最強の女騎士さんは、休みの日の過ごし方を知りたい。

ろうでい

序章 邪龍討伐戦




――


 森と大地は、震えた。

 巨大な生物の一挙一動が振動となり、地震のように辺りを揺らす。

 木々はざわめき揺れ、鳥たちは空へと逃げていく。


 巨大な生物は、うめき声をあげた。

 鈍く光る緋色の眼光は、ただ一直線に伸びている。

 眼前。森を抜けた先にあるのは……城。それがこの生物の目標地点である。


 一歩。また、一歩。

 亀のように遅い動きながら、あまりに巨大な一歩は止まる事を知らない。

 このままでは城に到達するのも、時間の問題であろう。


「バリスタ隊、放てーーーッ!!!」


 雄々しいその合図と共に、一斉に大きな矢が放たれる。

 森を下にした崖の上。数十からなる大型弩砲バリスタの一斉射撃が、生物に向かう。

 風を切り、木々の間を抜け、大きな矢は真っ先に生物へ。


 漆黒の厚い皮膚に、バリスタの巨大な矢が幾つも突き刺さる。……だが。


「と……止まらない……!」


「駄目だ、デカすぎる……!効いちゃいねェ……!」


 分厚い皮膚に覆われた身体は、血の一滴も流れない。

 依然として、生物は歩みを止めない。一歩、また一歩。城へと近づいて行く。



 邪龍。

 この生物の名前はなく、ただそう呼ばれていた。

 体長20mからなるその巨体に翼はなく、四本の脚を使ってトカゲのように這って歩くのがこのドラゴンの特徴だった。

 動きは遅く、反応も鈍い。それだけ聞けば、単なる大きいだけの魔物に思える。


 だが、この龍の最大の武器は、装甲……その皮膚にある。

 頑丈さと柔軟さを兼ね備えた鈍く光る黒い皮膚は、矢などの衝撃を吸収しつつ、受け止める。それゆえ、臓器などの急所にはいかなる射撃武器をもってしても貫通しない。

 砲弾などの火薬武器を使っても同じ事で、爆風の衝撃や火炎などもこの皮膚によってすべて守られてしまう。


 唯一、この龍に対抗する手段は……。



「やはり、皮膚の薄い場所に斬り込まなくてはいけない、か……」


 甲冑に身を包んだ騎士は歯ぎしりをしながらそう呟く。

 男は、この邪龍討伐戦の指揮を担当する初老の騎士。前線には出ず、騎士達の統率と指揮をする作戦長だった。


 皮膚の薄い場所。それは、理解できていた。

 頭部と身体の間にある、龍にしては短い『首』。その一点は唯一皮膚が薄く、そこへダメージを与えれば、おそらく……。

 それは、この作戦に加わっている騎士団数十人の、誰しもが分かっていた。

 しかし……。


「丸太、放てーーーッ!!!」


 崖の上から、大きなな丸太が転がり落ちる。

 転落の勢いをつけた数十本の丸太は、邪龍の身体へ。そして、その進行を止めようと、邪龍の眼前へ。

 地面に転がり落ちた丸太はあっというまに邪龍の進行方向へ重なり、進路を妨げる。


「よし、これなら……!」


 希望を見出した、その瞬間。

 邪龍は大きく口を開けて、息を吸い込む。

 微かに、周囲の気温が上がる。邪龍の口の周りに、火の粉が舞い踊る。


「……!! 退避、退避ーーーーッ!!!」


 邪龍の周囲にいる騎士団員達は、急いで離れた。


 耳元まで裂けた巨大な口を開け、邪龍の頭は天を仰ぐ。そして再び地面に頭を戻したかと思うと。


 口からは、紅蓮の炎が勢いよく発射された。

 それは、単なる炎ではない。まるで火薬が爆発したような爆風を伴った炎。周りの温度が上昇し、進行方向にあった丸太は…… 吹き飛ばされ、燃え、辺りに散らばる。


 あっという間の出来事だった。

 まるで邪龍の前には、何も存在しなかったようにただ、燃えさかる道が出来上がっている。

 その炎をものともせず、邪龍は再び、歩みだす。


「首元に近づけば、あの炎の餌食か、喰われるか……それとも、踏みつぶされるか」


「数が多ければ多いほど、的になっちまう。被害を抑えるには最小の人数で首元に斬りかからなければ……!」


「だが、どうやって!?」


「喰われてもいいってヤツを今から募って斬り込ませるのか?馬鹿らしい……」


 騎士団員達の間に、絶望が蔓延する。

 この龍を倒す、唯一と言っていい方法。それは、龍に近づき、首元に斬りかかり、正確に皮膚の薄い部分を攻撃をする事だった。

 だが、大きな瞳が絶えず周囲を警戒する邪龍の頭部に近づきたがる騎士団員など、誰も存在しなかった。

 近づけば、消し炭。もしくは、踏みつぶされて地面の一部。まるいは巨大な口に飲み込まれ、餌。


 森を抜ければ、龍の眼前には城下町が広がっている。数万の住民が暮らす、邪龍の格好の餌場だ。

 もうどうする事も出来ないのか。

 そんな絶望が、数十人の騎士団に広がった、その時。


「……!?」


「あれは……!?」


 炎と爆風で木々が倒れた、森。

 その場所に……一人の甲冑を着た騎士が立っている。


 金の美しい髪は風に揺らめき、輝く。赤の瞳は、こちらへ向かってくる邪龍へ向けられ、真っ直ぐ前へ。

 銀の軽甲冑は周囲の炎の色に煌めき、抜刀した両手剣ロングソードもまた、美しく煌めく。


 それは、若い女性であった。



「ルーティア……!!」


 団員達がどよめく。彼らは、その女性を知っていた。


 ルーティア・フォエル。稲光の騎士。


 そして、その名に…… 団員達は微かな希望を抱いた。




「 グオオオオオオッ!!! 」


 邪龍の前に立つ生物は、今までいなかった。

 いかなる生物でさえ、恐怖におののき、逃亡していったからだ。


 正面に、生物がいる。その経験すらこの龍には存在しなかった。


 威嚇の雄叫びをあげたかと思うと、龍は再び灼熱の炎を吐く。

 押し出されるように飛び出た炎の渦は、一直線に目の前の女騎士を焼き尽くそうと向かう。


 眼前に炎が見えた、その瞬間。


「!?」


「よ、避けた!!」


 騎士団員達が叫ぶ。炎が掠める、ギリギリの位置。

 ルーティアと呼ばれた騎士は瞬時に移動し、その攻撃をかわす。

 大きな横への跳躍で炎を避け、一瞬で足の方向を変えて前へと駆け出し…… 目指すは、邪龍の首元。

 だが。


「……!?危ないッ!!」


 その動きを見切っていたように、邪龍は既に右側へ近づいていたルーティアに攻撃をくわえようとしていた。

 それは、巨大な右脚による、踏みつぶし。

 天高く振りあげられた巨石のような足の裏は、既にルーティアの頭上まできている。


 だが、その動きを分かっていたように、ルーティアは瞬時に右に跳躍した。

 またも身体を掠める、邪龍の攻撃。岩が落とされたような踏みつぶし攻撃も、女騎士の身体には当たらない。


「……!!」


 既に、ルーティアは邪龍の首元に近づいている。

 まずは、一撃。長く重いロングソードを下から上に振りあげ、斬撃をくわえる。

 銀に煌めく刃の一撃は、巨大な龍の首元へ。

 すると…… そこから、鮮血が噴き上がる。今までいかなる攻撃も受けなかった龍の首からは、噴水のような出血が怒っているのだ。


「お、おおおおッ……!!」


「斬ったぞ、アイツ……!すげェ……!」


 騎士団員たちは、希望の歓声をあげた。



「 ガアアアアアアアッ !!!! 」


 怒り。それは痛みによるものより、邪龍のプライドのようなものが大きいのだろう。

 絶対王者として君臨した自分に、痛みを与えた者への憎しみ。


 今までのスローな動きが嘘のように、龍は暴れ狂う。

 首元にいる人間を喰らおうと身体を翻し、巨大な口と牙で女騎士を飲み込もうと頭を近づけた。


「はッ!!」


 その動きも、予測済みのようなルーティアの動き。

 今度は上への跳躍。甲冑とロングソードを持っているとは思えない、見事なジャンプ。

 龍の口と牙は足元を過ぎ、着地した先は邪龍の鼻先。


 瞬きする間の出来事だった。

 鼻から、頭の先へ。そして、四つん這いになる龍の、首の上へ。

 不安定な足場をものともせず、ルーティアは一瞬で龍の弱点へと再び到達したかと思うと……剣を振り上げ、勢いよく、突き立てる。

 地面に突き刺すように、勢いよく龍の首へ剣先が沈み、再び噴水のように血が噴き出た。


「 ギアアアアアアアアアアアアッ !!!!」


 地鳴りをするほどの大きな龍の悲鳴。

 ルーティアはその突き立てた剣を引きずるように、駆ける。

 目標は、地面。すなわち剣を走らせ、切断するようにルーティアは龍の首から下りようと動いた。


 解体をするように、剣は首の周りを走る。

 走った後には鋭い刃の斬撃痕が残り、遅れて血が噴き出る。

 血を失い、次第に弱る邪龍。急所までは届かずとも生物の当然の原理。血を失えば、命を落とす。


 首を半周。円を描いて、ルーティアの身体は龍の首元の地面に着地した。

 そして剣を引き抜き、自分の腰のあたりへ刃を下げ、次に勢いよく―――。


「はあああッ!!」


 突き刺す。

 皮膚を貫き、正確に血管を両断し、大量に出血をさせる、その一撃の刺突。


 噴き出る血は女騎士を、そして地面を赤に染め上げ、そして……。


 ズゥゥゥゥン―――。


 邪龍は瞳を閉じ、地面に力なく崩れ落ちる。


 絶命。騎士団にとっては『討伐』の瞬間であった。




「や、やりやがった、アイツ……」


「たった一人で、あの巨大な龍を……」


「稲光の騎士……。ありゃ名前通りだな……。雷みてぇに一瞬で動いて、標的を仕留めちまう……」


 騎士団員達は次々に感嘆の声を漏らした。


 まだ騎士団に入って間もないであろう一人の若い男は、先ほどの作戦長へと質問をした。


「あの人は、何者なんですか?あんな人間離れした動きで、邪龍をたった一人で……」


「……ああ、お前は知らなかったんだな。あれが、我が騎士団が誇る最強の騎士だよ」


 作戦長はフッと安心して笑い、その名を告げた。


「ルーティア・フォエル。稲光の騎士。……騎士団……いや、我が国の、偉大なる女騎士だ」



 邪龍の鮮血を浴びたルーティアの身体は、赤く黒く染まっていた。

 生き抜いたという歓喜も、討伐をしたという笑みもない。


 冷たい瞳を邪龍の死体に少し向けると、身体を翻し…… 森の出口へと向かうのであった。


 街を守ったという戦歴だけが、彼女の心に残った。


――

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