二話 食神の酒宴《居酒屋》

(1)


――


「……ハァッ……ハァッ……!く、くそォ……!!」


 身の丈は2mに近い体格の大男は、荒い息を吐きながら顔中に張り付く汗を乱雑に拭った。

 手には、これも大きな竹刀。特注品で、この男にしか扱えないほどの長さと重さを兼ね備えたものだった。


 しかし、その男と対峙する女性……ルーティア・フォエルの顔には、汗一つとして浮かんではいない。

 冷徹で、どこか蔑むような眼差しを大男に向ける。


「試合前に言っていたな。『こんな女なんかに負けるワケはない』と。まだ撤回しないつもりか?」


「く、くそォ……!一撃……一撃当たりさえすりゃあ、てめェなんか……!」


「その一撃が当たるまで試合を続けるのか?日が暮れるぞ」


「ぐ……ッ!!な、舐めるなクソアマァァァァァッ!!!」


 大男は突進するようにルーティアとの距離を詰める。

 右手に持つ巨大な竹刀を横から、上から、我武者羅に振り回し、その『一撃』をルーティアに当てようと必死の様子だ。


 確かに、重く、大きな一撃。竹刀とはいえ、まともに喰らえばただでは済まないだろう。


 しかし、当たらない。

 横からの薙ぎ払いは後ろに一歩、もしくは低い姿勢で避ける。

 上からの斬り下ろしは右か左に一歩。半身を前に出し、必要最低限の動作でルーティアはその攻撃をかわす。

 竹刀との距離はほんの僅か。あと少しでも位置がズレていれば身体のどこかに当たりそうなものだが……当たらない。

 見極め、判断し、避ける。その動きを常に適格に、最速で、最低限の動きで行う。大男と違い、ルーティアの体力は一向に減らないのだった。


「……さ、さすが稲光の剣士……。伊達じゃねぇな……」


「さっきからあの男の攻撃、かすりもしないぜ。街で噂の傭兵らしいが……あれじゃ赤っ恥もいいところだな」


「ルーティアに勝てるなんて思ってるのが論外なんだよ。俺達騎士団のメンツなら、まず真っ向勝負の試合なんて挑まない」


 周りで見ている騎士団の男達の嘲笑する声も聞こえないほど、大男は疲弊していた。


 男は街で名を上げた雇われの傭兵。恵まれた体格と並外れた力を武器に数々の戦に雇用され荒稼ぎをしてきたが……自信がつきすぎたのだろう、国で最も強いと評判のルーティア・フォエルに勝負を挑みたいと申し出てきた。

 街で噂の傭兵となれば、戦力になるかと期待したのはルーティアの方で、試合は喜んで受けた。

 場所は城内の騎士団の稽古場。特別招待試合という事で彼を招き入れたのだが……。

 しかしいざ戦ってみればただただ自分の力を武器に猪のように突進するだけの戦法。コレでは観戦している騎士団のメンバーの方がよっぽど勝負の駆け引きが出来る……とルーティアは呆れながら戦っているのだった。


「ぐ……ぐ、へ、ぇ……!ぜぇッ……ぜぇッ……!!」


 再びスタミナの切れた男はついに片膝をついて、必死に呼吸をする。

 ふぅ、とルーティアは溜息をついて、顔を横に向ける。

 騎士団の人間たちの中央に、王が腕組みをしてその様子を見守っていたのだった。


「王、もうよろしいですか?それともまだ……?」


 王も、ふぅ、とルーティアと同じように溜息をついて頷いた。


「もう十分であろう。楽にしてやるがよい」


「御意」


「ぐ……!く……くそォォォォーーーーーッ!!!」


 片膝をついていた男は、低い姿勢のままルーティアに突進し、タックルをしかける。


 しかし……ルーティアは横に素早くそれを避けると男の背後にまわり、持っていた竹刀で……軽く男の後ろの首を叩く。


「あ……!!」


 疲弊した男を倒すのには、十分な一撃。

 男は巨体を地面に突っ伏して、気絶するのだった。


――


「いやー、ご苦労さま。わざわざ悪いねルーティア」


「いえ、私からも騎士団の戦力になればと思って受けた試合でしたので」


「無駄足だったかなぁ。やっぱ傭兵からの騎士団の雇用っていうのも難しいのかねぇ。基本がなってないもの」


 王とルーティアは、二人で城内を歩く。

 試合を終えたルーティアを部屋まで見送ると言って連れ出したのは王の方だった。

 

「いえ、磨けば光るものはあると思います。避けられても避けられても向かってくる根性というのは見習うべき点かもしれません」


「ははは、ポジティブだなぁルーティアは。……あ、そうそう。この前のお休み、うまく楽しめた?」


 マリルと一緒に休日を……スーパー銭湯『ドラゴンの湯』に行ったのは三日前の事になる。

 あくまで一介の騎士であるルーティアはなにかと多忙な王と話す機会はなかなかなく、こうして二人でいられるのも休日を言い渡されたあの日以来の事だった。


「……ええ。ものすごく、楽しかったです。自分でもあんな風にお休みを楽しめる事が出来るなんて思っていませんでしたし……とても新鮮でした」


 その報告を聞いて、王は嬉しそうに頷いた。その顔は、娘を想う父親そのものの表情である。


「うんうん、マリルを遣わせたのは正解だったね。今後もお休みの日はマリルに色々聞いてみて」


「はい、是非。……彼女、『休日マスター』とか自分で言っていましたけれど……そんな称号が?」


「ああ、いや。ワシとマリルくんだけの呼び方というかね……ワシもマリルくんに色々世話になっている節があって」


「王もマリルに休みの過ごし方を教わっているのですか?」


「そう。旅行の事とか、美味しいレストランの事とか……彼女、すごく詳しいんだ。おそらく城内で一番そういう情報に長けてるんじゃないかな」


「……成程」


 王に認められた存在。剣で王に仕える自分とは違う役割で、国の役に立っている。

 マリルという人物は、思っていたより王や国にとって重要な人物なのだな、とルーティアは尊敬の念を抱いた。


「明日から規定の休日だけど……また、マリルと一緒に休めるかな?ルーティア」


「はい。騎士団の業務も落ち着いていますし、またお言葉に甘えてお休みをとらせていただきたいと思います」


「はっはっは、甘えるもなにも、カレンダー通りの休みなんだから。しっかり休んできてよ。……あ、じゃあマリルに声かけてきてくれるかな?ルーティア」


 王は思いついたように立ち止まり、広い廊下の分かれ道を指さす。


「もうすぐ魔術団の方の業務も終わると思うし、マリルも詰所にいると思うから。話、つけてきてくれる?」


「分かりました。わざわざありがとうございます。……行ってまいります、王」


 王に深々と頭を下げると、ルーティアは廊下を駆けていき、王国魔術団の詰所へと向かった。



「……良かった。ルーティア」


 冷徹な騎士が、人らしく、休日を満喫しようとしてくれている。

 安心した表情の王は、満足そうに自分の部屋へと戻っていくのだった。


――

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