第214話 ローデッド男爵の屋敷


 「ねぇ、レンくん、なんで私が怒ってるか分かる?」

 「はい、もちろんでございます」


 レティナはあまりにも無表情だった。

 こういう時は言い訳もせずに、ただただ怒りが収まるのを待つしかない。


 「じゃあ、言ってみて?」

 「えっと……慎重に行動しようと言っておきながら、その言葉に反する事をしようとしていることですかね」

 「それで?」

 「レティナさんは危ないので私一人で向かうと決めたこと」

 「で?」

 「安全な場所が確保できなかったので、救い出せたエルフはこの家に一時的に泊まってもらうこと……」

 「……」

 「……すみません。後は分からないです」


 今の俺はルナやゼオよりも小さいかもしれない。

 レティナの圧に縮こまっているからだ。


 「はぁ……」


 大きくため息をついたレティナは、残念そうな目をして口を開いた。


 「レンくん、私言ったよね? レンくんの方から厄介事に首を突っ込むって」

 「弁解の余地もございません」

 「そのエルフを救いたい気持ちは分かるけど、流石に一日程度の調査じゃ何も分からなかったでしょ?」

 「……はい」


 レティナの気に触れないように返答をする。

 何も分からなかったわけではない。

 ローデッドの屋敷の場所は分かったし、周辺の目の位置も把握できた。潜入経路も大方予想はついた。

 だが、本館と別館の屋敷が二つあり、内部の構造やどこにローデッド男爵が居るかなどは把握しきれなかった。つまり潜入した後は、ほとんどがその場で判断することになってしまう。


 「今回はひとまず諦めない?」

 「諦めない」

 「私たちの目的はシュバーデンだよ?」

 「分かってる。でも、ローデッドが第二のシュバーデンになる可能性だってあるんだ」


 その芽を早く積むか遅く積むかの違いだ。

 まぁ行き当たりばったりにはなるが。


 「はぁ……分かってたことだけど……」

 「……ごめん」

 「じゃあ、レンくん。私も付いていく」

 「いや、それは……」

 「潜入はしないよ。ただレンくんの帰りが遅かったら……すぐ迎えに行けるようにしたい。だめ?」


 そんな不安そうな表情で頼まれたら、断れるはずがないだろ。


 「……そういう理由なら分かった。じゃあ、レティナにも今日把握できた情報教えるよ」

 「うん」


 そうして、俺はできるだけ詳細な情報をレティナに教えた。

 計画を実行する時間は、今夜の一時。

 それまでにまだ余裕があった為、レティナと話し合った後、俺は一応ロロウさんにも今回の事を伝えておいた。

 「無茶苦茶な計画だな」 とロロウさんは苦笑していたが、それとは別に嬉しそうで、色々とローデッドに関する情報をくれた。


 ローデッドはとにかく好色な人で、容姿が整っている奴隷を買い漁っているらしい。

 そして、異常な性癖の持ち主だと言う。

 その細かい内容については深追いをしなかったが、それだけで碌でもない奴だと分かった。


 エルフ一人だけならかくまえるが、他の奴隷はどうしようか。

 その問題がいつまでも解決しない。

 救うのならば他の奴隷も救ってやりたい。

 そう思っていた俺だが、レティナは違うようで、無策に奴隷を助けるのには反対らしい。

 その理由はもちろん匿う場所がないのと、大勢を引き連れてここまで帰るのは危険すぎると判断したからだ。


 確かにその通りだけど、何とかしてやりたい気持ちはある。

 まぁ、解放だけしてあげるのも悪くはないだろう。

 一旦、それで思考を纏めた。








 「よしっ、じゃあ、行こう」

 「うん」


 暗闇に紛れる為、黒の外套を着た俺たちは玄関から顔を出す。

 これは見ていて分かった事だが、監視の目は一定の動きをしている。なので、視界に映らずに行動するのは簡単だ。


 そそくさと移動していき、ルガヴィフ家の地区からシュバーデンの地区に足を踏み入れる。

 やはり夜中というだけあって、ほとんどの者が就寝しているようだ。


 「レンくん、今思ったんだけど……ローデッドの部屋は把握してないんだよね?」


 突然そう聞いてきたレティナに、周辺を警戒しながら返答する。


 「そうだよ」

 「気配を探って人の居る部屋を手あたり次第探していく。ここまでは分かるよ? でも、鍵は?」

 「えっ?」

 「鍵がないと中に入れないよ?」


 ……

 …………全く想定していなかった。


 俺はレティナの言葉に茫然としてしまう。

 正直暗殺などは俺の得意分野ではない。レティナならばその鍵も風魔法で器用に開けれるのだが、俺は闇魔法しか扱えない。

 つまりだ。

 扉を斬って中に入るか、扉の蹴飛ばして中に入るかの二択になってしまう。そうなれば、他の者が皆起きてしまうかもしれない。


 「……やっぱり私も付いていこうか?」

 「うっ……」


 考えてみれば簡単に分かる事を想定していなかった。

 ただ今思いついたと言ったレティナは本当に今だったのだろうか? もしもその問題に気付いていて、こうなるように仕向けたというなら相当な策士だ。


 「……鍵だけ開けてもらうことできる?」

 「うん、任せて」


 ローデッドの屋敷まであと少しというところで、別の策を考える時間は無かった。

 微笑んでいるレティナは可愛く見えるものの、裏があっての行動では? と少し複雑な気持ちになってしまう。

 まぁ、こうなれば仕方がない。絶対に失敗しないようにしなくては。


 そうして、やっとローデッドの屋敷まで辿り着く。

 家の路地裏に身を潜め、様子を確認すると、この時間なのにも関わらず門の前には二人の衛兵が佇んでいた。

 そして、すぐ近くにあの赤い目玉が。


 「レンくん、正面から入るつもりなの?」

 「いや、これはただの確認だよ。昼間と同じような警備をしているのかなって」

 「どう?」

 「うん、警戒は怠ってないみたい。屋敷の中もきっと昼間とは変わらないんだろうね」


 警戒が薄くなるとは思っていたが、そんな事はないようで少しがっかりする。

 多分どの貴族も同じような感じなのだろう。

 シュバーデンなどもっと厳重かもしれない。


 俺は路地裏から屋敷の横まで移動する。

 衛兵も目玉にも気づかれなかったことを確認すると、


 「レティナ、行くよ」


 塀を飛び越え、敷地内に着地した。

 ここからが本番だ。

 とりあえず、気配を探る。

 正面の窓の中からは、誰も居ないようなので俺の後に続いたレティナと共に近づく。


 「レティナ、炎魔法でここ溶かしてもらってもいい?」

 「分かった」


 そう返事したレティナは、窓に手をかざし炎魔法を唱える。小さな炎が窓を溶かすと、俺はそこに手を入れ鍵を開けた。


 「ふむ、ここは客室かな?」


 忍び込んだその部屋は広く、上質な絨毯や絵画や彫刻、花瓶に活けてある見たこともない花が飾ってあり、優雅さを感じられる。


 貴族のこういう部屋ってどこも一緒だな。


 そう思っていると、


 「レンくん、一応姿隠しハイド


 レティナが隠蔽魔法を掛けてくれる。


 「ありがとう、レティナ」


 こうして考えると、レティナの存在は偉大だ。

 見つかった時に危険だと分かっているが、居ればその分楽に行動できる。


 「じゃあ、ローデッドを探そう」

 「うん!」


 レティナが頷いたのを機に動き出す。

 気配察知を怠らずに扉を開けると、長く薄暗い廊下に出る。

 ここには見回りはいないようだ。

 それにどの部屋も人の気配を感じられない。

 屋敷の外観から察するに、反対方向も同じような構造になっているだろう。

 となれば、二階が本命かもしれない。

 今いる廊下からは二階に上がる階段がないので、仕方なく俺たちはエントランス方面に移動した。


 ……やっぱりここは居るか。


 エントランスの階段の側に二名の衛兵が。

 隠蔽魔法を掛けているが、万が一がある。


 「ちょっと待ってて。レティナ」


 そう小声で囁いた後、地面を蹴る。

 全力の速度で衛兵の後ろに回り込んだ俺は、携えていた剣を抜き、その唾で一瞬のうちに二人を気絶させた。

 その様子を見ていたレティナはすぐに俺の元に駆け寄ってくる。


 「流石レンくん」

 「上に上がろう。できるだけ早めに終わらせたい」


 もう少し警備が堅いと思っていたけど……まさかこっちの屋敷じゃないか?

 確認できた衛兵は一階に二人だけ。

 男爵という地位からすれば、普通なのだろうか。


 足音も立てずに階段を上る。

 もちろん周囲の警戒は怠らない。


 そのまま何も問題なしに、階段を上った俺は壁に身体を張り付けて、ちらりと廊下の様子を確認した。


 「!?」


 反射で出した顔を引っ込める。


 う、嘘だろ……なんでここにもあるんだよ。


 「レンくん……?」


 俺の異常な様子にレティナが不安そうな顔を見せる。

 こうなってしまうのも仕方がない。

 何故なら、長い廊下の奥には……あの赤い目がじっとこちらを見つめていたからだ。

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