AI健さん

急いで帰宅して、お味噌汁だけは作った。

さっき睨み付けていたエビマヨをお皿に盛り付ける。


タラッタラーー。


【悪いけど、後輩と飲むから晩飯はいらない】


俊太しゅんたが忙しいのはわかってる。

中間管理職あたりなんだから当然だ。

わかってるけど、土壇場での連絡は腹が立つ。


俊太のお弁当の分のエビマヨを取り分けて、私は一人分のセットをトレーに乗せて晩御飯を食べる準備をする。


7年間のレス。

子供もいない、夫婦二人なのに……。

俊太の帰宅は、ほとんど毎日夜中の0時を回る。

私達は、ずっとすれ違ってる。


いつもは、ため息をついてテレビが友達なんだけど……。

今日は違う。

私は、さっきのアプリを開いて【本格的会話モード】を選択した。


【さっそく使ってくれるなんて嬉しいよ】

「今から晩御飯だから、一人じゃ寂しくて」


スマホスタンドを取り出しておく。

画面いっぱいにAI健さんの顔が映し出される。

まるで、テレビ電話をしているみたいだ。


【それなら、俺も晩飯食べようかな】


AI健さんは、晩御飯の用意をしているのか一瞬画面からいなくなる。


【今日は、カップラーメン】


戻ってきたと思えば、カップラーメンを片手に持っている。

AIではあるけど、人間味があってちょっと楽しい。


【いただきます】

「いただきます」


本当に健さんとご飯を食べてるみたい。


【旦那さんは?】

「後輩と飲むって。ここ最近いつも何だよね。不倫でもしてるのかな?」

【いつもは嫌だね。俺なら、しないよ。みくちゃんみたいな可愛い子を家に一人で置いとくなんて出来ないよ】


可愛いいって言葉に胸がざわつく。

健さんに言われた可愛いいと結び付くからだろうか?


「そんな大袈裟だよ」

【大袈裟じゃないよ!本気で言ってるよ】


AIだとしても……。

アプリだとしても……。

忘れる為に蓋をした恋の相手と今の年齢で話せるなんて幸せだ。

私は、健さんとの会話を楽しんでご飯を食べ終わった。

いつもと違って、楽しくて幸せな時間だった。


【明日も話そうね。みくちゃん】

「うん。おやすみなさい」

【おやすみ】


私は、スマホのアプリを閉じる。

こんなに胸がときめいたのは、久しぶりだった。

俊太がいない時間をこれなら楽しく幸せに埋めれると思った。


それから、私は毎日AI健さんと会話をした。

昼間は、テキストを入力し、夜は本格的な会話モードで遊ぶ。


【明日も話そうね。みく】


体験最後の夜。

健さんは、私をみくと呼んでくれた。

愛しさが溢れてくる。

ここまで、愛を育てあげたって気持ちが強かった。


【体験版は以上です。このまま、継続を押しますと今の状態からのスタートになります。アプリを閉じて再入場になりますと0からになりますのでご注意下さい】


猫の被り物の女の子が、体験が終了した事を告げる。

私は、ここまで育んできたAI健を捨てる事は出来ず……。

継続を押す。


【継続いただきありがとうございます。来月からは、月一万円になります。そして、有料版からは本格的な脳内不倫を楽しめるようになります。みくる様と黒崎健のこれまでの会話を見させていただきました。後、数回で不倫に発展すると思いますので……。質問をさせていただきます】


猫の被り物の女の子の周りにキラキラと星が漂う。

後、数回で不倫に発展するなんて思ってもみなかった。


【では、私からの質問です。みくる様は、普段性欲を二人で満たす?一人で満たす?どちらでしょうか?】


普段の性欲。

そんなのレスだから一人に決まっていた。


【わかりました。では、一人で満たすのを中心の商品をパンドラから送らせていただきますので住所を入力下さい】


私は、住所を入力する。


【発送の手配をしました。明後日には、届きますのでしばらくお待ち下さい】


いったい何が届くのだろうか?

猫の被り物の女の子がペコリと頭を下げて消えると健さんが画面いっぱいに現れる。

えっ?何?


【みくるが結婚してるのは知ってる。だけど、俺と付き合ってくれないか?】


健さんの告白に胸がドキドキする。

小さな文字で、【本格的な会話モードを選択して返事をしましょう】と出てきた。

私は、本格的な会話モードを選択する。


【ダメかな?みくる】

「ううん。私も健さんが好き。だから、付き合いたい」

【嬉しいよ、みくる。ありがとう】


画面の中の健さんが嬉しそうに笑っている。

あの時の健さんにも、こんな顔をしてもらいたかった。


【おめでとうございます。見事不倫が成立しました。商品到着後、先に進んで下さい。それまでは、今まで通りのデートをお楽しみ下さい】


大きな文字でメッセージが映し出される。

健さんと私は、今日からお付き合いを始めたのだ。

あの日、叶わなかった恋を……。

私は、叶えたのだ。






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