(E-001)
ふらつく足元を気にしながら歩みを進めていく。待ち合わせを設定しているように曲がり道を通り、見つけた自販機で購入する飲み物を選ぶ振りをした。
「・・・」
外見が平均的な青年から過美な少女に変わっている。
理想の自分の写し絵が部屋の姿見に張り付けてあったことを思い出して、望みの一つがあっさりと叶ってしまった事に認識処理が追い付かなくて無気力になった。
今だって内心を態と聞いたら赤面する言葉にずらし、外出程度の乱心に辛うじて済ませられているけれど何時他人に当たらないか冷や冷やしている(気力もなくなっているからプロフィールの開示はもう少し待って欲しい)。
あの女性についてまた遭遇する事があったらという初対面である以上どうしたって結論なんて出てこない詭弁どころか机上にすら上がらない可能性の対処をして正気であろうとする事を助長させ、上手く平静を装えたらと期待したけれどそれも上手くいかなかった。
恥ずかしながらもう妄想が現実になったとかの荒唐無稽で弁解めいた独白をするしかなくなってしまう。申し訳なくなってしまうけれど他にこんなことをされるには関係が希薄過ぎた。
誰にでもある不安。就職とか、将来の予定を立てる時に能力不足を実感させられてそこから逃げ出そうと、ありもしない世界に縋ってみようとする怠惰が招いた応報だとしか説明しようがない。
身体を含めて、そこから生ずる情報だけで判断される世界が怖くなって年数が経過するごとにその傾倒は深刻になった。ひとと関わる事が苦手だったのもあって、考える度にその世界が自分を本当にみてくれる存在に変貌しかけていた。誰も傷つかず、本心も隠さなくていい互いが完全に理解し合える恒常的幸福を享受でき、それでいて個人が保障された世界。そこから与えられる傷すら忘れさせないようにしてくれる共有の思い出になって孤独を満たしてくれた。
その世界が構築されてしまったとでも仮定するしか、何を代償にしたかもわからない得体のしれない分岐点が襲い掛かってきているとお道化るようにして嘘でも笑うしか無かった。
この調子で非がこちらにあるような気すらしてきて、余計に歩みが重くなる一方だった。
夢を見たけれど忘れた時の歯痒さがずっと続いている。それでも理性は無視をして過剰さを設えた毒殺死体の様な自分の出で立ちと林檎に似た酸味のあるにおいを知覚して焦らせ、電灯の青白い光とかの日常風景も相乗して現実感をがりがりと削っている。
ファンタジーが嫌いという訳ではないが、楽しくないのはつらい。
渇いた体液を剥がして時間を潰し、歩くのを作業化させて判断を第三者に委ねた。明らかに手に余る境遇だが、場合によっては災難を建前に消失願望を満たせると自分本位になってしまいそうでもあったので首を振った。それでいて何かしてないと落ち着かない気がして傲慢を直そうともしない自分が許せず拳を握って紛らわせた。
ついでに整理をつけようと他人との関係を復習しようとしたが、どうやら先送りになるようだった。合致した利害以外は徹頭徹尾僕の意思を考慮しないつもりか。
前を向くとひとがいた。偶然通りかかった会社員であろうスーツを着用した知らない男のひとだった。
脳裏に在ったのは食材というという単語で、照準はその人間に定められている。
欲求不満。私が何になったのかの察しがついてしまった。
語彙も減っている。こう成った際に栄養分は使い切っていたらしい。眼筋が勝手に動き始めている。
空腹に近い快楽への渇望だと、逃げようとした。でも足は後方に向かうことなく人間へ進んでいる。
意思に反して焦点が合わない。首の後ろが熱くモーターの駆動するような音が聞こえる。
したくないのに。
「待っ。未だ、き」音がした。自分の声かもわからなかった。お酒に酔ったみたいにふらふらして、光沢のある煙がある。黒いろから橙色に抽象化した視界に一点、誰かがいるのが見える。
人間さん。人間。ひと。
ごはん。
おなか、すいた。
あたまくるしい、ふわふわする、たべたい。
まえいるひと、たべたい。
いいのかな、いいのかな。
きてくれたのかな。
ちがったらたいへん。でもくるしいし、きっとそうじゃないのかな。
じゃないと。
だいじょぶ?たべていい?たべていい。
たべちゃえ。
あ、なんかくちのなかあまい。おいしい。
なにこれ、いっぱいはいってくる。きもちいい。
ねむたい。
あれ。
1
生きているのかは知らないけれど、少なくとも意識はあるらしい。
伸びた髪と胸元のこそばゆさ、筋繊維が引っ張られているような重量が現実であると教え、寝かせられていた布団から起き上がって伸びをした時の声ですら清々しいほど澄んだ声になっていたから憂鬱さが依然増している。誰からも意図を聞かされていないからそう設定された人生を歩んでいる、若しくは何かしらの装置にでもなった気分だった。
冗談は扠措くとして、辺りを見回しても住宅街から日本家屋と予想される一室にいるという程度で僕を救助をしてくれた(穿った場合誘拐行為をした)人物の情報は当たり前だが無いに等しかった。家具とかをひっくり返しでもすれば何かしらのは分かるのだろうが、監視されていたらどんな取り繕いをしても発覚するし、起床している時点で伝達はされているだろう。手首や足首に拘束具を着けられていないにしても今のご時世投薬やまりょく識別で管理は幾らでも出来る。
かと言って何の対策もせずに左側にある襖を開けるのは流石に憚られる。変質しているとはいってもまだ一週間も経っていない、知識も不十分な自分では探知どころか事態の悪化を辿るだろう。
考えるくせして目算が拙い、被害者意識どころかある意味加害者にも匹敵する悲観は余裕ぶっているからだと失笑も出来ない。どうせ何時かは終わってしまうのだから痛みや苦しみを伴わなければ如何なってもいいという利己的な思想が前から染み付いている。
ひとの足跡が聞こえ、罰してくれるかも知れないと甘えている。
「あれ?」耐えられず声を発して考えるのを止めた。混乱すると自分以外見えなくなる悪癖に嫌悪感が湧く。
悪寒が襲い肌を伝う汗がシャツに広がり、対処法を選択せず眠る振りをした。非協力的だと思われるが正直事実上連れ去られてしまっている身としてはそれを抜きにして極端に会話に難のある性質をした僕が建設的交渉とは程遠い音声の応酬をするのは明白だったからだ。
襖が開く。
震えを止めるので精一杯で聴覚が鋭敏になる。
布の擦れる音、吐息。相手の指が左頬に重なる。
「・・・っ」限界だったらしい。結局逃走に勤しむことになった。
バランスが取れずに何度も転んでしまい、這いずるような姿勢で廊下に向かい不乱に進んだ。床の軋む音と柔らかな声で体裁を気にする暇は無かった。開けた場所は見つかり捕まるので退室して直ぐにあった庭への脱出を諦めて倉庫のような一室に這入る。
息を殺して目を瞑る。自分はこの荷物と同じだと暗示する。子どもの頃を思い出すとどこかで冷静に考えているのすら嫌になった。
「誼木さん」
状況の進展には全くなっていないがその声への安堵と諦観は恐怖に純粋さを与えてくれた。あとは過程に怯えるだけで誰も見なくていいし顧みる事もない気がした。
全部を彼女に委ね、不純になればそれだけでいい。
罰して欲しい。
「・・・」
凛とした吊り目に畏怖する位に冷たくて鮮やかな桜色の虹彩が収められている。髪も流動的で無駄という無駄が執拗に削ぎ落とされた服の上から見てもわかる端麗な容姿がそれを引き立てていた。でも肌は青白く、それでいて生命力があって脅威でも裏に魅力があった。
どうしても見比べてしまう。同じことを話しているだけのこちらと違って口調も洗練されているように聞こえて自棄になる。
「・・・」
元人間であると彼女が知ってしまった際、まほう少女だったとしたら種族的糾弾にあたられると思うと憂鬱で自暴したくなった。
「僕は、これからどうなるんですか」
「え。・・・それは暫くここで暮らしていただいて霊体を肉体に馴染ませて、その後本国にある統合参謀本部に向かい手続きを踏んでもらい、ます」
「統合参謀本部」戸惑われても困ってしまう。
・・・何だかんだ迷っていたけれど、もう本当に逃げるか。
またあの視線を味わうのは辛いけれど、今誰も彼もを裏切りさえすればそれでよくなるのではないだろうか。
「・・・あ。堅苦しい組織じゃないですよ。外交する為に適当につけた組織名ですから。私も所属していますが、何というか女子会に近いゆるい所ですから」
「・・・」嘘だろう。警戒を解こうとする笑顔の所為か余計に的外れだ。
立ち上がって部屋を出て廊下に向かい庭を見た。音が聞こえなくなって庭に出て十数歩。
異変の方向。透明な円柱に近い構造体が出現していた。さっき迄無かったと判るのは聞こえていなかった飴を押し潰したような音がしているからで、中心に誰かいた。
「?」
「筐体、設定」
「えっ」柔い風が吹き、一度減速したのか流れた絵具の様なその移動が振り返った目の端にあった軒下に見えて、彼女への質問用に吸った空気が無為になった。部屋には土埃一つ入っていなかったからそういう保護がされているのだろうが、その代わり赤黒い液体が目前を飛んている。内部を狙ったのか背中から内臓にかけて根を張るような悦楽があった。血液は宙で止まり周囲は染めずに棘の形状になってから僕の体組織を片っ端から壊していて、推測が実感に変わった。
まほう少女の第21種。属するひとは苦痛を快楽に変換する先天性の作用障害を抱えていると保健の教材にあったのを覚えていた。
「・・・」報道の文面でしか知らない本当の傷害まほう。ただの平和ぼけだろうけれど、殺傷ではないのが少し信じられない。
爆ぜる音がした。失明と間違えたけれど足元の爆発した地面が迫って月明かりが消えていた。徐々に収まって元に戻っていく。
「ご無事ですか?」右に首を捻り、寝転がっているから90度分傾いた光景を見た。蒸発していく血液が風の流れを教えている。横抱きに対象を持ってきながら質問する表情は高揚したように赤みがかっていた。使用した代償なんだろうけれど、悪寒がする表情に怖くなる。彼女の首に項を中心にした光の輪があった。ああいう風になっていたのかな。
同じ部分を咄嗟に抑え、なぞる。
「・・・はい」
共依存(仮題) 片坂 果(千曲結碧、他) @katasaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。共依存(仮題)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます