第199話 拷問部屋


 「ちょっと喉が渇いたな」


 時刻は午後二時過ぎ。

 自室で寛いでいた俺は、そう思いダイニングへと足を運ぶ。

 二階から一階に降りて、ダイニングの扉を開けた時、


 「あっ、レオンさん!」


 丁度よく帰ってきたゼオの声が聞こえて、ぱっと視線を向ける。


 「えっと、おかえり……」


 こ、これは触れない方がいいのだろうか。


 俺は目の前の光景に困惑していた。

 ゼオの隣には何処か複雑そうな表情をしているルナが居る。

 だが、問題はそこではない。

 では、何が問題なのか。

 それはゼオが引きずってきたであろう二人の男の存在だ。


 面倒事じゃなければいいけど……


 「ただいまです。レオンさん、今何してました?」

 「えっ……水を飲もうとしてたけど……」

 「あぁ、なら良かったです」


 普段しっかり者のゼオが今は怖く見える。

 そりゃそうだろう。

 突然気を失っている男を連れて帰って来たかと思えば、ピリピリとした雰囲気で微笑んでいるのだ。


 「こいつらの処遇、レオンさんに任せます」


 首元を掴んでいた二人の男を俺に放り投げるゼオ。

 その行動に尋常ではない何かを悟った俺は口を開く。


 「……何があった?」

 「こいつら突然僕たちに襲い掛かってきたんですよ」

 「……ほう。それ街中で?」

 「はい。すぐそこですよ。馬車でつけられてるなとは思ってたんですけど……」

 「へ~」


 随分と舐めたことをしてくれるじゃないか。

 ルナとゼオが俺たちと一緒に居るところなんて、街中の人に見られてるはずだ。

 にも拘らず、手を出そうとするとは……


 (殺せ。)


 黒い感情がどくどくと溢れ出す。


 「本当は殺るつもりでしたけど、お姉ちゃんに止められちゃったんですよね」

 「レオン……」


 ルナが少し上擦った声で俺を呼ぶ。

 俺の前に転がっている男どもに襲われたためだろうか。それとも、いつもとは違うゼオの様子に怖がっているのだろうか。


 まぁ、どちらでもいい。


 (殺せ。殺せ。)


 ネックレスを握りしめれば、この声も消えて無くなる。だが、そんな事をする必要はなかった。

 何故なら、こいつらは俺の大切な人狙ったのだ。

 死で償う以外で許されるべきではないだろう。


 「……二人は俺の部屋で待ってて。カルロスの部屋でもいいから」

 「分かりました」

 「……」


 俺の言葉にルナとゼオは二階へと上がっていく。


 はぁ……二人で外を出歩かせたのは早すぎたんだろうか。


 エルフの奴隷解放からもう半年以上が経つ。

 スカーレッドの件が解決した後、マスターは<三雪華>と<魔の刻>の名を用いて、約束通り市民に再度告示してくれた。

 その甲斐あってか、ルナとゼオと出掛けても、以前のような軽蔑した眼差しは向けられなくなった。

 だからこそ、最近二人だけで外に遊びにいくことを許したのだが……


 「……お前らみたいな奴がいるから」


 男二人の肩には大きな袋がかかっている。

 きっとこれで攫おうと企んだんじゃないだろうか。


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 ……うるさいな。まだだよ、黙ってろ。


 俺は男たちを引きずっていき、ある場所を目指した。

 玄関を左手に行き、扉を開ける。

 倉庫代わりとして使っているその部屋を抜けると、子供が数人程しか寝れない小さな部屋の中で立ち止まった。


 「久しぶりに使うな」


 絨毯を捲り、床にある取っ手を掴む。

 そして、上に持ち上げると地下へと続く階段が現れた。俺は男二人を引きずりながら、その階段を下りていき、鉄の扉を開く。


 鉄格子の柵に、数個の椅子。

 戸棚には危ない薬品が沢山並んでおり、ロープなども完備されているこの部屋は、昔から俺たちが使っている尋問用の部屋だ。

 いや、正しくは拷問部屋と言った方がよいだろう。

 情報を吐かせるためには苦痛が必要だと考え、一時期救えない罪人に対して様々な実験を行った。

 ブラックに掛けた痛覚遮断ペインカットもその一つだ。


 それにしても全然起きる気配がないな。階段の段差でお尻を打ち付けてたのに。

 ……まぁとりあえず、水でもかけるか。

 痛覚や恐怖を感じさせるのは、意識を取り戻してからの方がいい。


 俺はそう考えると、二人をロープで椅子に固定させる。

 そして、バケツを用意し、水が出る魔道具に触れた。


 レティナは今、何してるんだろう。

 自室に居ると思うけど、見つかったらめんどくさそうだし、早めにやるか。


 水がいっぱいいっぱい溜まったところで、魔道具に触れ水を止める。

 そして、俺は迷うことなく二人に浴びせた。


 「ぼひぇっ……ほえ?」

 「あぶぶっ、ぺっ……な、なんだぁ?」

 「おっ、ようやく起きたね」


 間抜けな顔で辺りを見回す二人。

 そうして、やっと意識が覚醒したのか、声を荒々しく張り上げた。


 「な、何してんだ、てめぇぇぇ!!」

 「くそっ、動けねぇ!」

 「まぁまぁ、落ち着いてよ。君たちに聞きたいことがあるんだ」

 「てめぇ、俺らの上に誰が居るのか分かってんのか? あぁ?」

 「あっ、それ聞きたいな。誰なの?」

 「シュバーデン様だぞ!!」


 ……誰??


 顔を真っ赤にさせて怒っているが、全く聞き覚えが無い名前に俺は首を傾げる。

 どうやらこの二人は口は堅くないようだ。

 これなら色々と聞き出すのに苦労はしないだろう。


 「そのシュバーデンって奴がルナとゼオを誘拐してこいって?」

 「はぁ? 誰だ、そいつら。あのガキどもか?」


 ん? もしかしてあの二人を狙ったわけじゃなくて、たまたまだったのか?


 「おい、ガキ。これ解け。んで、あのエルフどもを大人しく渡せ。そうしたら、お前だけは見逃してやる」

 「……」

 「おい!! 聞いてんのか??」


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 まだだ。

 今じゃない。

 苦痛を与えてからじゃないと。


 「シュバーデンのこと教えてくれたら考えるよ」

 「ごたごた言ってねぇで早く解けよ!!」

 「……あんまり自分たちの立場を分かってないみたいだね」


 俺は男たちから視線を外し、戸棚から一本の薬品を手に取った。


 「確かこれだったっけ」

 「な、何しようとしてやがる!?」

 「どっちにしようかな……あっ、そうだ。有益な情報を教えてくれた方は特別待遇してあげる」

 「あぁ? 特別待遇だ? そんなもんいらねぇから、とっととこの紐解いてあのガキども渡しやがれ!!」

 「……じゃあ、君か」


 俺は命知らずな馬鹿の頭にその薬品を浴びせた。


 「!? か、か、かゆいぃぃぃぃぃぃいいいいい、あぁぁぁああああ」

 「っ!?」


 突然奇声を上げた男は、椅子と共に転げ落ち、地面に身体をこすりつけている。

 その光景に思わず、にやりと口角が上がった。


 「やっと理解できたかな?」

 「あぁぁあああああああああ」

 「お、お前何をした……?」

 「えっ? ただ身体が痒くなる薬品を掛けただけだけど?」

 「あぁぁあああああああああ」

 「……ひっ」


 痒身草と蚊王キングモスキートの体液を合成させたこの薬品は、皮膚表面に付くだけで耐え難い痒みをもたらす。

 それは皮膚が爛れてもずっと痒みが収まることがないくらいだ。


 「ひぃぎゃぁぁぁあああああああ」


 もう一人の男はやっと自分の立場を理解できたのか、失禁しながら転げまわる男を見ていた。


 う~ん、奇声を上げてる姿を見てるのもいいが、このままでは死んでしまう。

 二人同じ情報を持ってるとは限らないし、しょうがない。治してやるか。


 俺は戸棚からもう一つ薬品を取ると、血涙を流している男の上から掛ける。

 そうすると、男の症状は段々と軽くなってきたのか、奇声を上げることがなくなり、か細い呼吸で息を整え始めた。


 「あっ……あぁ……はぁはぁ……」

 「じゃあ、楽になったところで、シュバーデンって人のこと教えてもらえるかな?」


 笑顔を取り繕う俺に二人はぶるぶると震えている。

 俺が下手したてに出れば、口が堅くないこいつらはぺちゃくちゃと情報を喋ってくれていただろう。

 だが、そんな事するよりこっちの方が断然早い。それに二人を襲った対価も必要だしね。


 「シュ、シュバーデン様は……」


 ニコニコとする俺に先程失禁した男は、恐る恐る口を開いたのだった。

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