第Ⅴ節『オレンブルクの廃墟』

 ―――1956年1月…。

ロシア國の都市、オレンブルクの一角。

「此処か…。」

「明日にも取り壊される予定でしたので、危ない所でした。」

ヴァルター親衛隊大佐の部下、ヴィム・エルトマン少佐は、

オレンブルクにて、スターリン資金に関する調査を行っていた。

 まずエルトマンは、旧ソ連の国有企業たる"南ウラル鉄道支社"の事務所を捜索しようとしていたのだが、帝国式建築化の影響で、同社のビルは取り壊される寸前であったのだ。

「少佐殿、まずは我々が先に入ります。」

オレンブルクのゲシュタポ駐在員二名が、それぞれ拳銃を構えてドアに手をかける。

廃墟には稀に、ホームレスやウンターメッシュの溜まり場が存在するからだ。

 一番タチが悪いのは、反体制派や諜報機関の隠れ家が存在していた場合である。

猛烈な反撃を受ける可能性がある上、後者であれば外交問題に発展しかけない。

 「では…。」

そしてゲシュタポの警察官は、ゆっくりと玄関ドアを開き、中に入っていった。


 「生活の跡はありましたが、特に誰か居る訳ではありませんでした。」

「そうか、ありがとう。」

続いてエルトマンも中へ入る。

入って左側にオフィスと受付が、奥に階段があり、中は電気が通っておらず、ホコリが漂っていた。

「さて…書類を探すぞ。」

探している書類は、同駅で交代した機関士に関する記録である。


―――――――――――――――


「…軍服姿でした、恐らく軍人かと。」

「運輸省では無く?」

「えぇ、軍人です。しかし階級までは覚えておりません…。」


―――――――――――――――


エルトマンは、ギンツブルクが此処オレンブルクで交代した"軍人"の情報を探していた…。



 昼に差し掛かった頃。

まだ記録は見つかっていないが、。

エルトマンは、離れた所でこちらを、ずっと見ている人物と、目が合った。

「―――…あっ…!」

目が合った途端、その人物は目を見開いて、"逃げるように"走り出した。

「…そこの…貴様止まれ!貴様!」






 『名前は。』

『…ミハエル・ハインリヒ、ロシア人名はミハイル・イヴァノヴィッチ・ゲーンリフです。』

カセットテープから流れる声は、憔悴しきっていた。

『旧ソ連時代、君は何をしていたかね?』

『…地上軍にて下級中尉の階級にありました。運輸省で機関士をしていた事もあります。』

機械的に質問へ答えるゲーンリフ。

彼は長らく不眠状態で、絶食状態でもあった。

『君はモスコー攻防戦の時、何処に居た?』

『上からの司令で、列車の"車掌"をしていました。』

 しかし此処で、テープは一時停止した。

「……ミハイル・イヴァノヴィッチ・ゲーンリフ下級中尉。恐らく、この人物が、ギンツブルクの言う"軍人"かと。」

エルトマンは、上司のヴァルターに、調査報告を行っていた。

「―――待て、車掌?機関士では?」

「ええ、車掌です。…そして此処からが、重要な所です。」

エルトマンは、再びテープを再生し始めた。


『列車の…"車掌"…。

ゲーンリフ、ギンツブルクと言う人物をご存知かね?』

『……勿論…。』

「…名前を知っている?」

「えぇ。」

之は予想外の事であった。

ギンツブルクはゲーンリフの名を一言も言わなかったからだ。

チカロフオレンブルク駅で交代したギンツブルクは、貴様の事を知らなかった様だが?』

『…ギンツブルクがチカロフ駅で…?…そんな筈は無い…。

…"彼は終点まで居た"…。』

「"終点まで居た"?!」

『…詳しく教えろ。』



 『チカロフの南東…そこに、巨大な地下壕がある。

元は鉱山で、"ドン・ヴォルガ要塞"…大戦末期に建設された要塞群のうちの一つだった。

ギンツブルクは、その地下壕へ向かう列車の機関士で、

私は高官の対応やら、安全確認やらを行っていた。』

『何故ギンツブルクは知らない振りを?』

『…あの地下壕は、ソビエトの再建に使われる予定で…。

"己の最期まで秘匿する様に"と…言われていた。

彼はそれに従って、有耶無耶にしたのだろう。私もあの場所にいたが…途中で逃げた。私はユダヤ人では無いし…あの場所で飢え死にする必要性を感じれなかった。』

 『…地下壕は何処にある…?』

『…地下壕は、チカロフ駅南方の線路…3番目の分岐の先だ。

…言える立場で無い事は分っているが、もしあの地下壕を見つけたら…。


遺体をしっかり埋葬してやってくれ"。』


テープは、此処で終了している。

「…ギンツブルクを尋問し、この情報の裏付けをしろ。」

ヴァルターは、右手に持った煙草を灰皿に擦り付け、エルトマンにそう指示した。

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狂気のワルキューレ 赤目のサン @AkamenoSan

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