第202話 アーラ王国の情勢


 「ふむ、何やら深刻そうだな……アリサ、一度外してくれ」

 「はい、分かりました」


 時刻は午前十時頃。

 ギルドマスター室で何やら資料の整理をしていたアリサさんは、俺に小さく手を振って部屋から出ていく。


 「それで? 今回は何をやらかした?」

 「いや、そんな真顔で言われても、まだ何もやらかしていませんよ」

 「まだ?」

 「……まぁとりあえず話を聞いてください」

 「……仕方がない。とりあえずそこに座れ」


 立ちっぱなしだった俺は、マスターの善意に甘えてソファに座る。

 そして、昨日あった出来事を話し始めた。



















 「なるほどな」

 「マスターは知っていましたか? アーラ王国が他国のエルフを攫っていると」

 「あぁ、もちろんだ。王国からもリリーナからも話は聞いている」

 「じゃあ、やっぱり本当なんですね……」


 昨日男から聞いた話には信憑性があった。

 だが、全てを信じていたわけではない。

 ただマスターにもその話が回っているとなれば、信じざるをえないだろう。


 俺はすぅーっと一呼吸入れて、口を開く。


 「マスター、アーラ王国の事を詳しく教えてくれませんか?」

 「……一つ聞かせてくれないか?」

 「は、はい」

 「あの国の事を知って、君は何をするつもりだ? まさかシュバーデンを殺すわけではあるまいな?」

 「……最悪殺します。ただ、正直まだ分かりません」


 素直な俺の言葉に、マスターは考え込むように顎を触る。

 嘘や誤魔化しはきっと今の状況で通じない。

 それにもしもここで断られても、リリーナに聞けば教えてくれるだろう。

 俺は一応彼女の専属冒険者なのだから。


 「はぁ……冒険者の言う台詞ではないが、まぁいいだろう。だが、言っておくぞレオン。仮にその貴族を殺し、君たちが追われるようになったとしても、私の手ではどうすることもできんからな」

 「承知の上です」


 こんな事を言ってるけれど、きっとマスターはいざそういう状況になれば、救いの手を差し伸べてくれると思う。

 もちろんそれに甘えるような事はしないが、不思議とそう確信できる。


 俺の覚悟が伝わったのか、マスターはやれやれといった表情で口を開いた


 「あの国はな、レオンが思っている以上に厄介な国だ。昔は違ったが、王が成り代わってから情勢が一変した」

 「あぁ、それは聞きました。なんか力と金の世界だって」

 「そうだ。強き者と多額の金を国に治めている者は何をしても許される」

 「何をしてもって、具体的には?」

 「その言葉通りだ。人を殺めても、攫っても、裁けるのは女王だけだな」

 「終わってますね……」


 ドッドッと黒い感情が押し寄せる。


 そんな国が国として本当に機能しているのだろうか? すぐ市民たちが暴動を起こしそうだが……


 「あぁ、私もそう思うよ。民を守るはずの騎士団は女王を守ることだけに専念し、ギルドは女王の命令によってほとんどが潰された」

 「……俺ならそんな国すぐ出て行きますけど」

 「それはもちろん国外に出れない理由がある」

 「というと?」

 「一つは恐怖心だ。女王が自ら指揮し、反旗を翻した者たちを鎮圧させたおよそ十一年前の出来事。国民の半分が命を失ったあの事件は、とても残忍でとても惨たらしいものだったらしい」

 「……なるほど。つまり国を出ることも命懸けだと」

 「そういうことだ。もう一つの理由は、一般的にあの国から外に出られる者は限られている。商人や貴族といった国外に逃亡しなそうな者を選別しているそうだ」


 ふむ、なるほど。

 確かにあの男二人もシュバーデンっていう貴族に心酔しているようだった。

 薬品を掛けた者は言わなくても分かるが、俺に情報を教えてくれた奴だって、あのまま逃がしてあげれば、おそらくアーラ王国に帰ったことだろう。


 ……なんか聞けば聞くだけ行きたくない国だな。


 そんな事を思いつつ、俺は疑問に思っていたことを口にする。


 「逆にアーラ王国に入国する際はどうなるんでしょう? カルロスはそこのところ何も言ってなかったんですが……」

 「あぁ、確か今は力試しか金貨一枚で入国できるぞ?」

 「金貨一枚って高すぎるでしょ……それに力試しってなんですか?」

 「いや、私も詳しくは知らんが、おそらく誰かと決闘するんじゃないか?」

 「決闘ねぇ……」


 絶対カルロスはそっち選んだだろ。


 「出国する際もその二択なんですか?」

 「いや、他国の国の者はいつでも出国できるらしいぞ」

 「へ~」


 入国する時だけ厳しい条件で、後は基本自由ってことか。

 でも、流石マスターだな。質問に対して、ちゃんと答えが返ってくるのはとても助かる。


 「……あの国に行くつもりか?」

 「……どうでしょう。正直国がちゃんと対応してくれれば、俺もわざわざ出向く必要はないと思ってますが」


 自分の手で罰を与えたいのはもちろんだが、大貴族を暗殺して疑われることは避けたい。

 マリーも言っていたが、それがばれてしまえば周りにも迷惑……いや、迷惑どころの騒ぎで収まりきらなくなってしまう。


 「ふむ。対応はしているようだが、どうやら時間が掛かるみたいだぞ。リリーナにも話を聞いてみたらどうだ?」

 「はい、この後聞きに行くつもりです」


 今朝起きた時、リリーナから伝魔鳩アラートが届いていた。

 『時間が空いている時間帯を教えてくれ。話したいことがある』 という俺の手紙に、『今日の昼からなら何時でも空いている』 という内容が返ってきたので、リリーナの屋敷に行く前にマスターに話を聞きに来たわけだ。


 「ほう、もう帰ってきていたのか」

 「何処かに行っていたんですか?」

 「あぁ、君が今話していたアーラ王国にな」

 「なるほど、じゃあ、ちょうど良かったです」


 本当にタイミングがいい。おそらくエルフの件で話し合いをしに行ったのだろう。

 もしかしたら何か進展しているかもしれない。


 俺はそう思うと、ソファから腰を浮かした。


 「マスター、ありがとうございました。俺、リリーナのところに行ってきます」

 「あぁ、また何か決まったら教えてくれ。絶対にな?」

 「は、はい。言いますよちゃんと……」


 ぎらついている目でマスターはそう圧を送ってくる。

 これは普段俺が隠し事ばかりしているせいだな。日ごろの行いというやつか。


 「で、では……」


 気まずくなった俺は会釈をした後、出ていくために扉に近づく。

 だが、ふっとまだ聞いていなかった事を思い出した。


 「あっ、そういえば最後に……なんかアーラ王国の至る所に変な目があるって聞いたんですけど」

 「……? 変な目?」

 「は、はい。カルロスが監視されてるみたいで気持ち悪いって……」

 「なんだそれは? 私は知らんぞ?」


 本当に初耳なのか、マスターは首を傾げている。


 知らないってそんな事あるのだろか?

 アーラ王国が他国から来た者にも、出国を制限しているなら聞いたことがないという理屈が分かる。

 だが、特にそんな制限を掛けてないのに何故知らないのだろう。

 監視されているような不気味な目なんて、誰が見ても印象に残って噂が広がっていると思うのだが……


 「……知らないなら大丈夫です。色々と教えてくれて、ありがとうございました」

 「うむ」


 俺はそう言って、ギルドマスター室を後にした。

 疑問が解消されない状態ではあるが、仕方がない。

 とりあえずリリーナに聞いてみよう。カルロスの話が本当ならば、リリーナは変な目の事を知っているはずだ。


 割と長話をしていた為か、少しお腹が空いてきた。


 う~ん、何処かで昼食を取るか。


 ギルドの二階から一階へ降り、出口に向けて足を進めていると、


 「あっ! レオンさん!」


 背後から元気な声で呼び止められる。


 「おっ、カレン。居たんだ?」

 「もちろんですよ。私は年中お仕事です。褒めてくれてもいいんですよ~?」

 「あー、凄い凄い」

 「棒読みなんて嬉しくなーい!」


 不満そうな顔をしているも、カレンはどこか嬉しそうだ。


 こうして話してるのはいいが……


 「おい、あれ深淵か?」

 「そうみたいだな。あの新人と随分仲良さそうだけど……」


 カレンが遠慮なしに話しかけてきたせいか、ひそひそと話し声が耳に届いてくる。


 めんどくさそうな事になる前に、早くこの場から立ち去るか。


 「じゃあ、カレン。俺急いでるからまたね」

 「何処か行くんですか?」

 「うん、まずは腹ごしらえから」

 「あっ、じゃあ、私も行きます!」

 「し、仕事は?」

 「今から休憩を取ろうと思っていたんです!」


 俺の了承も無しにカレンはアリサさんの元へ走っていく。


 ふむ、本当に元気だな。

 その活力を少しだけでもいいから分けてもらいたい。


 一人で立っているのも目立つので、俺はカレンの後に続く。


 「って、言うことなんで休憩とってもいいですか?」

 「えぇ。もちろんいいわよ」

 「やった! あっ、レオンさん。許可貰いました!」

 「ふむ。カレンが居なくても回る職場だと……」

 「!? 言い方酷くないですかー? そんな事ないですよね? アリサさん」

 「んー、そうねぇ……」

 「!? そんな真剣に考えることあります!?」

 「カレン、元気出せよ。まぁそれはそうと、アリサさんも一緒にどうですか?」

 「お誘い自体は有難いけどごめんね。私が抜けたらそれこそ本当に回らなくなっちゃうから」

 「そうですか……」


 まぁここは王都唯一のギルドだし、昼間と言っても冒険者は沢山訪れる。

 受付嬢二人も同じ時間に休憩を取るのは、流石に無理か。

 そう納得すると、


 「レオンさん! こうなったらやけ食いです!」


 カレンが鼻息を荒くさせながら、出口へと歩いていった。


 「レオン君、あの子少食だから注意してね」

 「は、はい」


 注意ってあまり食べさせないようにってことだろうか?


 よく分からず返事をした俺は、ずんずんと進んでいくカレンを追った。


 ……よくよく考えたら、俺美味しい店とか知らないな。

 まぁ、適当でいいか。

 王都の大通りならまずい店なんて無いと思うし。


 そんな事を考えながら、俺はカレンに追いつきそのまま歩みを進めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る