第6話 筋肉は世界の共有財産 Part1

「改めまして、おめでとうございます!

すごいですね、難関と言われたリンストルを

支配していたアスタロットンを討伐するなんて。」


シューラから、嬉しい言葉をいただく。


「ま、まあね。」


嬉しい言葉のはずだが、なんかスッキリとはしない。


「難関というか、ただのアホな男どもがいとも簡単に洗脳されていただけだろ。

なんせ、A級ライセンス持ちの女性が私しかいないのだからな。

あの場所へは野郎しか行けなかったのも問題があった。

もっと女性冒険者のレベルアップが必要だな、これからの時代は。」


言いたい事は分かるが、A級を取得するのはかなり厳しく、

女性で取れるのはハードルがあまりにも高い。

オリビアは、今のところ奇跡の戦士と言っても良い。


「まあいいじゃないか、あんな現象は滅多に無いだろうし、

他のところじゃ、そうは無いだろうから。」

「そうですよ!オリビアさんの活躍あってのクリアですから、

あまり気にする事は無いですよ!!」


ハラユキとシューラは、オリビアがこれ以上文句を言わないよう、

出来るだけなだめるように頑張った。


「・・・まあいい。シューラ、次の予定されているエリアの情報をくれ。」


多少は機嫌が戻ったようだ。


「では、ご説明いたしますね。次のエリアですが、次はトレフゴルドという場所になります。」

「トレフゴルド?」

「はい、こちらには大きな街があったのですが、そこに現れたマリリンスという

魔族に支配されてしまい、他の者を寄せ付けない状態になっております。

ここは元々、貿易も盛んな港町だったため、支配されてからは世界レベルで

経済に影響が出ています。」

「そういえば、ここは肉や魚の類が豊富で、牛乳も名産だったな。

最近、やたらと値上がりしたのはその影響か。」

「そうなんです。おかげで、家庭の食卓に大打撃。

何とか、元の状態に戻したいのですが、下手に近づくのは危険で、A級指定となっています。」

「どう危険なの?」

「リンストルとは違って、マリリンスの周りには屈強な男性が

わんさかとおります。マリリンスには、近づくことすら出来ません。

以前討伐に向かった冒険者がいましたが、まだ戻ってきません。」

「そのマリリンスも、変なアイドルとかではないだろうな?」

「いえ、それは無いと思います。」

「なんで分かるの?」

「この街は、マリリンスとその取り巻き達によって、力づくで支配されたと

聞いております。かろうじて街から逃げて来た方からの証言のようです。

その方も、今は亡くなられたため、これ以上の事は分かりませんが。」


とりあえず、今度はアイドルの洗脳という事ではなさそうだ。


「ところで、A級クエストをいくつクリアすれば、魔王に近づけるの?」

「それは、次のトレフゴルドをクリアした後、ご説明いたします。

どの道、ここをクリア出来なければ、魔王に近づく事も出来ないので。」


何やら意味深な事を言っているが、とりあえず次の討伐に向け、

オリビアと街で準備をする事にした。


今回は海を越えて行く地域というのもあり、

出来るだけしっかりとした準備をしておきたい。

なので、市場で必要になりそうな物を買い物する事にした。


「確か、トレフゴルドは島国になってるんだよな?」

「そうだ。漁業が盛んでな、海水の繋がった洞窟内で釣りをする

人もけっこういると聞いた事がある。

以前は、美味しい魚介類が食べられる地域という事もあり、

旅行先としても人気があったはずだ。」

「そうなんだ。けど、今はマリリンスとかいう奴に好き勝手されてるんだな。」

「そのようだな。おそらく、今度はアスタロットンとは違う凶暴性の高い魔族の可能性が高い。

可能な限り、しっかりと準備はした方がいいだろう。」


さすがはA級ライセンス持ち。世界の情報もけっこう詳しい。

この辺も、訓練校で勉強とかするのだろうか。

ハラユキは、心の中でオリビアの事を少し尊敬した。

直接口にして言うと、調子に乗られそうで嫌だったから。


街で冒険に役立ちそうな物を、持って行ける範囲でいくつか購入した。

次は船で渡る必要があるため、街で船を出してくれる所を探した。


「船は出せるが、トレフゴルドは行きたくねぇ。かんべんしてくれ」


このような返しばかりが来る。

誰に頼んでも。片っ端から断られてしまう。

かなりの危険地域なのか、みんな怯えてばかりだ。


「出してくれる船は無いのか・・・」

「これほど敬遠するとは。今はよほど関わりたくない場所なのだろう」


途方に暮れる二人

その時、1人の女性があらわれた。


「あなたたち、トレフゴルドに行きたいの?」


彼女は、そう尋ねてきた。


「うん、そうだよ。君は?」

「わたしはシャルル。シャルル・リンス。この街で宿屋を営んでいるの。


もしトレフゴルドに行きたいなら、私が船を手配してもいいよ。」


「ほんとに!?」


願ってもないチャンスがやってきた。

これで、トレフゴルドへ渡れる!


「その代わり、お願いがあるの。」

「お願い?」

「私の兄を、救い出してほしいの」

「お兄さんを?」


どうやら、シャルルの兄はマリリンスの元におり、

そこから助け出してほしいという事だった。


「3年前、兄はマリリンスに目を付けられ、連れて行かれました。

それから。1度たりとも連絡すらありません。

正直、生きているかどうかも分かりませんが・・・」


シャルルは、目に涙を浮かべながら話す。


「でも、私は兄が生きていると信じたいのです。

あの兄が、簡単に死ぬとは思えないので。」


その口ぶりから、シャルルの兄はけっこうな強者だったのかもしれない。

しかし、その兄が1度も帰ってこないとなると、生きている可能性は少ない。


「よし分かった。必ず助けてやるから、船を用意しろ!」


オリビアが勢いで言った。


「お、おいオリビア、そんな勝手に・・・」

「ほ、本当ですか?兄を助けてくれるのですか?」


助けられる保証は無いが、今船を出してもらえそうなのは

この子だけが頼り。

とりあえず、オリビアに合わせる事にした。


「では、船を用意しますので、明日の朝8時に

ここから南東のホロロ船場まで来て下さい。」


船は明日出せるようなので、二人は宿を取って一泊する事にした。


宿の下にある食事処にて、二人は夕食をする事にした。

多くの船乗りが近づく事を嫌がった地、トレフゴルド。

いったい、どんな魔族がいるのか。

そして、どんな状況になっているのか。

ハラユキは、不安な気持ちでいっぱいだった。


「なぁ、オリビア。トレフゴルドに行くのをみんな嫌がっていたが、

そうとうヤバい所なのかな?」

「さあな。マリリンスはかなり武闘派な魔族とは聞いているのだが、

実際に見てみないと分からないな。」

「なんでそんな事知ってるんだ?」

「ギルドでシューラがそう言っていたぞ。

そういや、その時お前はトイレに行ってたな。大をするために。

ずいぶんと長かった。そう、すごく長かった。」

「強調せんでいい・・・しかし、シューラはさすがギルド受付嬢、

情報は常に把握してるんだな。出来る従業員って感じだ。」

「有能だからこそ、あれだけの大きいギルドで雇ってもらえているのだろう。

しばらくは、彼女の情報を頼りながら進めていく形になるだろう」


二人は、食事を済ませ、宿のそれぞれの部屋へと入った。

ハラユキの不安は解消されてはいないが、どの道先へ進まなければ

何も解決しないので、あまり気にせず眠る事にした。


翌日、シャルルに言われた通りホロロ船場まで来た。

そこに、シャルルともう一人男性がいた。


「来てくれたんですね。」

「そりゃあ、トレフゴルドに行かないといけないし、他に船のアテも無いからね。」


「では、今日船を動かしてくれる、私の伯父を紹介します。」


どうやら、横にいた男性はシャルルの伯父らしく、

ベテランの船乗りでもあるようだ。


「すまねえな、兄ちゃん達。危険な場所へ行く事になるが、

俺が出来るのは、せいぜいあんた達を送っていく事だけだ」

「別にかまわないですよ、こちらこそ、伯父さんを危険な目に

合わせてしまうかもなので」

「ありがとよ。頼む、シャルルの兄を救い出して、平和と取り戻してくれ!」


多くの船乗りが拒否した場所へ、命をかけて送ってくれるのだから。

二人に全てを託す思いなのだろう。

シャルルに見送られながら、船はトレフゴルドに向かって出向した。


天気が良く、海はとても渡りやすい状態だった。


「いいタイミングで出発したな。」

「ああ。この感じなら、とりあえずトレフゴルドまでは平和に着きそうだ」


出発から約3時間、一つのやや大きな島が見えてきた。


「兄ちゃん達、島が見えてきたぜ。あれが、トレフゴルドだ」


その島からは、異様な雰囲気を放っていた。

まるで、そこだけが別世界の場所じゃないかと思うほど。


「何か、不気味な感じがするな。あれがトレフゴルド・・・」

「うろたえている場合か、到着したら、すぐにマリリンスを討伐するぞ!」

「そうだな。さっさと倒して、シャルルのお兄さんも探さないと。」


二人は気を引き締め、トレフゴルドに乗り込む準備を始める。

その時、


「な、なんだ!?」

「船が、急に激しく揺れだした!?」


突然、波が荒々しくなった。先ほどまでのさざ波がウソのようだった。


「気をつけろ、兄ちゃん達!」


波がますます荒くなり、必死で船にしがみつくも、

今にも飛ばされそうな状態だった。


「くそ、いったい何があったんだ?」

「分かんねぇ。急に海が荒れだした。もしかしたら、マリリンスの

奴が何かやりやがったのかも知れねぇな。」


船は大きく揺れ、少しでも気を抜けば海に投げ飛ばされる。

二人は必死で船にしがみつくが、


「だ、だめだ、もう限界だ」

「バカ、弱気になるな、意地でもしがみつけ!」

しかし、ハラユキは船から飛ばされ、海に投げ込まれてしまう。

「ハラユキー!」


オリビアが叫ぶが、ハラユキの姿はどこにも見当たらなかった。


「い、いかん!これ以上は島に近づけねぇ!

いったん引き返すぞ!」

「ま、まってくれ、ハラユキが!」


しかし、舵を取るのもギリギリな状態。

船は、それ以上進む事は出来なかった。

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