第200話 拷問部屋②
「シュバーデン様はアーラ王国の三大貴族だ……」
「アーラ王国……?」
この国の貴族ではないことに内心驚きつつ、俺は腕を組みながら男の話を聞く。
「あ、あぁ。屑だった俺たちを拾ってくれて、雇ってくれたんだよ」
「ほう」
要は使い捨ての駒みたいなものか。
「んで、そいつの命令って?」
「め、命令はエルフを攫ってくることだ。あいつらは金になるからな」
「……へ~」
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
言い方を考える頭は持ってないのだろうか。
今すぐにでも殺してしまいそうだ。
「それであの二人を……ね?」
「ま、待ってくれ! 俺はもうそんな事しねぇ! ま、魔が差しただけなんだよ、旦那」
「……」
「そ、そんなに疑うなら俺が知ってる情報全部喋ってやる。な?」
「ほう」
「な、何が聞きたい? 何でも答えるぜ? へ、へへっ」
「じゃあ、君たち以外にもこの国に来た奴は?」
「い、いねぇと思う。た、ただ他の国にも俺たちみたいな奴が送り込まれてるらしい」
「らしいか……随分と曖昧なんだね」
「か、勘弁してくれよ。俺らは下っ端の下っ端だ。上のもんの話を聞く機会なんて滅多にねぇんだ」
ふ~む。嘘を吐いているようには思えないな。
事実かどうかは今のところ判断がつかないが、現にこいつらはルナとゼオを攫おうとしていた。
信憑性は十分にあるだろう。
それにしても、こんなにもあっさりと喋ってくれる奴を送り込むなんて……三大貴族と言ってもずさんすぎないか?
アーラ王国が他国のエルフを攫っている。
この事が国の耳にでも入れば、大変な事態になるのは目に見えているはずだ。
最悪戦争ということにも発展しかねない。
「君さ、口止めとかされなかったわけ?」
「さ、されてねぇよ。あの国はいかれてっからな」
「どういうこと?」
「十年位前だっけな。王が変わっちまって、独裁国家? っつのになったんだ」
「へ~」
「女王の命は絶対。だが、基本は力と金が全ての世界。それがアーラ王国だ。だから、外に情報が洩れても構いやしねぇ」
「……なるほど」
つまりそれで戦争に発展しても、武力で抑えるつもりということか。その三大貴族とやらも、もしかして女王に命じられたのかもしれないな。
「だ、旦那は本当に何も知らねぇんだな。そん時に国民の半数は死んだんだぞ?」
「は、半数も?」
「あ、あぁ」
俺が今まで読んでいた本は、ほとんどが娯楽か魔法書だ。この王国の歴史すらあまり知らないのに、アーラ王国の情勢など知ってるはずがない。
だが、国民の半数が亡くなるなんて……一体何があったんだ?
この男に聞くのもありだが、それ以上に詳しそうな知り合いは二人ほど思い当たる。
その二人にでも聞いてみるか。
そんな事を思っていると、先程薬品でのたうち回っていた男が、反抗的な目をして口を開いた。
「こ……の件……で……シュバーデン様が……お動きになる……ぞ……」
「て、てめぇはもう黙ってろ!!」
自分の命が余程惜しいのか、情報を喋ってくれた男が怒号を飛ばす。
別にあっちから来てくれるのなら願ったり叶ったりだけど……多分来ないだろうな。
貴族というのは余程な事がない限り、人前に姿を出さない。自分の手は汚さず、他人に任せるところがあいつらの汚いやり方だ。
「へ、へへっ。すまねぇな、旦那。他には何かあるか?」
「う~ん」
こいつらの上にいる者の名は聞けた。ルナとゼオを攫おうとした理由も聞けた。
他にも気になることはあるが、別にそれはこいつからじゃなくていい。
「ないかな」
「な、なら、もういいか?」
「もういいって?」
「お、俺を開放してくれよ。もちろん俺はもう何もしねぇ」
「……ふむ」
薄ら笑みを張り付けている男を見下ろす。開放するわけないし、許すつもりも毛頭ない。
だが、こいつはちゃんと情報を素直に喋ってくれた。
聞くことはもうないし……痛みを感じさせずに殺してやるか。
「
俺は
「!? お、おいおい……う、嘘だよな?」
「何が?」
「お、俺は言う通りに話したぞ!」
「そうだね。でも、誰も助けるなんて言ってないよね?」
「や、止めてくれ!! 頼む!! し、死にたくねぇ……死にたくねぇ……か、母ちゃんが待ってんだ……一人で俺の帰りをよぉ……うっうっ」
男は情けなく泣き出し、顔を俯かせた。
もし仮にだ。
ルナとゼオに力が無かったらどうなっていただろうか。
答えは簡単でこの男たちに攫われ、アーラ王国で酷い目に逢っていた事だろう。
その事を考えればこいつらに同情する余地もない。
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
ぐつぐつと煮えたぎる黒い感情はもう限界まで達していた。
「安心してよ。痛みは無いから」
「止めてくれぇぇぇぇぇ」
剣を振り上げた俺に、叫び声を上げる男。
あぁ……何度見てもこの表情はたまらない。
恐怖し、絶望し、生に縋り付く。
本当に無様で滑稽だ。
「じゃあね」
そう言って、首を刎ねようとしたその時、
「……レンくん。何やってるの?」
突然背後の扉がギィィッと開かれた。
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
どうしてこうタイミングよく現れるんだ?
<和の魔法>の時も、マリン王国に向かう行きの途中だって、俺は最後まで殺せはしなかった。
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
あぁ……もういいだろ……
レティナを無視して早くこいつの首を……真っ赤な血を……早く……早く!!!!!!
「だめだよ、レンくん」
ふっと甘い香りが鼻腔を刺激した。
柔らかな身体が俺を包み、いつの間にか振り下ろしていた剣は男の首寸前で止まっている。
あまりにも恐怖したのか、その男は白目を向いて失神していた。
「……どうしてきたの」
「レンくんが殺しちゃうと思って」
「当たり前だろ、ルナとゼオを狙ったんだ。許しちゃおけない」
「……こっち向いて、レンくん」
まるで子供の相手をするように優しく囁いたレティナは、身体を離す。
そんなレティナに俺は素直に従って、後ろを振り向いた。
「聞きたいことは聞けた?」
「まぁ……大体は……」
「そっか。じゃあ……
「……えっ?」
背後からゴトンッと何かが落ちる音が聞こえた。
振り向かなくてもその音が何の音なのかは分かる。
俺が殺そうとした男の首を落としたのだろう。
もう一人の方もおそらく死んでいるはず。
何故なら、レティナの魔法は二回放たれたからだ。
「……レティナ?」
あまりにも躊躇がなさすぎる行動に、俺は思わず動揺をしてしまう。
「後処理は任せて?」
「いや、なんで……」
「殺したかったんでしょ?」
どうして俺はこんなにも動揺をしているのだろう。
ふっと微笑むレティナから目を離せない。
冒険者なんて、いつも命の取り合いだ。
襲ってくる輩を皆殺さずに、捕縛するなんて方が珍しい。
レティナが人の命を奪っているところも何度も見たこともある。
でも……
(レンくん……私……私……うっ……うぅ)
何処か懐かしい記憶が脳裏を駆け巡った。
「レンくん……?」
ぐっと切なさが込み上げてきた俺は、レティナを抱きしめる。
レティナは昔から人を殺めることが好きじゃない。
初めて野党を殺した時でさえ、怖くて震えていたほどだ。
あぁ、だからか。
だから、俺はこんなにも動揺しているのか。
Sランク冒険者になる過程で、人を殺す事に慣れた。
きっとそういう事ではない。
レティナは……
「大丈夫、大丈夫。私がレンくんの代わりに全部やるから」
何も言えない俺の頭を優しく撫でてくれるレティナ。
おそらくレティナは、俺の為を思ってこうしてくれてるのだろう。
黒い感情が大きくならないように、俺が理性を失わないように、と願って心を無にしている……
いや、もう心が麻痺をして、何も感じなくなってしまっているという方が正しいのかもしれない。
レティナ……俺はもう大丈夫なんだよ。
四年前の記憶を思い出そうとしなければ、魔法が俺を守ってくれるんだよ。
そう言葉にしても、きっとレティナは素直に頷かないだろう。
救えない罪人は処理をするという俺の信念と、俺だけのことを考えるというレティナの信念は、そう簡単に変えれるものではない。
「レンくん、ルナちゃんとゼオ君のところに行ってあげて?」
穏やかに微笑むレティナに、
「……分かった」
という返事をして、身体を離す。
後処理を手伝うと言っても、どうせ聞いてはくれない。
なら、今はこのまますぐに立ち去った方がいいだろう。
「……ごめんね。レティナ」
俺がこうなってしまってから、レティナは色々と変わってしまった。
根本的な部分は同じだが、まるでレティナも闇に侵食されたように感じた。
鉄の扉を開き、地下の階段を上がる。
開けた扉は重厚感のある音を響かせながら、レティナを閉じ込めるようにゆっくりと閉まるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます