第211話 探索
ぱちりと目を覚ました俺は周囲を見渡す。
いつもとは違う内観に、拠点の自室よりもこじんまりとした部屋。
燦燦と太陽が照り付けている屋外は、この場所にいても汗が出てきそうなくらいだ。
「んっ」
俺が少し動いたせいか、隣で寝ていたレティナが反応する。
ロロウさんが貸してくれたこの空き家は、一階建てで寝室は一つしかない。
だから、レティナが隣で寝てても何もおかしくないのだが……
「こんな安心した寝顔されると……いたずらしたくなるな」
レティナの柔らかなほっぺたを思わずツンツンとする。
この部屋で一緒に寝ることができたのは、気温を一定に保つ魔道具のお陰だ。
アーラ王国の家屋には必ずと言っていいほど設置してあるらしい。
砂漠の夜は寒いとは感じないが、日中よりも冷え込む。だが、朝になれば気温がどんどん上昇していくのだ。もしもこの魔道具がなければ、今頃俺は最悪な気分で起床していたことだろう。
お風呂もあるし、キッチンもある。
生活には何一つ困ることはないな。
ロロウさんに心の底から感謝をして、昨日話してくれた内容を纏める。
リリーナからロロウさんは情報屋と聞かされていたのだが、本業は武器商人の方らしい。
まぁ、あの店を一目見れば分かることだが、そこは一旦置いておこう。重要なのはどうしてそこまでして、エルフを救いたいのか。
それはロロウさんの過去に遡る。
昔ロロウさんは奴隷ではないエルフの夫婦と一緒に暮らしていたらしい。
だが、あの女王が即位してから状況が変わってしまった。
力と金の世界になれば、エルフの夫婦が奴隷落ちにさせられるかもしれない。
そんな不安から夫婦を国外へ逃亡させることはできたのだが、ロロウさん自身そのエルフとの交流で、どうにか他のエルフも何とかできないかと考えていたようだ。まぁ、その気持ちも催眠が解けた一年前からだが。
できるなら、また一緒に暮らせる日が来るといいけど……ただ生きて幸せに暮らしてるならそれでいいって言ってたっけ。本当に優しい人だな。
それにしても……シュバーデンって奴はもう許すことができなそうだ。
シュバーデン・ダンゼフ。
その男の詳細を聞いたらその思いがより一層強くなった。
十一年前の当時、裏で秘密裏に動いていたシュバーデン家を、あともう少しで断罪できるところまで追い詰めることができたらしい。
だが、運悪く女王の即位と重なってしまった。
やけにタイミングがいいとは思うが、それが偶然なのか必然だったのかは今のところ分かってはいない。
グロドルー家とルガヴィフ家は、シュバーデン家の行いを許す代わりに女王を失墜させる為、協力要請を頼んだ。
正直、馬鹿な提案だと思う。
ただそこまでしなければ、反旗を翻せれなかったのだろう。
結果はシュバーデン家の裏切りで敗北。
唯一助かったのはグロドルー家とルガヴィフ家に何も罰が与えられなかったことだ。
シュバーデン家だけの統治なら、もっと酷い状況になっていたに違いない。
そういう内情も相まって、序列の格差があったのは頷けた。護衛に任命する者が女王かどうかは分からないが、女王にとって一番信頼における人物を守るのは必然だろう。
ふわぁ~っと身体を伸ばす。
グロドルー家の地区はここから北西に、シュバーデン家の地区はここから北東に。
今日は頭に入ってある地図と相違がないかの確認が主だ。シュバーデンの偵察も視野に入れたいが、レティナと一緒だと少し危ない。可能ならレティナが寝た夜にしよう。
「んん~、あれ……? レンくんおはよぉ~」
「おはよう」
瞼を擦りぽやぽやとした表情で、上半身を起き上がらせるレティナ。
まだベッドに寝ているサラサラな髪をつい触ってしまいたくなるが、甘いひと時はひとまず後回しだ。
「レティナ、今日は街の探索に出掛けようか。まずはこのルガヴィフ家の地区から」
「ん、分かった~。朝食はどうする?」
「外で食べてこう。食材もないしね」
「は~い」
俺はそのままベッドから降りると、クローゼットに仕舞ってあった外着を持って部屋から出て行こうとした。
しかし、
「レンくん、どうして出ていくの?」
「えっ?」
当たり前だと思った俺の行動を止められ、思わず振り返る。
「ここで着替えればいいよ? なんか宿屋の時も私に気を遣っていたけど」
「いや、俺はいいんだけどさ……」
レティナの着替えの時はさすがにまずい。
俺は自慢じゃないが、まだレティナの下着姿も見てないのだから。
そう思う俺とは違い、レティナは不思議そうな顔をしている。
これは素直に言った方が早いな。
「レティナも着替えるだろ? 俺が居たら恥ずかしいかなって」
「あー、そういうこと」
「うん、だからーー「全然平気だよ」
「えっ?」
そう言ったレティナは立ち上がり、俺とは別のクローゼットを開ける。
そして、躊躇することなく寝間着を脱いだ。
綺麗な白肌が見えた瞬間、俺は反射で視線を逸らす。
い、いや、俺が全然平気じゃないんだが。
朝からあまりにも刺激の強い光景に、心臓の鼓動がドキドキと速まる。
とりあえず、手で目を覆って見てないですよとアピールしていると、着替え終えたのかレティナが近くに寄って来る音が聞こえた。
「ほらっ、全然平気でしょ?」
「う、うん、ならいいんだ。なら……」
こ、これがアーラ王国にいる間毎日続くのか……俺耐えられるか?
未だに手をどかせない俺がおかしいのか、レティナはくすくすと笑っている。
くっ、そういう態度を取るならいいだろう。
俺もまじまじと見つめてやるからな!
そう決意した俺は、一旦部屋の隅っこで着替えを始めたのだった。
「朝から活気な街だ」
「そうだね」
朝食を食べ終えた俺たちは、街の大通りをゆっくりと歩く。
絨毯を広げて蛇を使った大道芸をしている者や、砂のアートを創作している者。
ランド王国では見られない商売ではあるが、その他は一般的な露店ばかり。
ただ気候が全く違うので、どの仕事も尊敬の目で見てしまう。
俺だったら、絶対引き籠っているだろうな。
街中を歩いている人は褐色の者がほとんどだ。
レティナの素顔を見れば他国から来たものだと一瞬で悟られてしまう程である。
「……レンくん、奴隷がやけに多いね」
確かに俺も気になってはいた。
枷を付けている奴隷が視界に映らないことはない。
気持ち悪い赤い目も同じだ。
その光景にこの国の現状が垣間見える。
「治安がいいって言っても、ここはランド王国とは違うしね。昨日会った傭兵も人も言ってたけど」
「あんな幼い子まで……」
まるでペットのように首輪をつけている少女のことを、悲しそうにレティナが見つめている。
見た目はルナとゼオと同じ歳くらいの男の子。
きっとあの子はどうしようもない理由で奴隷に落ちたのだろう。
一般的にはお金に困って盗みを働いたか、借金を抱えた親に売られたかだが、この街では力で全てが解決してしまう。
親と無理やり引き離された可能性もあるのだが……俺には手を差し伸べることもできない。
はぁ、とため息を吐き、俺は意識を切り替える。
「レティナ、ギルドを見に行かない? ちょっと気になってて」
「うん、いいよ。Sランク冒険者とかいるのかな?」
「んー、どうだろ。居てもあまり仲良くはしたくないな」
「なんで?」
「面倒事に巻き込まれそうだから」
そう言うと、レティナは苦笑した。
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