序 ユーゴ、父となる

 ユーゴは閉鎖的な地上ヴィザーツと違って、外れ屋敷のヴィザーツがアナザーアメリカンに近い心性の持ち主であるのを知っていた。

「私はこの子が生まれて、誕生呪を授かる時に立ち会えるかもしれない。楽しみだ」

 カレワランは困ったように微笑んだ。

「それは禁忌でしょう?アナザーアメリカンが誕生呪を聴き、まして口にすれば重い刑罰を受けるのに。領国追放刑ですよ」

ユーゴは彼女のお腹に耳を当てた。

「私は誕生呪は創世暦の成立ちに関係している気がするんだ。創世伝説は知ってるね、カレン」

 カレンはカレワランの愛称だ。彼女はユーゴの髪と臨月近いお腹を撫で、伝説の一節を語った。

「創世以前の世が暴風で崩壊した時、マリラ・ヴォーは浮き船を呼出し、わずかに残った人々を救いあげ、アナザーアメリカの祖となった。

 暴風は現在のミセンキッタ領国都テネ城市を中心に四方に広がり、東は大西洋に西はロシェック大山嶺に達し、高さ3000mの嵐の円環になった」

「そう、サージ・ウォールの発生だ。創世以来、誰一人越えたことがない。

 あれは気象現象じゃない。何らかのエネルギーが絶えず生まれているから、暴風の壁が存在していると私は考えている。

 が、ヴィザーツはウォールに近寄るのも禁忌とした。彼らが定めた禁忌は多い。創世の秘密を知っているのかもしれないな。

 お、赤ん坊が動いた。この強さなら、きっと元気な男の子だ」

 カレワランはユーゴの仮説を黙って聴いた。まるで秘密の一部を知っているかのようだった。

 春になり、カレナードが生まれた。ユーゴとカレワランの目の前で誕生呪が唱えられ、彼は元気に泣き始めた。

 カレワランは安堵の涙を流した。

「カレン、君はもっと冷静な人と思っていたんだが……」

「ユーゴ・レブラント、私はそう長く生きられないでしょう。あなたに息子を託します」

ユーゴはカレワランの唇に指を当てた。

「そんなことを言うものじゃないよ。子の名は決まったし、養子縁組手続きは順調だ。安心なさい」

 カレナードが1歳になる頃、多くの謎を語らないままカレワランはこの世を去った。

 ユーゴは血の繋がらない息子を連れ、仕事で各地を転々とする日々に戻った。

「カレンは私に息子を遺した。さあ、父とこの世を巡ろう、カレナード」


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