第212話 探索②


 あれから数十分程歩いた俺たちは、ロロウさんに教えてもらったアーラ王国唯一の表ギルド<砂漠の翼>に辿り着く。

 ただ一つしかないギルドと言うので、<月の庭>と同じくらいの大きさだと思っていたのだが、予想よりも小さい建物だった。おそらく<月の庭>の半分くらいの広さだろう。


 「えっと……まさか誰もいない?」


 扉が開いてあるにも関わらず、中には冒険者どころか受付嬢すらも見当たらない。


 「とりあえず、入ってみようよ」

 「うん、そうだね」


 レティナの言葉に頷き、ギルドの中に足を踏み入れる。内観は特別変わったギルドということはない。

 ただ違和感があるとすれば、掲示板に依頼が一枚も張ってないところだ。


 本当にギルドとして機能しているのか?


 そんな疑問を抱き、辺りを見渡していると、


 「ん? 誰か帰ってきたのかー?」


 受付の扉から一人の女性が顔を出す。

 その女性は俺たちの格好を見て、訝し気な表情を浮かべた。


 「どこのもんだい」

 「えっ? どこのもんって?」

 「とぼけるんじゃないよ。そんな顔を隠して、怪しいったらありゃしない。素直に答えな」

 「えっと、すみません。何か勘違いしていると思うんですが、俺たちはただこのギルドを一目見ようと入っただけです」

 「ああん?」


 き、気の強い受付嬢だなぁ。


 この国が暑いからなのか、ピシッとした服装のランド王国の受付嬢とは違い、少しだらしない服装の彼女。

 <砂漠の翼>のシンボルマークが服の鎖骨辺りに縫い付けてあることで、受付嬢だと判断できる。


 目を細めて近づいてくる受付嬢に、敵意が無い事を示すためじっとしていると、その受付嬢は少し屈んで俺を見上げた。


 「見たことない面だねぇ」

 「は、はい。本当にただ見学に来ただけなんで」


 あぁ、良かった。

 俺の顔を知らないようだ。


 とりあえずその事に安堵する。

 すると、受付嬢は次にレティナの顔を確認した。


 「へ~、べっぴんさんじゃないか。旅人かい?」

 「はい、そうです」

 「そうか……ふぅ、疑ってすまなかった。貴族の回しもんかと思ってね」

 「いえいえ」


 貴族の回し者って……そこまで警戒しなければいけない状況なのだろうか?


 「あの聞いてもいいですか?」

 「ん? なんだい?」

 「貴族が来ると何かまずい事でもあるんでしょうか?」


 俺は何も知らないていの表情を装う。

 その表情に騙されたのか、受付嬢は困った顔をしながら口を開いた。


 「あぁ、うちらは嫌われもんの集団だからね。この国の情勢くらいは知ってるだろ?」

 「まぁ、なんとなく」

 「力と金で犯罪が横行している国だ。その犯罪をうちらが食い止めているのさ」

 「えっ? それはいい事では?」

 「市民にとってはね。ただ貴族にとってはうちたちが邪魔で仕方がないんだよ」


 あぁ、なるほど。

 確かに自分の思い通りにできる世界で、それを止めようとするこのギルドは邪魔になるか。

 でも、表ギルドと呼ばれてるだけあって、他の国とやってることはあまり変わらないな。正直ホッとした……あれ? でも、待てよ?


 「それって女王も同じことを考えてるんじゃないんですか?」

 「ん?」

 「力と金の世界にしたのは女王ですよね? その女王からすれば、このギルドがやっている正義は異物だと捉えられてしまうんじゃ?」

 「あぁ、それなら大丈夫。このギルドは女王公認だからね」

 「えっ?」

 「力というのは色々使い道があるだろ? 貴族のように人に乱暴して言いなりにさせるのが力というなら、市民をその脅威から守るというのも力だ。だから、うちらが目を付けられているのは貴族だけさ」


 ……なんだろう、この違和感。


 俺は受付嬢の言葉に引っ掛かりを感じていた。

 確かに受付嬢が言っている言葉には、筋が通っている。だが、女王の思考が全く読めない。

 何故このギルドの存在"だけ"容認したのか。

 どれだけあったのか明らかではないが、この王国には沢山のギルドが存在していた。だが、その多くは女王の手で潰されたと聞いている。

 単純に俺はその潰された理由が、女王の脅威になるからだと考えていた。ただその理由から考えれば、このギルドも潰されるべき対象だ。

 正義を胸に宿している者たちが、女王のことをよく思っていない連中だと察せれない馬鹿ではないだろう。


 他のギルドが弱くて、このギルドが一番強かった。

 だから、唯一残された。それなら、理屈は通っている。

 でも、腑に落ちないな。

 どちらかと言えば、このギルドを主体に反乱が起きるのを待っていると言われた方がしっくりくるくらいだ。


 「それにしても、よくこの王国に来ようと思ったねぇ」


 思考に更けていた俺は、受付嬢のその言葉で我に返る。


 「ま、まぁ人生の経験で……」

 「はぁ!? それで彼女も連れて来たって言うのかい!?」

 「か、彼女……」


 受付嬢の憤りとは別に、レティナはほっぺを少し赤く染める。


 「なんだい? 彼女じゃないのかい?」

 「いや、もちろん彼女です! 何があっても守ろうと考えて来ました!」

 「はぁぁ……そんな高らかに宣言されても」


 俺とレティナの関係は恋人同士という方が何かと都合がいいだろう。

 だから、レティナさん。

 悶えるのは後にしましょう。

 次のフォローは考えれません。


 「まぁ来てしまったなら、もう何言っても仕方ないね。一応腕っぷしには自信があるんだろう?」

 「はい、一応ですが」

 「そうか。でも、もし本当に困った事になればここに来な。いつでも助けになってあげるよ」

 「はい、ありがとうございます」


 検問していた傭兵もそうだが、出会う人たち皆心根が優しい人ばかりだ。


 独裁国家じゃなければ、いい国なのにな。

 まぁ、暑いのは嫌いだけど。


 「そういえば、他の冒険者の方って?」

 「今は街の巡回をしてる。この地区だけじゃなく、他の地区にもね」

 「へ~、なんだか警備隊のような事をしてるんですね」

 「ようじゃなく、警備隊そのまんまだよ。国に属している者は何もしてくれないからね」

 「えっ、でも流石にこのギルドだけで巡回してるってわけではないんですよね?」

 「このギルドだけに決まってるじゃないか。他の人が同じことをすれば、すぐに殺されてしまうよ」


 それは大変すぎるな。

 受付嬢の話に少し動揺してしまう。

 確かに一般的な警備隊は国と連携を取っている。

 だが、市民間で結束する警備隊もあるにはあるのだ。

 なので、そういう結束の取れた集団がこのギルドと共に、街の治安を守っているだろうと思っていた俺はどうやら甘かったらしい。


 まだそういう場面に出くわしてなかったから、麻痺してたけど……この王国は危険だと飽きるほど聞かされたっけ。


 このギルドに属している者がどれだけいるか分からないが、建物の規模を見るにそう多くはないだろう。

 そんな人数でこの広い王国全ての人間を守れるはずがない。

 それに守ることも命懸けだろう。


 そうして考えることで、違和感のあった掲示板の謎が解けた。

 ここの冒険者は別なようだが、市民は他の地区に行くことができない。

 だから、依頼として仕事を受ける場合ルガヴィフ家の地区限定になる。

 そうなれば、グロドルー家とシュバーデン家の地区の人たちを見捨てることになってしまう。

 できるだけ平等に人を救うのなら、人手も少ないことだし、個人的な依頼はあまり受けずに、巡回という形で市民を守る方が合理的ではある。


 なんか話を聞いてると、協力したくなってくるけど……


 「レンくん」

 「うん、分かってる」


 このままここに居ればもっと情が移ってしまう。

 そろそろおいとましようと考えた俺はレティナの手を握る。


 「受付嬢さん。俺たちそろそろ時間なので、この辺で失礼しようと思います」

 「あぁ、一応言っておくが、シュバーデン家の地区には気を付けな。あそこが一番治安が悪いからね」

 「分かりました。色々とありがとうございました」

 「いや、いいよ。また暇だったらいつでもおいで。うちは留守番でずっとここに居るから、暇なんだよ」

 「はい、約束はできませんが。では」


 受付嬢に礼を取り、歩き出そうとした。

 だが、


 「レンくん、まだ聞いてないことあるんじゃない?」

 「えっ?」


 聞いてないこと……?

 何かあったっけ?


 う~んと考えても答えが出せない俺に、レティナは視線を外に向ける。


 「あっ」


 その視線の先にはぎょろぎょろと目玉を動かすあの物体があった。


 「すみません、最後に聞きたいんですが、あの赤い目玉って何か分かります?」

 「ん~? あれのこと? 何かはよく分からないけど、ずっとこの街にあるもんだよ」

 「……なるほど」


 受付嬢は不審にも思っていないらしい。

 その事実に納得した俺は、ポーカーフェイスを装う。


 「そうですか。少し気になっただけなので、気にしないでください。では、行きますね」

 「ん、気を付けて」


 手を振る受付嬢と別れ、街の中を歩く。


 「やっぱり催眠なのかな」

 「それが一番有力だね」


 あの赤い目に聴覚があるかは分からないが、ここまでの小声は聞き取れないだろう。


 「レンくん、私思ったんだけどルーネさんもリリーナさんもあの赤い目のことは知らなかったんだよね?」

 「うん、そうだよ」

 「それって多分、この王国を出る際に記憶から消されてるんじゃないかな? あの人は赤い目のことを認識できていたみたいだし」


 俺もレティナと同じことを考えていた。

 マスターはともかくリリーナはこの王国に足を踏み入れた。

 ということは、あの赤い目を必ず見たはずだ。

 でも、リリーナはそれを覚えていなかった。


 他国の者は記憶から消し、自国の者は赤い目に疑問を抱かない。

 そういうような催眠を掛けているのだろうか。

 それなら、カルロスだけが覚えていた理由にも納得できる。

 あいつは催眠の耐性が付いているから。


 「まだ分からないことだらけだな」


 時間はある。

 まだこの王国に来て一日も経ってないのだ。

 慎重に行動しよう。


 「ねぇねぇ、レンくん! あれ見て! アイスクリーム屋さんがあるよ!」

 「う、うん、そうだね……」


 慎重に……ね。

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