方がおかしいのよ」


「むう」


 マリルがそう言ってくれるのは意外だった。

 無理矢理付き合わされるビールが美味しいと思った事は、ルーティアは今までなかった。


 ビールが好きならばいいだろう。しかしあの味や炭酸が好みでないものや、アルコール自体が苦手な者も少なくはない。

 無理矢理それを付き合わせるような場所は存在するが、それを世間の常識にすべきではない、とマリルは言いたいらしい。


「だからルーちゃん、好きなもの頼みなさい。お酒苦手なら全然普通の飲み物でいいんだから。お互いに楽しく、ね?」


「…………」


 好きなものを、頼む。

 意外とそういう場面は、ルーティアの人生ではなかったのかもしれない。


 栄養も食い合わせも考えず、ただ好きなものを……。


 それは……。


 たまらなく、楽しいかもしれない。ルーティアはその事に気付き、喜々としてマリルに言った。



「じゃあ私、カルーアミルク!」


「すごい一杯目からきたね、ルーちゃん」



※カルーアミルク……カルーアというコーヒー味のお酒を牛乳で割ったカクテルです。口当たりがよく甘いコーヒー牛乳のような味わいのアルコール度数の低いお酒。でも、飲みすぎに注意しましょう!



――

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