(4)


――


「あ」


 店を探し始めて数十分。

 ルーティアとマリルはゆっくりした散歩のように夜の街を歩く。

 道中でやはりというか「お店お決まりですか」「飲み放題○○ガルンでいいですよ」などと客引きにも声をかけられたが、徹底無視をする。

 幸いしつこい勧誘にも捕まらず、二人はのんびりと店を探す事が出来た。


 ルーティアは、気になった店の前で足を止める。


「ここ、どうかな」


「んー?どれどれ……」


 ルーティアが指さした店を、マリルも立ち止まって見てみる。


 居酒屋が立ち並ぶ通りからは少し離れ、住宅が多く見えるようになってきた辺りの通り。

 ひっそりと佇むように存在する店内は、外からもよく見える。店内を横切るようなカウンターに、客席が10ほど。店の奥は見通せないが、外観から見るとそう広くはないだろう。こじんまりとした居酒屋だ。

 店の前にはイーゼルに黒板を乗せたメニューがあり、オシャレな雰囲気を演出している。値段もしっかりと書いてあり、良心的な値段だ。入り口の掃除もしっかりと行き届いている。


 そしてなにより。


「ほー、ここ、オープンしてまだ一カ月しか経ってないんだね。掘り出し物かもよ、ルーちゃん」


「掘り出し物?」


「あんまり長くやってる店って、入りづらいじゃん。常連さんとか多そうなイメージがあってさ。その点、ここは新規オープンの綺麗なお店だし……ほら、店の中も見通しいいのよ」


「ああ。確かに、入りやすいな」


 店を探し始めてルーティアが感じたのは『入りやすい』『入りづらい』感覚がある事だった。

 飲食店をほとんど利用した事のないルーティアにとっては、店の中が見えない店は論外。オープンスペースに客がごった返しているような居酒屋もバリアを張られているような感じがして無理だった。

 こういった感じの入り口は窓つきのドアで店の中が見える店はルーティアにとっても入りやすかった。

 住宅の間に挟まれたような小さな店だが……逆に広すぎる居酒屋より落ち着く感じがする。


 マリルは入り口に置いてある看板メニューを見てうんうんと小さく頷いた。


「うん、いいね。季節のメニューをしっかり取り扱ってるところもいいよ」


「ほー、そういうものか」


「チェーン店は仕入れが安定してるから固定メニューに強いけど、こういう小さい居酒屋は季節ものを取り入れてナンボだからね。メニューも季節によって変えてるみたい。こりゃ美味しい料理も期待大だね」


「…………」


 チェーン店って、なんだろう。と、聞くとまたマリルの説明が長くなりそうなのでここはあえて沈黙をとるルーティアだった。お腹もすいたし。


「ダイニングキッチン『ケラソス』。うん、いいね。思い切ってここ、入っちゃおうか」


「う、うむ……少し勇気がいるな」


「あはは、モンスターと対峙しても少しもビビらないルーちゃんでも、初めてのお店には緊張するかー」


「…………」


 なんだろう、この妙な緊張感は。

 未知の敵との戦いや、ダンジョンへの突入よりも緊張する。命のやりとりはないはずなのに。


 ……それは、このひと時の安らぎを得る時間をこの店が作ってくれるのか、という期待と不安からなのだろうか。


――


「「 いらっしゃいませー!! 」」


 中に入ると、活気のある男女の声が二つ店内に響く。

 既に中の客席は埋まっている場所が多いが、カウンターに3席、奥に見えるテーブル席に1席空きがある。


 迎えてくれたのは……自分より少し年上であろう、エプロン姿の男性と女性。チェック柄のエプロンには店の名前の『ケラソス』としっかりと刻んである。

 小さい店内に、見たところ店員はこの男女二人のみ。察するに、夫婦であろう。

 カウンターの奥では男性がやや忙しそうにフライパンを火にかけ、何かの肉料理を作っている。

 女性の方が店案内をしているようで、カウンターから入り口の方へ早足で駆けつけてきた。ピンクの長い髪を一つ結びにして、頭にはオレンジのバンダナを巻いていた。


「いらっしゃいませ、二名様ですか?」


 先頭のマリルが、その受け答えをする。


「ええ、二人で」


「かしこまりました。テーブルとカウンターございますけれど、どちらがよろしいでしょうか?」


「えーと……じゃあ、テーブル席で」


「はい!それでは、奥の方へ……店内少し狭いので、お気をつけてこちらの方へ」


 女性店員が先導をして、マリルとルーティアは店の奥へと進んでいく。

 店の奥、といっても外観からも見て取れたようにそこまで広い店でもない。十歩も進めばあっというまに店の奥。二つあるテーブル席の一つに、マリルとルーティアは通された。


 椅子に腰かけると、女性店員は素早く水とおしぼりを持ってきた。


「ご来店ありがとうございます。本日お通しは『山ウドとベーコンのミニソテー』になっております。25ガルンなのですが、お持ちしてもよろしいでしょうか?」


「おとおし……?」


 聞き慣れない単語にルーティアが首を傾げている間に、マリルが頷いた。


「ええ、お願いします。お通し説明してくれるなんて珍しくていいですね、ここのお店」


「あ、ありがとうございます。もし食べられない食材などありましたら失礼ですし、ウチはお通しはしっかり説明して納得いただけたら出す形にしているんです」


「いいですね。山ウド、旬ですし是非お願いします」


「かしこまりました。そちらの方も、大丈夫ですか?山ウド」


 急に話を振られてルーティアはビクッと驚きながらしどろもどろに話を合わせる。


「は、はいっ!?わ、私は……べつに、大丈夫だ!よろしく頼む!」


「はい。それでは、すぐにお持ちしますね」


 クス、と女性店員は上品に微笑んで厨房であるカウンターの奥へと下がっていった。


「なあマリル……おとおし、って……なんだ?」


「ククク……ルーちゃん」


 マリルは両肘を机に立て、手で口元を隠す。

 眼鏡の奥から鋭い眼光を向けているが……顔はニヤリと笑みを浮かべていた。


 その顔は、勝利を確信した笑みのようにも見えた。



「ここが、勝負よ。この店が当たりか外れか……そのターニングポイント。そして……この勝負、おそらくアタシ達の、勝ちよ!」



――

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