第203話 メイドの二人


 「うっ、気持ち悪い」


 昼食を食べ終えた俺はカレンを<月の庭>まで送り、口を押えながらリリーナの屋敷へと向かう。


 何故俺がこんなにも気分が優れないのかと言うと理由は単純だ。

 それはカレンが見境なく料理を注文し続けたからだ。

 少し食べては、 「レオンさん、これどうぞ!」 少し食べては、 「レオンさん、これもどうぞ!」 と、テーブル一杯に並んだ料理をほとんど俺が平らげた。


 アリサさんもきっと俺と同じ経験をしたんだろうな。だから、あんな事を……


 まだリリーナのお母様が作ってくれた料理の方が少なかったな、とあの時のことを思い出しながら、ゆっくりと歩き先程食べた料理を消化する。

 すると、段々と体調が楽になっていくのを感じた。


 それから数十分掛けてリリーナの屋敷に辿り着いた俺はチャイムを鳴らす。


 いつ見ても大きな屋敷だなぁ。


 そんな事を思っていると、柵越しに見える玄関口から何度か顔を合わせたことがある執事が姿を見せた。


 「ようこそお越しくださいました。どうぞ、お入りください」

 「は、はい」


 いつ来ても慣れない対応をされつつ、いつも通りに応接室に案内される。

 リリーナが来るまで少し時間が掛かるらしいので大人しく待っていると、突然コンコンッとノック音が響き、扉が開いた。


 「あっ、レオンさんこんにちは」 

 「おっ、エミリーとニナ。こんにちは」

 「こんにちは」


 メイド服を着た二人が会釈をして、俺の対面に座る。

 一人は俺と一緒にマリン王国に行ったエルフのエミリー。歳は確かルナが五百歳と言っていたが、そうは思えない程綺麗な女性だ。

 もう一人はサキュバスのニナ。

 サキュバス特有の事情があり、無断で離れの屋鋪に住み着いていたが、今はリリーナの許可を得て、住み込みメイドとして頑張っているようだ。


 「どうしたの? 二人とも」

 「レオンさんがお暇なようなので、話し相手にでもなれたらなと思いまして」

 「あぁ、そっか。わざわざ気を遣ってくれてありがとう」

 「レオン様、リリーナ様はもう少しでいらっしゃいます」

 「う、うん……えっと、何度も言うけどその様付け止めない? 俺は気にしないから」

 「いえ、何度も言いますが、それはできません。エミリーさんからお客様にはそれ相応の態度を示すこと、と教えられたのですから」

 「ふ、ふむ」


 ニナは現在メイド育成期間中だ。

 今まで接客という仕事をしたことがなかったためか、メイドになった当初は言葉遣いがたどたどしかったらしい。

 今はもうその時の面影はないのだが、やはり大貴族の屋敷で働くとなると、もっと上の対応が求められるのか、断固として口調を崩してくれない。


 まぁこれ以上言うのは止めとくか。

 これも一種の仕事だろうし。


 「それはそうと、レオン様。今日はルナ様とゼオ様はいらっしゃらないのでしょうか?」

 「うん、今日は大事な話があってね」

 「そうなのですね。レオン様ともなると、いつもお忙しいのではないでしょうか?」

 「あ、あぁ。まぁ……」

 「やはりそうですか。お疲れのようなら、リラックス効果のあるハーブティーをご用意致しますが」

 「い、いや、大丈夫だよ。ありがとう」


 ごめん、ニナ。

 ほとんど拠点で自堕落してるから、少しも疲れてないんだ。


 ニナの心遣いに気まずい思いを抱きながら、紅茶が入っているカップを手に取った。

 二人がここにやってきてから、まだ数分間しか経っていない。

 その数分で俺はずっと意識していることがあった。


 それは今にも飛び出してきそうなニナの大きな胸を見ないようにすることだ。

 エミリーの方は普通なのに、ニナのメイド服はぱっつぱつ。

 正直な話、出会った当初に着ていた胸元が露わになっている衣装よりもぐっと来るものがある。

 きっとこれは俺に対する試練なのだ。

 目線を少しでも下げれば、おそらく下心を持っている事がばれてしまう。

 そして、そうなった時には今まで積み上げた関係が崩れ、ごみを見るような目つきに変わってしまうだろう。


 な、何か……冷静になれる方法は……あっ、そうだ。

 カルロスの顔を思い出そう。

 あいつが頬を赤くさせて、俺に照れてる姿を…………うん、なんかもう大丈夫そうだ。

 ハーブティーよりもよっぽど効果があるなこれは。


 すんっとした気持ちのまま、紅茶を啜ると、


 「レオンさん、お聞きしたいことがあるのですが……」


 何故か不安そうな表情をしたエミリーがそう言葉にした。


 「ん? 何?」

 「えっと……今日いらっしゃったのは、アーラ王国の件ですか?」

 「うん、そうだよ」

 「このような身で言うのもおこがましいとは思うのですが……どうか同胞を助けてあげてください」


 少しだけ震えているエミリーは、ぎゅっと拳を握る。

 大貴族のメイドがSランク冒険者にお願い事をするなど、あってはならない話だ。

 一つ間違えば主の支柱を揺らすほどの発言になるだろうから。


 それを理解していてもなお……心配なんだな。


 勇気を振り絞って口にしたエミリーに向けて、俺は安心させるように微笑んだ。


 「俺ができることはするつもりだよ」

 「ほ、本当ですか?」

 「うん。だから、リリーナに話をしに来たんだ。色々と情報が欲しいからね」

 「……っ。ありがとう……ございます」


 俺の言葉に安堵したのか、エミリーは涙ぐむ。

 そんな彼女を慰めるように、隣に座っていたニナは背中をさすった。


 そうして、数十分経った後、


 「レオン、待たせてすまないね」


 と、リリーナが姿を見せた。


 「いや、全然大丈夫だよ。二人が居てくれたから、退屈しなかった」

 「そうか。ありがとう、エミリー、ニナ。もう下がっていいぞ」

 「はい、分かりました」

 「レオン様失礼します」


 リリーナと交代するように、二人は扉から出ていく。

 パタンっと扉が閉まると共に、立ったままのリリーナは俺に視線を向けた。


 「隣はダメだよ」

 「なっ!? べ、別に隣に座ろうなんて思ってないぞ!」

 「そっか。なら、良かった」

 「……これも全部エミリーのせいだ」


 リリーナは口を尖らせらながら、対面に座る。


 ふむ。

 先手を打っといて良かった。

 エミリーが居ないとすぐ隣に座って来るんだから。


 「ふぅ……とりあえずレオン、話したいことがあるというのはなんだい?」

 「もちろんエルフの事だよ。昨日、ルナとゼオが襲われてね」

 「っ!? ぶ、無事だったのか!?」

 「あぁ、最悪な事にはならなかった。でも、さすがに看過できない問題だと思ってね」

 「そうか……身近で実害が出るなど、想像もしていなかったよ」

 「マスターに聞いたんだけど、最近リリーナはアーラ王国に行ってたよね? どうだった?」


 ほっと息を付かせたのも束の間、俺の言葉に険しい表情をするリリーナ。


 ……これは何も進展してなさそうだな。


 そう察した俺は、残念な気持ちを抱いたまま彼女の言葉を待つのであった。

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