(2)


――


「休み……ですか?」


 国王の、私室。

 大きなベッドに王は腰掛け、その前にある椅子にルーティアは座り、会話をしている。


「うん、お休み。ちゃんととってる?」


 王の表情は、娘の心配をする父親そのものだった。腕を組み、考えこむようにルーティアの顔を覗き込んでいる。

 一方のルーティアはキョトンとした表情で、今聞かれている質問の真意を考えながら答えた。


「ええ、一応は。騎士団の規定通りにはお休みをいただいておりますが」


 しかし、国王の表情は晴れない。


「そうは聞いているんだけどさぁ……ルーティア、非番の日でも稽古場に来てたり騎士団の仕事したりしてるでしょ?お給料出ないんだよ?ああいうの」


「いえ。あれは私が勝手にしている事ですので、お金をいただこうなどとは。騎士団の……ひいては、国の為に尽くしたいがための私の勝手な行動です。お許しください」


「いやいや……まあ……。うん、それは……嬉しいんだけどね……」


 王国騎士団とはいえ、一年中国の為に働いているわけではない。

 城に住み込みで働いているルーティアとは違い、城下町から出勤して騎士団で働いている者も数多くいる。家族がいる者も大勢だ。

 週5日。朝8時から、夕方5時までが基本だがシフトにより多少前後したりもする。残業や休日出勤は繁忙期……つまり今回の邪龍討伐戦など、王国が危機に扮している場合に多い。


 しかしルーティアは、平時であっても国の為に尽くす姿勢を崩さない。それは幼い頃、城に拾われてからずっと変わっていなかった。


 剣の稽古。馬術の稽古。体術の稽古。筋トレ。戦術の勉強……自分の強さを引き出す事が、騎士団の仕事。

 それ以外にも研修の参加や、活動の資料作成。レポートの報告。城下町や周辺の野山のパトロールに、周辺国との交流や武術の交流試合……。

 やる事は、山ほどある。

 本来は数百人からなる王国騎士団それぞれの部署の団員達が仕事を分け合って担当をしている事だ。

 しかし、ルーティアの騎士としての能力は他の誰よりも上にある。ゆえに、ルーティアにしか出来ない仕事や、討伐任務などは多くあるのだった。


 ルーティア自身は、自分に任せられる仕事を苦にしていない。

 むしろ、自分を拾ってくれた国王に、国に尽くせるのであればいくらでも身を捧げる覚悟であったため……。


 ルーティア・フォエル。24歳、女性。

 生まれてこの方、『休日』というものを全く知らずに生きていると言っても過言ではなかったのだ。


「心配なのよ、ワシ。ルーティア、ずっと騎士団のために働いてくれてるじゃない?国王としては嬉しいし、有難いんだけど……無理させちゃってるのが現状だしさ」


「無理などしていません。私の力が国のためになるんであれば、いくらでも働きます」


「でも、今回の邪龍討伐も無事終わった事だし。国もしばらく平和になるよ。ほら、有給休暇だって一回も使ってないからそのまま残ってるんだよ?ルーティア」


「ゆうきゅうきゅうか……?なんですか?それは」


「……し、知らないの……。書面で渡したはずなんだけど……」


「騎士団と王国の事以外に興味がありませんもので」


※有給休暇……会社から付与される、賃金の支払われる休暇の事。この世界でも存在し、雇用から6カ月で10日。以降から一年ごとに一日ずつ増えていきます。働く人の権利です!しっかり確認しておきましょう。



「と、とにかく……今回の討伐戦も終わった事だし、騎士団もしばらく平和だから。しばらく休むのはどうかな?ルーティア」


「いえ、討伐戦は終わりましたが、次にくる脅威に備えなければ。お言葉は大変嬉しいのですが」


「だ、だからぁ……そんなにずっと肩筋張ってなくていいんだってば……。今までちゃんと休ませなかったのはワシの責任だけど……」


「王のせいではありません。お休みはしっかりいただいていました。あくまで自主的に騎士団としての仕事をしていただけです」


「あー……。じゃ、じゃあさ……これを機会にお願いだからしっかり休んでよ。旅行でも買い物でもなんでもしてさ。忙しい時期終わったんだから一週間でも一カ月でも……」


「私が騎士として不要となったという事ですか?」


 ルーティアは真っ直ぐな瞳で王に問う。


「ち、ちがうちがう!!なんでそんな発想になるのよ……」


「いえ、長い休みと言われると……遠まわしにそう言われている気がしまして。申し訳ありません」


「断じてそういう意味じゃないからね!?あーもう……。ワシ、一応ルーティアの事、娘としてずっと見てきてるんだから。親心っていうの?心配して言ってるのよ、純粋に。分かってよー……」


「はい」


「じゃあ……改めて。休みとって、旅行でも買い物でも部屋でだらだらでも、なんでもしてきなさい?雇用主じゃなくて、親としての忠告ね」


「それでは……何処かに出かけてまいります」


 ホッ、と王は胸を撫でおろす。ようやく自分の思いをルーティアが受け止めてくれた、と。


……しかし。


「それで、なにするつもりなの?ルーティア」


「武者修行、久しぶりに行ってまいります。サバイバル修行としてこの身一つで山に入り、一週間程生き延びてきてこようかと。あー、楽しみだなぁ」


 純粋な笑顔で、ルーティアはにっこりと微笑むのであった。



 ガタッ。


 王は腰掛けていたベッドから立ち上がり、ルーティアに人差し指を突き立てる。


 キョトン、とした顔のルーティアに、王は威厳ある声で告げた。



「ルーティア・フォエル!! 国王として命ずる!! ちゃんとした休日をとってくるのじゃ!!!」



※有給休暇の強制は不当です!自分でしっかり取得しましょう。



――

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