一話 灼熱の龍泉《スーパー銭湯》

(1)


――


「今回の邪龍討伐戦、犠牲を最小限に抑えつつ勝利を飾れたのは皆の協力があってこそのものだ。オキトの国王として、改めて礼を言わせてもらおう」


 厳かな雰囲気の中、初老の『王』は告げた。

 一面を大理石で設えた謁見の間には、数百という兵士達が直立不動で王の言葉に耳を傾けている。

 姿勢こそ動かさぬものの、その表情は様々である。

 生きて帰った事に安堵する者、払った犠牲に顔をしかめる者、又は……これから告げられるであろう報酬の内容に期待をする者。


 王国の平和を揺るがす、邪龍の接近。

 大地を揺るがしながら王国を殲滅しようと近づいていた、巨大なドラゴンの存在は王国始まって以来の存亡の危機であった。


 それを未然に防ぎ、撃退ではなく『討伐』まで漕ぎ付けた兵士達の奮闘には、それ相応の報酬が王から支払われる。


 そして、その中でも特に今回の討伐戦において活躍をした者には、王からの特別な褒美がとらされる事となっていた。



 王が、国のために戦った兵士達への感謝の言葉を述べていき、それが終わると玉座の後ろに控えていた宮女二人が王の隣へと歩み出る。

 いよいよか、という風に数百の兵士達は玉座の方へ向き直り、密かに胸を躍らせた。


「……では、この度の討伐戦。最も我が王国に貢献をした兵……『勇者』への褒美を、授ける事に致す。名を告げられた者は前へ歩みでよ」


 ゴクリ。

 皆が生唾を飲み込み……。


 そして、王は威厳のある声で、告げた。



「 …… ルーティア・フォエル !! 前へ出るがよい」



―――


「ま、予想は出来ていたけどやっぱりかあ」


 若い男の兵はため息交じりにそう言い、恨めしげに壇上を見る。

 玉座の前に歩み出るのは、一人の……女性。

 金の長い髪を靡かせ、銀に光る見事な鎧は揺らめく松明の光に輝く。

 見た目は若く、長身。その表情は威圧的と思えるほど凛としていて、周りを圧倒するような気迫を纏っている。

 ルーティア・フォエル。

 齢は24にして、王国一の女騎士。今回の邪龍討伐戦でその剣技は最も輝き、龍を討伐した。


「『稲光の剣士』……ねえ。ありゃ、異名通りだったな。ドラゴンにトドメさしたのもあの女騎士サマの一太刀があってこそだ」


 雷のように速く、強力な剣技を持つ彼女には、そのような異名が兵たちの間に浸透していた。

 兵たちの接近を許さなかったドラゴンの炎をかわし、首元に深く入り込み、トドメの一撃を放ったのが彼女……ルーティアである。


「気にくわねえなあ。ドラゴン倒した時も、こうして褒美を授かる時も、表情一つ変えやしねえ」


「感情がねえんだよ。孤児だった自分を王に拾われて、騎士としてずっと育てられてきたんだろ?戦う以外何もねえのさ、あの女は」


「あーあー。それでいてあんだけの美人。しかしまあ、おっかなくて近づけやしねえな」


 恨み節にも近い兵士達の声がヒソヒソと囁かれる。


 玉座の前でルーティアは跪き、王から金貨の入った麻袋や豪華な装飾の施された剣などの褒美を受け取っていく。



 ルーティアの表情は、変わらない。

 こうして数百の兵達の前に出ても、緊張もなければ歓喜もしない。

 褒美を受け取る事よりも大切な事が、彼女には存在するのだ。


 自分を拾ってくれた王に、貢献する事。

 そのために更に剣を磨き、王国に平和を齎す事。


 それだけが、彼女が強くなる理由だった。



「それでは、これにて邪龍討伐戦勝利の祝典は終いとする。もう一度言う。ルーティアだけではなく、皆のおかげで王国の平和は保たれた」


 祝典最後の王の言葉に、兵達は耳をしっかりと傾ける。


「褒美も十分にとらせよう。しばらくの間、王国も安泰となる。兵の皆は存分に休み、平和を享受して欲しい。これは王としての切なる願いだ」


 王は、兵達に心からの感謝を言葉にして告げた。


「家族のため、自分のため……存分に身体を、心を休めてほしい!討伐戦、誠に御苦労であったッ!!」


――




「ルーティアよ」


 祝典が終わり、兵達は王の間を後にし帰路についていく。壇上のルーティアは、その兵達を最後まで見送る事にしていた。

 王は玉座から既に下り、私室へと戻っていったはずだが……いつの間にか、再び玉座の後ろへと帰ってきていたる


 玉座の、後ろ。

 分厚いカーテンの隙間を縫い、自分の姿を隠すようにして王はこっそりとルーティアに声をかける。


「……?王。どうしたのですか、そのようなところで」


「いや、ちょっと、ね。ルーティアよ……この後時間ある?」


「剣の稽古をしようかと思っていましたので。王の御頼みとあれば何なりと」


「そう、良かった。んじゃさ、ちょっとワシの部屋まで来てくれない?ちょっと話したい事あって」


「承知しました」


 先ほどまでの威厳ある王の話し方とは大分違い、かなり砕けた……剽軽ひょうきんなおじちゃん、という感じの話し方をする、王。

 しかしルーティアは、その王の様子に戸惑う事はない。


 そういう人だというのを、彼女はこの部屋にいる誰よりも理解しているつもりだった。


――


「あー、疲れた疲れた。ああいう式典の挨拶やっぱ苦手だわー、ワシ」


「お疲れ様でした、王」


「いや、今回一番がんばったのルーティアだからね。ワシが疲れたなんて本来言ってられないんだけどさ。うん、本当、お疲れ様。あ、そこ座って座って」


「失礼します」


 玉座の間と続く、王の私室。その部屋には王とルーティアの二人だけがいる状態となっている。

 中央には豪華な装飾を設えたベッド。見事な細工を施したテーブルや椅子。魔物の毛皮で編まれた見事な絨毯が敷かれ……。

 天井には、この時代には珍しい、観光地の名前の刷られたペナントや提灯が飾られていた。


「あ。新しいペナントですね。旅行に行ってこられたんですか?」


 この部屋によく訪れるルーティアは、新しく飾られているペナントの一つに気付いた。


「いや、会議。でも観光も結構できたよ。温泉旅館だったんだけどさー、結構料理も美味しくて良かったよ。なにより温泉が沢山あって広くて……気持ち良かったなー」


 王はその『マーグン国』と書かれたペナントを見ながら、旅の思い出に浸る。


※ペナント……三角形の布地に観光地名や観光名所のイラストが入っている土産物。カメラが希少なものだったりする時代の旅の証拠や思い出となっていた品物。おじいちゃんおばあちゃんのお家とか行くとひょっとしたらまだ飾っているご家庭も……?現代日本では絶滅危惧種の土産もの。


「楽しんでこられたのなら何よりです」


 ルーティアは、王の旅好きを知っている。

 王国一の腕を持つ女剣士と、その国王という関係は二人をよく知らない者の知る関係性。


 父と母を戦争で失い、幼くして孤児となったルーティアを拾うように城に招き入れ、騎士団へと入れたのは国王自らの判断であった。

 国王の期待通り……いや、期待を遥かに上回る速度と実力で、ルーティアはこの国最強の剣士となるまで成長をした。

 それは決して、厳しい指導があったわけではない。

 ルーティア自身が自分を拾ってくれた国王への恩を誰よりも感じており、強くなり国の為に剣を振るという事で恩返しをしたいという信念があっての事だった。


 二人の本当の関係性。

 主君と部下という関係はあるものの、二人をよく知る者の語る関係は『父親と、礼儀正しい娘』であった。



「それで……王。私に話というのは、一体」


「あー、うん。ちょっとルーティアの事が心配でさ、話しておこうと思って」


「心配……?一体、どのような?」


 国の平和を脅かす、邪龍の接近。それはルーティア率いる王国騎士団によって防がれ、国にはまた平和が訪れようとしている。

 その王に、心配事とは……?

 ルーティアは神妙な面持ちで、王の言葉を待つ。


 そして、王は告げる。



「ルーティア。 休みとか、とってる?」




 これは、現代日本に限りなく近い、何処かの異世界の物語。

 一人の武骨な女騎士の繰り広げる『休日』との戦いの物語である。



――

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