(2)


――


「失礼する。マリルという魔術師を探――」


 そう言って魔術団の詰所のドアを開けるルーティア。目の前に入ってきたのは……。


 腕組みをする王国魔術団団長と、正座をして俯くマリルの姿だった。



「あのね、マリル。疲れているとは思うけれど、終業のミーティングは大切な業務の一つなのよ。それは、分かっているわよね?」


「……ハイ」


 魔術団団長は、齢60を過ぎる大ベテランの魔術師の女性だ。威厳も風格もある人物だが人望に厚く、王からの信頼も高い。

 大きな黒の魔術帽と黒のローブを着こんだ、怪しい魔女……とはならず、オレンジのウェーブがかかった髪が似合う貴婦人、といった印象が強い。

 普段は優しいマダムなのだが、今、この時に発せられる威圧感はさすがは魔術団団長、といったところか。

 その団長と一対一で向かいあい……というか、明らかに正座をさせられて怒られているマリルの姿は、先日会った時よりも大分小さく見えた。


「明日の休日出勤を任せている団員の引継ぎ作業も今日のミーティングでは大切なのよ。不備があればきちんと訂正するため、しっかり聞く義務がある。そのミーティングで」


 団長は正座をするマリルに一歩詰め寄り、額に血管を浮き出させながら言う。


「居眠りするとはどういう了見なのかしら?マリル」


 …………。


 沈黙。

 ドアを開けたままのルーティアも、動くワケにはいかずにその場でただただ固まっている。


 そんなルーティアにも気付かず、お説教は続く。


「魔術団の中では貴方ももう新人というわけではないのよ。新人の魔術師の見本になるように行動する事を心がけてもらわないと困るわ」


「……反省、シテマス」


「最近は魔法の練習にも身が入っていない様子だし。先日の魔法習得研修のレポート、まだ出ていないのは貴方だけなのだけれど……いつ出るのかしら?」


「……もう少し、デス」


「明日は貴方も休みよね?その間にしっかり作成しておく事。いいわね?……ああ、それと……マリル、貴方のロッカー、汚いわよ。持ち物の整理もしっかりしておく事。自分の身の回りからしっかりしていきなさい。いいわね」


「……ハイ、スミマセン」



 …………。


 物凄く、気まずい。

 自分はなんというタイミングでこの部屋に入ってきてしまったんだろう、とルーティアは後悔をしていた。

 一緒に温泉に行った時の頼りがいのあるマリルの姿とは全く別の姿を垣間見てしまったような……複雑な、後悔。


 ……なんというか……色々、大変なんだな。どっちも。と、ルーティアは心の中で思った。



「それじゃあわたしは帰るから、明日からキチンと…… あら、騎士団のルーティア・フォエルではありませんか」


 お説教を済ませ、帰路につこうとしたところで詰所入り口のルーティアに気付く団長。それと同時に、マリルも気付き……死んだ魚のような虚ろな瞳を浮かべる。

 そんなマリルの様子とは対照的に、団長は上機嫌になりルーティアに近づいてきた。


「この前の邪龍討伐戦は大手柄だったわねぇ」


「いえ、あの……魔術団のサポートがあったからこそです。戦闘しやすい場所に龍を追い込めたのは魔法による援護があってこそのものでしたから」


「謙遜しなくていいのよ。もうすっかり名実共に王国騎士団のエースねぇ。小さい頃から見ていたわたしとしても嬉しいわぁ」


「あ、ありがとう……ございます」


 子どもの頃から城に住み込みのルーティアは、魔術団のメンバーにも知り合いが多い。以前の魔術団のエースとして活躍し、ルーティアの稽古に付き合ってくれていた魔法使いも、今では団長となっている。


 しかし、そんな事はどうでもよくなるほどに……居心地が悪い時間が流れていた。


「なにか魔術団に用事かしら?」


「あー……えっと……。……その、マリルに、ちょっと、話が……」


「あら、マリルに。なんならついでにちょっと魔法戦闘の稽古でもつけてもらいたいのだけれどね」


「いえ、そういう用事ではないので……あの……」


「ふふ、冗談よ。もう終業時間だしね。それじゃ、わたしも失礼するわ。今度一緒にお茶でもしましょう、ルーティア」


「え、ええ……是非」


「マリル。用事が済んで帰る時には部屋鍵閉めよろしくね。あと、さっき言っていたレポートの件。しっかりまとめておく事。いいわね」


「……ハイ」


「じゃあ、ご苦労様」


 そう言って魔術団団長はルーティアの横を抜け、詰所のドアをくぐっていった。

 部屋には、ルーティアと、マリル……二人きり。


 沈黙が、空間を包む。


「……ええと……その……ま、マリル。せ、先日は、世話になったな」


「…………」


「あの……また明日、休みだろ?私も明日休みだから、また一緒にスーパー銭湯にでも、どうかなと……」


「…………」


「あ、でも忙しいならまた今度でぜんぜ――」



 「飲み行くから付き合ってルーちゃん!!!」



 虚ろな表情から一変。

 なにかがキレたようなマリルはそう言い、部屋の奥にあるロッカーに姿を消すと一瞬で私服に着替え……。


 ルーティアの手をとって魔術団詰所をあとにした。



「の、飲みに行くって……」


「明日ルーちゃんも休みなんでしょ!?ならアタシ、お酒飲むから付き合って!!」


「お、お酒飲むってどこにいくつもりなんだ?」


 城の廊下をルーティアの手を引きながらツカツカと歩くマリル。

どこに行くつもり、と聞かれ、マリルはその場に立ち止まり、ルーティアに向き直って宣言した。



 「『居酒屋』よッ!!」


――

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