第5話 魚の傾向を探れ2

 大学から帰って来て、夕飯までの時間がそこそこ合ったのでテレビゲームをしていると、

 「沢村さん……」

 「うわーーーー!!」

 心臓が飛び出そうな思いをして背後を振り返ると、黒川さんがいた。

 「黒川さん!? 何で部屋にいるんですか?」

 「玄関開きっぱなしでしたし、ゲームに集中していて挨拶しても返答が無かったので……。無用心ですよ?」

 どの口が言うんだよと思う。

 「それで、急にどうしたんですか?」

 その言葉を聞くや、いなや黒川さんは興奮したような様子で話し出した。

 「例の魚が今日現れたみたいなんです! さっき家に帰ってきたんですが下着が一枚だけ取られていました」

 「え! 昨日の今日でそんなことが……ちなみにそのパンツはどんな?」

 「これです」

 黒川さんが手に持っていたパンツを俺に見せる。

 ――この人、パンツ握りながら俺の部屋に移動してきたのかよ。

 薄いピンク色のパンツだ。

 昨日、紙袋に入れて持たされたパンツを引っ張り出して床に並べる。

 色もバラバラで至って特徴も無いパンツだ。

 「んーー。分からない。もしかして、傾向がないとか?」

 「一つだけ気になっている点があります」

 「何ですか?」

 「そのパンツは昨日私が履いていたものと同じ種類です……」

 「――え? となると色々、怖いんですけど。監視されたりしてないですよね」

 「されてないと思いますけど……」

 ――ん? 気になる点が一つ出てきた。

 「あの、てことは昨日履いていたパンツが盗まれたってことですよね? 黒川さんの家って洗濯機ないですよね。 いつもどうしてるんですか?」

 「いつも。ある程度溜め込んでコインランドリーで洗ってます」

 「昨日か今日にコインランドリー行きました?」

 「いいえ」

 「じゃあ、なんで昨日履いたパンツが干されているんですか?」

 「――あ」

 黒川さんは心当たりあるような声を漏らした。

 「ちょっと、部屋に戻ります。沢村さんも来てださい」

 黒川さんの家のバスルーム前まで案内された。

 バスルーム前の廊下にカゴが二つ並んで置かれていて、どちらとも衣服が詰められている。

 「右が溜め込んだ洗濯物で左が日干しする予定の洗濯物です」

 「もしかして、昨日のパンツ……入れ間違えました?」

 「……はい」

 「以前、持って行かれたパンツも洗わずに干していた可能性は?」

 「……あります」

 俺の中では、推理小説張りに頑張ったと思ったので何とも言えない喜びがあふれる。

が、そんなのは一瞬で、直ぐに背筋が凍る。

 ――下着泥棒の奴、洗ってないパンツを選んでとってってやがる。

 「あの、多分、今俺らが探している魚は、新鮮な餌を好んで選んでいる可能性があるかと……」

 黒川さんを見ると白い頬が少し赤らんでいた。それは恥ずかしさから来るものではなさそうで、

 「さすがです。沢村さん!」

 関心から来るものらしい。

 「そうと分かれば話が早いです。沢村さんはどこか適当なところでくつろいでいてください」

 そう言って黒川さんはバスルームへと消えていった。

 廊下に取り残された俺は、テーブル前に移動して座り黒川さんを待つ。

 相変わらず下着や衣類が床に散乱していて、目のやり場に困る。ふと右手に触れた下着が気になって手に取ると、一番隠さなきゃいけないところに穴が空いていた。

 ある意味、人間の奥深さに感心してしまって、俺はまじまじとセクシーの上を行くパンツを凝視してしまう。

 ――これを黒川さんが履いていたのか……

 そのパンツを両手に持って、まるで賞状を読み上げるかのように前にかざすと、六角状の縫い目の先に背景が透けて見える。

 その背景に髪の長い自縛霊を見た。

 「うぎゃーーーーー」

 バスルームから黒川さんが首だけを出して俺を見ていた。

 「……沢村さん? 一体、どうしたんですか?」

 「いや! なんでもないです! なんでも!」

 「そのパンツについては今度話します。……沢村さんはそういうのが好みなんですか?」

 「いや! そういうわけではありません! 全然!」

 純粋そうに聞いてくる黒川さんの問いをピシャリと閉じてパンツを床に戻す。

 「そうですか。まぁいいです。――それはそうと、新鮮な餌が手に入りました」

 黒川さんが俺に何かを渡そうと手を出したので、反射的に手を差し出してしまった。

 掴んだ手の平が妙に温かい。

 ――!?

 「パンツ!?」

 「今脱いできたものです。――それとパンツではなくて餌ですから……」

 急に脱ぎたてのパンツを握らされて、驚かないわけがない。

 驚愕している俺を見て黒川さんは、

 「――? この前、沢村さんは気を使わなくていいと仰ったと思いますが……。もしかして、嫌でしたか?」

 たしかに言った。でも、さすがに脱ぎたてパンツを人に手渡すなら少し気を使ってほしい。人が人なら俺はぶちぎれていたはずだ。

 「あはは、いいましたけど――」

 「――! ごめんなさい。汚いですよね……。そこら辺に投げといてください」

 ――そう言う風に言うから、俺がことわりづらくなるんじゃないか! 

 「いやいや、そんなことありませんよ!! ははは!」

 「それなら、良かったです。さて――」

 俺が握っているパンツを見て黒川さんが考え込む。

 「なぜ、洗っていないパンツ――いや、餌を見分けられるのでしょうか」

 「あの……。分かりづらいんで二人でいるときは無理に隠語使わなくてよくないですか?」

 「たしかにそうですね。じゃあ、そうしましょう。それで沢村さん、なぜ彼は見分けが付くのでしょうか?」

 ――いや、そんなの目で見て分かるものじゃないんだから、何となく分かるだろ。 

 「沢村さん? 何か心当たりがありそうな顔ですね」

 変なところで鋭いと思う。

 「洗っていないパンツを見た目以外で選んでいるとしたら……匂い――とか?」

 普通の女子なら恥ずかしくて赤面するか、怒り心頭で赤面するかの2択だと思う。それなのに、黒川さんは顔色一つ変えない。

 「匂いですか? ちょっとそのパンツ貸して下さい」

 黒川さんは俺からパンツを受け取るとすんすんと匂いを嗅いだ。

 「……………。少し汗の臭いはしますけど……もしかして、私って臭いんでしょうか?」

 また何とも回答しづらいことを聞いてくる。そんなことを女子に聞かれて、返す言葉なんて一つしか選べない。

 「いや。全然、臭くないです」

 ――知らんけど。

 「何でいでもないのに分かるんですか?」

 その通りである。

 「えっと――部屋の臭いで何となく分かるじゃないですか!? 体臭とかって! 部屋もいい匂いですし、黒川さんがくさいわけは絶対にないです!」

 「そうですか……」

 ――納得してくれた!

 「ところで沢村さん。男の人である沢村さんに聞きたいのですが、洗っていないパンツの何にがいいんですか?」

 また、とんでもないことを聞かれた。

 「何というか――。男女関わらず、体臭とかを好きな人ってたまにいる訳で。あと、洗われていない使用済みのものだからこそ価値が出てくるものもあるわけで……。よく知りませんけど」

 「知ってるじゃないですか……」

 「もう、勘弁してください」

 「――? まあ、いいです。今回は沢村さんのおかげで新しい魚の傾向がつかめました。ありがとうございます。明日から早速、洗ってないパンツも干すので結果は改めて伝えます」

 「――はい。それじゃあまた」

 きわどい質問ばかりをされてぐったりした俺は、一人部屋に戻り、玄関で一息つく。

 ふと、女子の脱ぎたてパンツを握ってしまったことに劣情を抱く自分がいる。右手に感じたあの温もりが今でも直ぐに思い出せる。

 ――どんな臭いなんだろう。

 疲れているのだと思う。普段なら直ぐに沸いて出てくる理性が、今回はフツフツとも言わなかった。

 右の手のひらを見る。

 ゆっくりと鼻に近づけ、

 ――ガチャリ。

 黒川さんと目が合った。玄関扉を半分開けて顔を覗かしている。

 「――!? 黒川さん! ど、ど、どうしたんですか!?」

 「今日、助言をたくさんしてくれたので手土産でもと思いまして」

 黒川さんが手渡してくれたビニール袋を覗くと、たくさんの缶コーヒーが入っていた。

 「わざわざ、ありがとうございます」

 「いえいえ。それで――」

 「はい?」

 「どんな臭いがしましたか?」

 俺の顔は今、人生でもっとも赤く染まっているのではないかと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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