(3)


――


 時刻は、18時を過ぎた。

 春のこの季節は暗くなるのも早く、城下町には既に街灯の火がつけられている。

 淡く夜の街を照らす幾つもの淡いランプの灯に人々は集まり、群れを成す。

 仕事を終えた兵士や傭兵、役人や職人たちは夜の街へと繰り出していき、ある者は家族の待つ帰路へ。ある者は、一日の疲れを癒す場所を求めて彷徨う。

 金曜日の夜、街はいつにも増して活気に溢れるのだった。


 そして、夜の街に今日を忘れようと酒を求める魔術師が一人、それに付き合わされる騎士が一人。城から街へと降り立つのだった。


「さあ、ルーちゃん!居酒屋を探そう!」


「あ、ああ……えーと。探すと言っても、どうするつもりだ?」


「んー、アタシの行きつけの酒場に行くのでもいいんだけれど……ルーちゃん、勿論居酒屋とかバーには行ったことないのよね?」


「無論だ」


 スーパー銭湯と同じく、武器や装備の調達と遠征の物資の調達くらいしか街に出ないルーティアは、街で酒はおろか食事すらとった事はない。

 マリルはそれを聞いたあと、腕組みをして少し考える。


「……よし!折角だし、今日は二人とも行った事のないお店にしよう」


「え、そうなのか?行きつけの店の方が安心するんじゃないのか、マリル」


「それは、そうなんだけどさ……」


 マリルは死んだ目で笑顔を作りながら俯く。


「いつも飲んだくれてる店は本当に一人でただ呑むだけでさ。そりゃ嫌な事があった日とかはほぼその店にいるんだけどさ。なんか嫌な事があった=行きつけの店で呑むが定着しすぎちゃってもう暗い気持ちでしかその店で飲めないワケよ。ネガティブな気持ちで呑むお酒もそりゃいいもんだけどさ、ルーちゃんが今日はいるワケだしそういう気分で呑みたいワケじゃないし。むしろ二人で楽しく行ける店を探した方が気分転換になるというか嫌な事忘れられる気がするというか」


「わ、分かった、マリル。店を探そう、うん」


 ブツブツと何処を見ているか分からない瞳で呟くマリルを見てルーティアは何かを察するのだった。


 ……なんだか、職場で大変なんだな、マリル。と、ルーティアは普段のマリルの日常を少しだけ察した。


「……だが、見たところかなり飲食店は多いようだな」


 ルーティアは辺りを見回す。

 夜の街に、それぞれをアピールするように灯りを光らせる店は多い。

 肉や魚を焼く音、匂い。乾杯をするグラスの音色や、上機嫌な笑い声。一人でも多くの客を入れようと呼び込みをする看板娘や若い男。

 あれらが飲食をする店だ、というくらいはルーティアにも分かる。だが……どの店に入ればいいのか、という嗅覚は存在しない。


「マリル、どうするんだ?適当な場所に入るか?」


 そう言われると、マリルは息を吹き返したかのように眼鏡をクイッと上げて光らせ、にやけた笑顔を見せる。自信のある顔だ。


「いや、ルーちゃん。居酒屋に関しては、アタシなりの判断基準があるの。ルーちゃんにそれをしっかりと伝えて……美味しく楽しい時間を過ごしてもらうのが今回のアタシの使命よ」


「……酒がのみたいと誘ってきたのはマリルの方じゃ」


「さあ、ルーちゃん!とにかく歩きながら説明するわよ!マリル流『居酒屋の見極め方』!しっかりと伝授するからね!」


「ええ……」


 強引にマリルに引っ張られながら、ルーティアは夜の繁華街の方へと繰り出すのだった。


――


 城へと真っ直ぐに続く大通り。城から離れるように逆方向へ進んでいくと、先ほどまでの喧噪はより強くなる。

 この辺りは特に酒場が多く、治安の悪い場所だ。金曜の夜ともなれば酔っ払いとすれ違わない方が珍しい。

 ルーティアも、暴漢や喧嘩を制圧しに何度か足を運んだ場所だった。


「……この辺りか。それで、どういう店にするんだ?」


 一応護身用に持っている腰に帯刀したショートソードの位置を確かめながら、ルーティアはマリルに聞く。


「ま、ま。そう警戒しないの。確かにこの辺りは居酒屋が多くて治安も良くないイメージだけれど、美味しい店も多いのよ」


「そうなのか」


「酔っぱらいの多い場所に美味い店あり。ま、その店を発見する探検隊ってところかな、今日のアタシ達は」


「美味い店、か」


 そうは言えど……先ほどと同じ、いやそれ以上に、店は多い。

 繋がるように軒を連ねる店はどれも酒を扱う店だろう。店先にテーブルを置く店も多く、兵士や傭兵たちが豪快に酒を酌み交わし、笑いあっていた。

 視界に入るだけで数十はある居酒屋。

 この中から、どれを選べとマリルは言うのだろうか。


「まずは……消去法ね。コレだけはダメっていうのから消していきましょう」


「ほう」


「第一に。客引きからは避けるべし。ま、これは鉄則ね」


「そうなのか?」


 通りを見ていると、店先で客の呼び込みをしている者や「安くしておきますよ」などと道行く住民に声をかけている者も多い。


「まあ、ああいう風に店の前で客の呼び込みかけてるのならまだしも。店から離れて声をかけている奴には絶対についていっちゃダメ」


「うむ……一応聞いておくが、どうしてだ?」


「ぼったくり率が高い。そもそもこのエリアでは客の呼び込み……いわゆるキャッチ行為は条例で禁止されてるの。それをこそこそ行っている事自体、いかがわしい証拠って事よ」


「むう。なるほど」


 いっそ騎士の権限でとっちめてやろうか、などと考えておくが……それは自警団の仕事か。後々通報でもしておくか、とルーティアは心に留めておく。


「探すなら自分の足で。口約束で提示された安い値段なんて証拠にもならないし、後々提示する値段なんてやりたい放題。なので呼び込みには絶対についていかないようにしましょうね」


 マリルはそう言って、再び歩き始める。



「ふむ……」


「どうしたの?ルーちゃん」


「こうして店を見ていると、客が沢山入っている店と落ち着いている店があるな。つまりは、客がたくさん入っている店ほど料理が美味しい店という事か?」


「おー、いいところに目をつけるね」


 マリルは感心したようにうんうんと頷いた。


「客が多い店は美味しい、っていう指標にはなるね。でも、例えば店によってはサクラを使っていたり客が多く見せかけていたりするから絶対の条件ではないのよ」


「サクラ?」


「お店で雇った偽者の客のコト。さっきルーちゃんが言ったみたいに『客が多い店は美味しそう』って思うでしょ?その心理は割と誰にもあるのよ」


「ああ、そうだな」


「だからこそ店としても『ウチは料理も酒も美味しいからこんなにお客さんがいるんですよ』っていうアピール合戦にもなるわけ。つまり客を多く見せかけたいっていう居酒屋も多いから、偽の客を使ってでもアピールしてる場所もあるかもしれないの」


「ふむ……安易に客が多い店に入っては駄目という事だな」


「あとは店の奥はがら空きなのに、店先のオープンスペースにお客さんを入れていって客が多いと見せかける店も多いわ。まあ店の方針なんだろうけれど……ちょっと姑息にも感じるわよね」


「うーん……」


 なんだか店と客の心理戦のような状況。

 騙す、騙される……なんだか戦闘の駆け引きのようにルーティアは感じる。



「それでは逆に、マリル流良い店探しのポイントを伝えましょー」


「おお。頼む」


「まずは……『外から見て店内がある程度見えていること』かな。さっき言ったように後ろめたい事……極端な話、ぼったくりをしている店なんかは後ろめたい事をしているわけだから」


「ああ、つまりは客が簡単に逃げ出せなかったりする状況を作っているという事だな」


「そういうコト。全部とは言わないけれどね。窓がなくて建物の4階とか以上の階にある店なんかは安易には入れないわね」


「うむ……」


「次に……コレはやっているところが少ないけれど。『外にメニュー表や値段が明記してある』店だと安心できるわね」


「ああ、確かに。外に値段を表示してあるのなら自分の手持ちと計算がしやすくて安心できるな」


「そうそう!ルーちゃんも分かってきたねー」


「ふふふ」


 なんだか褒められたようで、少し得意げになるルーティア。


「店の入り口を見るだけで得られる情報は多いわ。『綺麗に掃除してある』『花が枯れていない』『ガラクタが置いてない』『店の名前がしっかり書いてある』……ナドナド。客の入りより清潔感と誠実さをアピールしている店がいいわね」


「成程。後ろめたさを醸し出していない店を探せばいいのだな」


「そう!ルーちゃんの嗅覚でいいから、どんどん探してみよう!がんばろー!」


「ああ、そうだな!」


 そう考えると、なんだか探検のような感じで何処か心がワクワクする。


 だが……ルーティアは店を探しながら、少しだけ心の奥底が引っかかる。



(……そもそも私、居酒屋に行きたいなんて言ってないんだけど……)



――

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