第Ⅲ節『オーレンドルフの重荷』

 「何とか、来年中にスターリン資金を接収して欲しい。

どうにか、目処はつかんのかね?」

胸にルーマニア星章が輝く初老の男が、ヴァルターに対してそう問た。

彼の名は"オットー・オーレンドルフ"親衛隊中将。親衛隊の中央組織円卓騎士、12組織の内の一つである國家保安本部、第Ⅲ局"國内保安局"の局長である。

「…今の所、オレンブルクの南か、東にある事しか掴めておりません。

國防軍が5年かけても見つけられなかった財宝です。」

「しかしだね君…。こいつはヒムラー閣下が探しておられる様な、オカルト・・・・じみた聖遺物では無い。""代物しろものだ。勿論、聖遺物も何処かにはあるだろうがね。」


 …この時、オーレンドルフは少し焦っていた。

このスターリン資金については、再三にわたり、上から接収を急かされていたのだ。

それは、"親衛隊全國指導者友人会"の後、ハインリヒ・ルイポルト・ヒムラー親衛隊全國指導者から直々に呼び出された時の事であった。

「君も知っておるだろう?我が騎士団の成さねばならぬ、"人類の大偉業・・・・・・"の事を。」

「はっ、心得ております。」

親衛隊の組織、ブルグント騎士団は、ある目的を持って結成された組織であった。

「第二次再編成作戦は、必ず実行される…。

ゲルマニア中央の腰抜け共が知れば、この大偉業は成されぬままに終るであろう。」

その最終目的の名を、第二次再編成作戦と言った。

「前世で成し得なかった偉業をこの手で…この手で成し得ねばならぬのだ…。」

ヒムラーは、時折奇妙な自分語りを展開する。

それは、"自らがザクセン王ハインリヒⅠ世の生まれ変わりだ"、と言うものである。

「かつて私は、聖槍ロンギヌスを手に、東西の異民族共を蹴散らし…――」

…――その自分語りは、1時間にも及んだ。

ともかくオーレンドルフは、ヒムラーの言う"大偉業"の為に、

旧ソ連の全財産が積まれたとされる黄金列車を見つけねばならなかったのだ。


 「1年以内にスターリン資金を接収するのだ。分かったな」

「はっ、承りました。」

ヴァルターは、オーレンドルフの重荷を半ば肩代わりする事となった…。




「――その、引き継ぎ要員の名は知らないのか?」

「…知りません。」

再び、ギンツブルクへの聴取が行われた。

「姿格好は?」

ギンツブルクは暫く考えると、一つ、ある事を思い出した。

「…軍服姿でした、恐らく軍人かと。」

「運輸省では無く?」

「えぇ、軍人です。しかし階級までは覚えておりません…。」

オレンブルク駅で交代した機関士が、運輸通信省では無くソ連軍の者であったと言う事である。

ヴァルターは取調室から退室すると、部下のヴィム・エルトマン親衛隊少佐に、とある指示を出した。

「彼から出せる情報が少なすぎる、君は調査隊を編成し、現地に行って確かめてくれないか。」

「了解致しました。」

ヴァルター親衛隊は、オレンブルクの調査を開始した。




 「この計算が確かならば…。

スターリン資金がソビエトの全財産だと言うのは、非現実的に思えてきたな…。」

大日本帝国陸軍傘下である川崎機関の機関長、川崎は、

スターリン資金が非現実的であると言う可能性を考え始めていた。

曰く"ソビエトの全財産を仮に350万ルーブルと仮定した時、約27万tの金塊が、たった1両の列車に積載されていた事になる"との事であった。

「しかし…陸軍省はスターリン資金を求めている。どうしたものか…。」

「…閣下、まだ、資金が無いと決まった訳ではありません。

全財産まで行かなくとも、黄金列車が無いとは限らないのです。」

「…確かにそうだな。」

しかし、一国家の全財産に匹敵する額が無ければ、陸軍省は納得しないであろう。

何故なら、彼らは報告書に残さないで良い、自由で不透明な裏金が欲しいだけなのだ。

多額で無ければ、不正でもすれば直ぐに貯まるだろう。

だが陸軍省は、スターリン資金を、恐らく日本円で数百兆にもなる様な膨大な資金と考えているのである。

 …その部下が退室した後、川崎は、ある報告書を読み返した。




―――"ドイツ國防軍空軍が、ソビエトの巨大地下壕を掘り当てた。"―――




 …――その巨大地下壕に、果たして金塊はあるのだろうか。

そう、既に川崎機関の諜報員は、既に空軍へ入り込んでいたのだ。

「…しかしどうやって金塊を盗み出そうか。」

しかしオレンブルクから日本の勢力圏に近い場所まで、直線距離で実に800km近くあった…。

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