(7)
――
会計をしに店の出入り口へと向かう二人。
その姿を見て、奥で調理をしていた旦那さんの方も女将さんと一緒に会計カウンターへと出てくる。
おしとやかそうな女将さんに似合いそうな、坊主頭の誠実そうな旦那さんだ。
「ありがとうございました。お料理、どうでしたか?」
マリルは親指を立てて絶賛した。その様子を見て、旦那さんもとても嬉しそうに笑っている。
「もー最高でした。特に天ぷらが絶品!さては専門店で修行してましたね」
「あはは、そうです。小料理屋で十年ほど修行して独立しました。よく分かりますね」
「これでもアタシ、料理にはうるさいほうですから」
クイ、とマリルは眼鏡を光らせた。きっと一人で飲み歩いたりしてるんだろうなぁ、とルーティアは心で呟く。
そんなルーティアは、女将さんの方と談笑をしていた。
「御馳走になったな。また近くにきた時は寄らせてもらうから、よろしく頼む」
「はいっ。ありがとうございます。……えーと……あの、失礼なんですけれど、ずっと私、思っていたコトがありまして……」
女将さんは申し訳なさそうな様子で、ルーティアに尋ねる。
「その……どこかでお客さんのコト、見かけた気がしていて……。有名な方だったりしますか?大変失礼なのですが……店をやっているもので、世間に疎くて」
女将さんのその疑問に、ルーティアではなくマリルがひょっこりと顔を出して答える。
「ああ、この人。王国騎士団のルーティア・フォエルですよ。知ってます?」
「え、ええっ!?あの騎士団の英雄の……!?あ、あの……た、大変失礼しましたっ!!このような狭いお店でお食事をしていただけるなんて思ってもいなくて……!!」
慌てて頭を下げる女将に、ルーティアも慌てて否定をした。
「や、やめてくれ。別に私は王族でもなんでもないのだから。こちらこそ世話になったのだし、そんな風に頭を下げないでくれ。な?」
「……ありがとうございます……!あの、お代の方は結構で……」
「いや、普通にとってくれ。今後ともこの店には世話になりたいんだし……変な謙遜はしないように頼む。あくまで、客と店。その立場は他の客と一緒にしてほしい」
「で、でも……」
「頼む」
折角、こんな素敵な店を見つけたのだ。今後も是非立ち寄りたい。だからこそ、気遣いなどされたくない。ルーティアは、あくまで普通の客として存在したいのだった。
そんな気持ちを察してくれたようで、女将もふう、とどこか安心したように溜息をついた。
「ありがとうございます。それでは……お会計は、ルーティア様が?」
「いや、こっちの魔法使いが払う」
「……さっきの口ぶりだとどう考えても騎士サマの方が払うと思うんだけどなぁ……」
しかし奢るといった手前、財布の口を開けるしかないマリルであった。
――
「「 ありがとうございましたー! 」」
女将さんと、旦那さん。二人の声に送りだされ、ルーティアとマリルは『ダイニングキッチン ケラソス』から出た。
夜は更けてきている。
酒を飲む場所を探す人々も次第に減ってきたという事は、何処か安住の場所を見つけたという事なのだろう。それとも、もう帰路につきはじめているのか。
二人は大きく背伸びをして、同じ言葉を呟いた。
「「 おいしかったー……! 」」
「いやー、超当たりの店、引き当てたね。値段はリーズナブルで美味しいし、お酒だって色んなの取り揃えてたよー。また来ようね、ルーちゃん」
「ああ。マリルの飲み会に付き合うと言われた時はどうなるかと思ったが……いいものだな」
「ん?なにが?」
「正直、私はあまり酒が好きではなくてな。酒呑みの連中に付き合うと、ダラダラと長くなる事が多かったから……こんな風に楽しく食事を楽しめるなんて、思ってもいなかった。酒も少しだけ好きになったかもしれん」
「ふふふ。もちろん、人付き合いや社交の場でもあるのが居酒屋なんだけど……飲んで食べる場所だっていう大前提の上にそれが成り立っているんだからね。まず美味しくなきゃいけないっていうのが良い居酒屋の鉄則よ」
飲み会。
それは騎士団の連中と城内で、好きでもない味の酒を飲んでダラダラと愚痴話を聞くだけの会だと思っていたが……こんな風に酒を楽しめる日がくるなんて、ルーティアは思ってもいなかった。
もっとも半分はマリルの職場での愚痴だったけれど……美味しい料理に感嘆して、話もどこか明るい方向にはもっていける事が多かった。
ルーティアの中で、飲み会というものに対するマイナスイメージが、少しだけ和らいだように感じる夜であった。
「と、と……」
流石に足元がふらつく。
甘い酒ばかり飲んでいたルーティアだが、そういう酒も案外アルコール度数は強い。
春の夜で寒さも強いとは思うが、顔は熱く紅潮し、まったく寒くない。だからこそ危険な状態かもしれない、とルーティアは察する。
「お、さすがに酔っぱらったねー、ルーちゃん。ほいじゃ、今日はここで解散しよっか」
「うむ。えーと、マリル……ごちそうさまでした」
「おうよ。さー、アタシもレポートの作成、がんばるぞー」
「あんなに酒飲んだのに、大丈夫なのか?」
「マリル様の酒豪っぷりは翌日にも発揮されるのだー。二日酔い、なったことないんだよねー、実は」
「すごいな。見習いたいものだ」
無理矢理付き合った酒のせいで動けなくなった経験のあるルーティアには、羨ましい話だった。
「そいじゃ、気をつけてねー!城まで安全に帰るんだぞー」
「ああ、マリルもな。それじゃあ」
少し歩いた分かれ道で、ルーティアとマリルはそれぞれの帰路につく。
足下はフラつくが、真っ直ぐには歩ける。むしろ少し足取りは軽いくらいの、心地のいい酔いだ。
二日酔いには……なるだろうか。しかし、それでもいいだろう。明日は休日なのだから。
城に戻って、自室で冷たい水を飲み、熱いシャワーを浴びて、ベッドに入る。明日の事を心配せずに、ぐっすり眠れる。
こんな些細な幸せも、今までは感じる事がなかった。身体と心を休められる、喜びを。
「……ふふ」
酔っているせいだろうか。
ルーティアはそんな事を考えて少し微笑みながら、城へと足を進めていくのであった。
当然、翌日ルーティアは二日酔いで一日のほとんどをベッドで過ごす事になるのだが、その運命を彼女はまだ知らない……。
――
―― 次回 『獣の集いし場所』《動物園》
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