夏月

喜島 塔

プロローグ

「私、夏なんて、大っ嫌いっ!」


 蝉の鳴き声と茹だるような暑さの所為か、あの時の私は、彼女が真剣に悩んでいることに気付いてあげることができなかった。


「はぁ? 夏が嫌いって……アンタ、思いっきり夏生まれじゃん ! 」


「やっぱ、千春はおバカだ」

 

 そう言って、彼女は、子どものように無邪気に笑った。


「えー? どのへんが、おバカなのさ?」

 

 私は、彼女に、ささやかな抵抗をした。私にだってプライドはある。“おバカ”と言われたら癪に触る。


「ごめん、ごめん。たださ、世界中のすべての人たちが、千春みたいに素直で真っ直ぐだったらいいのになって思っただけなの。私は、歪んだ人間だから、素直にそう思えなくて……千春のことを羨ましく思ったの。千春は、自分が生まれた季節が好き?」


「うーん……私は……わりと好きかな……」


 “千春”というその名のとおり、桜咲く春に人生デビューした私は、自分が生まれた季節が好きであり、他の人も、きっと、みんなそうなのだと思って疑わなかった。


「そういうふうに思える人は、きっと幸せな人なんだよ……」


 そう言って、彼女は空を見上げながら言った。


「ねえ、知ってる? 蝉ってさ、一週間で死んじゃうってよく言われてるじゃん?」


「うん。よく小説とか漫画で使われてる表現だよね。病気かなんかで長く生きられない設定のキャラがさ、『蝉みたいによー、短けー命を目一杯生きてぇなあ』みたいに言ってるよね」


 私の言葉を聞いた彼女は、また、一頻り笑った後で、ちょっと哀しそうに言った。


「本当はさ、蝉って長生きなんだって。幼虫として地下生活する期間がめっちゃ長いんだってさ。で、成虫になって、ウキウキして地上に這い出てきたところを、カマキリに殺られたり、暑さでやられて死んじゃうんだって。それって、最悪の運命だよね … …」


 そして、囁くような小さな声で、確かに、こう言った。


「まるで……私みたいだ……」

 と。

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