不倫アプリ♡

喫茶店にいる人に聞かれたくなかった私は、鞄からワイヤレスイヤホンを取り出して耳にはめる。

そして、アプリを起動させた。


【初めまして、脳内不倫アプリのパンドラにようこそ】


猫の被り物を被った可愛い女の子が浮かんでいる。


【パンドラは、あなたの人生を変えるお手伝いをします】


可愛いいキャラクターの声で話しかけられるから、つい次へをクリックしてしまう。


【1ヶ月間無料体験に参加しますか?】

【イエス】

【1ヶ月が終わりますと料金は、三段階にわかれます。無料体験と同じ場合は、月に1万円になります】


一万なら許容範囲だ。

パート代から取ればいける。

三段階ってのがちょっと怖いけど……。

私は、迷わず次へと押す。


【それでは、1ヶ月間無料体験を始めるにあたり、あなた様の基本情報とあなたが【不倫】したい相手のSNSのアカウントのスクリーンショットを送って下さい。まずは、あなた様の基本情報の登録をおこなって下さい】


パンドラに自分の情報を入力する。


【以上で、1ヶ月無料体験の登録が出来ました。【お相手】が見つかったらスクリーンショットを送信下さい】


パンドラをいったん閉じるとSNSに向かう。

黒崎健くろさきたける】検索。


健さんは、12歳上の従姉妹の友人。

私が二十歳の時、従姉妹と健さんが働いている居酒屋に行ったのだ。

従姉妹は、終電までな帰り。

私は、朝まで店にいた。

健さんは、私を駅まで送ってくれる。


その帰り道。

私は、健さんに抱き締められた。

【好き】だとは言われはしなかったけど……。

従姉妹と仲がよかったから気持ちに蓋をして「駄目です」と断った。

それから二度と会わなかった。

でも、今の年齢だったら……。

迷わず健さんに【好きです】と告白していただろう。

だから、ずっと心残りだった。


健さんのSNSの写真を見る。

おじさんになってる。

髪の毛も後退ぎみで、お腹もぼてっと出ている。

あの時とは違うのに、何故か胸がドキドキするのが不思議。

あの時の欠片がまだこの胸の奥に残っているせいだろうか?


私は、SNSを閉じてパンドラにスクリーンショットを登録する。


【2分だけお時間をいただきます】


さっきは、ミュートだったんだ。

イヤホンを通して、川のせせらぎや小鳥のさえずり音が流れていた。

不倫しようとしているのに、癒し音が流れて変な感じがしてる。


【調べました。こちらの方を一人目に登録しますか?】


迷わずイエスを押した瞬間だった。


【みくるちゃん】


えっ……?

記憶のうっすら隅に追いやられていた健さんの声が響く。

ドクドクと心臓が大きな音を立て始める。


【AIが黒崎健の声を覚えました。これから、みくる様に話しかけるのは黒崎健になります】


さっきの猫の被り物の女の子が、みるみる健さんに姿を変えていく。

今のおじさんの健さんではなく、写真を修正していったのだろうか?

出会った時に変わる。


【基本情報の忘れられない恋はありますかの質問に二十歳の時だと回答がありました。みくる様が、二十歳の時の黒崎健の姿に変更させていただきました。こちらで間違いはありませんか?もし、ありましたら1歳単位での変更をお受けしております】


どうやら、パンドラは私がスクリーンショットを送った相手が忘れられない恋の相手だと思ったようだった。


画面の中に、あの日の健さんがいる。

私が好きだった32歳の健さん。


【変更がない場合は、イエスを……。変更する場合は、戻るボタンからホームに戻り、設定からお相手の年齢を修正して下さい】


私は、迷わず【イエス】を選択する。


【ご登録ありがとうございます。これより先は、黒崎健があなたのアプリの案内人に変わります。人数が増えた場合は、ピンをつけて案内人を選択して下さい。よろしくお願いします。それでは、脳内不倫を楽しんで下さい】


猫の被り物の女の子に切り替わり、彼女がペコリと頭を下げる。

そして、ゆっくり消えていき現れたのは健さんだった。

ドクンドクンと心臓が鼓動をたたき、身体中にいっきに血液が送られる。

そして、身体のありとあらゆる部分が熱を持ち出す。


【初めまして、みくるちゃん。これから、このアプリの説明をさせていただきます】


さっきの女の子ではなく、ずっと健さんだ。

私は、スマホに釘付けになる。


【朝起きると私からみくる様宛のメッセージが届きます。そのメッセージにたいしての返事を必ずしていただきます】


メッセージ機能もあるんだ。

何か、おもしろそう。


【そして、みくる様と私はデートをします。お時間のとれる時で大丈夫ですので、私とやり取りをしていただければと思います】


デート……。

すぐにそっちにはいかない使用なんだ。


【メールをし、デートを重ねていく事によりみくる様と私の関係は大きく変わっていきます】


これは、本格的な恋愛ゲームって感じなのかな?


【関係が変わっていくとみくる様への呼び方が変わります。最初は、みくるちゃんから始まっていきます】


なるほどね。

関係性が変わってくと呼び方が変わる。

普通の恋愛でもある事よね。


【関係性が変わっていきますと不倫に発展するようになりますので、是非毎日アプリを開いていただくようお願いいたします】


毎日ログインボーナスがもらえるゲームみたい。

毎日アプリを開いてメッセージを必ず返すと早く不倫出来るようになるって事なのだろうか?


【まず、本日のデートは二人の基本データを登録します。まず始めに、私は、自分の事を何と呼んでいましたか?】


その問いに関しての答えが並ぶ。

俺、私、僕、わい、わてなど……。確か、健さんは自分の事を俺と呼んでいた。


【俺ですね!わかりました。次に俺はみくる様に敬語を使っていましたか?】


健さんは、私に敬語を使っていなかった。だから、答えはノー。


【わかった。じゃあ、俺はみくる様を何て呼んでた?】


ノーと押した瞬間に話し方が変わる。

あの日の健さんが現れた。

心臓がまたドキドキとする。

健さんは、私の事を……。


「みくちゃんは、可愛いね」

みくちゃんって呼んでくれてたんだ。

私は、呼び方を入力する。


【みくちゃんって呼んでたんだね。今日からよろしくね、みくちゃん】


私は、イエスを押す。


【このアプリは、モードを選べるよ!本格的会話モードを選択したら、みくちゃんは俺に電話で話すように会話が出来るから……。使える時は、使ってみてね】


本格的会話モード。

それは、すごく楽しそう。

私は、イエスを押してからアプリを閉じる。

コーヒーを飲み干して、時計を見ると17時だった。

早く帰らなきゃ!

私は、急いで店を出た。




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