第1話「夏月」

 彼女は、突然、いなくなった。


 彼女というのは、私の大学時代の親友、逢木 夏月おうぎ なつきのことだ。彼女が、自死という道を選択してしまったと報されたとき、私の中に湧き起こった感情は、深い悲しみでも同情でもなく、鋭い怒りだった。彼女の両親、親戚、友人たち……多くの人が、彼女の突然の早過ぎる死を嘆き、悲しんだ。特に、ひとり娘を失くした両親の悲しみは計り知れなく、その姿は、辛すぎて見ていられなかった。多くの人たちに、愛され、支えられてきたというのに、そんなことさえ解らずに、こんなにも悲しい思いをさせて、さっさと人生をリタイアしてしまった彼女を卑怯だと思った。弱虫だと思った。世の中には、どんなに生きたくても、生きられない人だってたくさんいる。その人たちの分まで、“生 きる義務“が、私たちにはあるのではないかと思う。それを、こんな形で!


 彼女の棺が火葬炉に入る瞬間、今まで晴れ渡っていた空が突然、厚く黒い雲に覆われ、まるで、さっきまで笑っていた子供が突然表情を歪ませて泣き出すかのように、大粒の雨のつぶてが隕石雨のように勢い良く落下し、斎場全体を激しく叩き付けた。


「きっと、夏月ちゃんが泣いているんだわ。無念だったのよ、きっと……」

 と、彼女の親戚と思われるご婦人が言って泣き出すと、周りに居た人たちも、彼女につられて泣き出した。 


 私は、その時、私の結婚式の時に夏月が言った言葉を思い出していた。


***

『ねえ、千春。私が結婚したらさ、千春と千春の旦那さんと、私と私の旦那の4人で海外旅行に行こうよ!』


『おおっ! それはいいね! 雅也まさやさんと2人で旅行行くとゆっくりショッピングができないんだよねえ。私たちが存分にショッピングをしてる間に、男たちには、観光でもしてもらって時間潰してもらおうっ!」


『それはいいね! 約束だからねっ!』

***


 勝手に約束破っておいて、死ぬなんてズルイ! 我が儘にも程がある! 私は、彼女に裏切られた気持ちになった。そして、思わずにはいられなかった。


 どうして……どうして、もっと、強く生きられなかったのか? と。

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