第198話 気遣い


 「おい! レオン! 来たぞ!!」


 ノックもせずに突然扉を開けてきたカルロスは興奮気味にそう言った。


 「はぁ……来たって……まさかあれの事?」


 久々に読書に耽っていた俺は、読みかけの本を閉じて、窓から見える景色に視線を移す。

 曇天模様の空から一筋の雷鳴が轟き、カルロスは先程よりも子供っぽく声を上げる。


 「うっひゃー、すげぇな!」

 「そ、そうだね」

 「うしっ! 外出ようぜ?」

 「えっ、普通に嫌だけど」

 「決まりだな。俺、全員に声かけて来るわ」

 「……」


 まるで嵐のように、カルロスは扉から出ていく。


 ふむ。

 とりあえず、本の続きでも読むか。


 こんなにも天気が荒れているのだ。

 その理由で<月の庭>にもいかなかったみんなが、賛同するわけがない。

 そう思った俺は半開きのまま放置してある本を手に取る。

 すると、


 「レオーン!!」


 次は涙を滲ませたルナが顔を見せた。


 「どうしたの?」

 「カルロスがばかなのー。なんか言ってきてよ~」


 椅子に腰かけていた俺の元へ近寄り、上目遣いにそう懇願してくる。


 あぁ、さっきの話かな?


 「行きたくないなら断ればいいんじゃない?」

 「断ったのに、みんなで行くぞー! って」

 「ふ、ふむ。分かった。俺が強めに言ってあげるよ」


 雷を見て、気分が上がるのはいいが、無理やり連れていこうとするのは違う。


 でも、なんか違和感があるんだよな。

 いつものカルロスなら、そんな強引な事はしないはずなのに……


 俺は不安そうなルナの手を引き、カルロスを探す。

 レティナの部屋にも、マリーの部屋にも、ミリカの部屋にもいない。

 考えなくても分かるが、開かずの部屋にもいないだろう。

 というか、みんなの姿が見つからない。


 「ダイニングかな?」


 俺はそう思うと、一階へと降りる。

 すると、ダイニングからみんなの声が聞こえた。


 「あんた本当に雷好きよね」

 「あぁ、まぁそうだな」

 「カルロスさんが否定しないなんて珍しいですね。いつもは本音を隠すタイプの人なのに」

 「あ~、そう言われてみれば確かにそうね」

 「カルロス子供。ミリカ、大人だから行かない」

 「でも、レオンは来るぞ?」

 「行く。何処までも行く」

 「じゃあ、私も行こうかな。レンくんは支度してるの?」

 「おう!」

 「いや、嘘を言うな。嘘を」


 俺ははぁとため息を吐きながら、ダイニングに顔を出す。


 「お? もう行けるのか?」

 「誰も行くとは言ってないでしょ……」


 そう言いながらルナの手を離し、俺はいつもの席に座る。


 「カルロス、ダメだよ? 強制的に連れてこうとしちゃ。ルナは雷が怖いんだから」

 「こ、怖いなんて言ってないもん!」

 「ほら、見ろ。ルナも賛成だ」

 「あっ……で、でも、ルナ今日はお腹痛い!」


 ルナは元気そうな顔で、わざとらしくお腹を押さえた。

 誤魔化しというのをルナに一度伝授してあげるか、そう思った時、


 「きゃっ!」


 突然の雷鳴と共に、部屋の明かりが消える。

 どうやらすぐ近くで落ちたようだった。


 「おお!! 見たか!? 今の!! すげぇ光ったな!」

 「レ、レオ~ン……」

 「よしよし。レティナ、部屋の明かりって」

 「ん~、付かないや。さっきの雷で壊れたのかな?」

 「魔素に電気が走ったんじゃないかしら? それならすぐ直ると思うわよ」


 魔道具というのは全て魔素によって動いている。

 仕組みこそ分からないが、その内部の魔素が異常をきたした場合、どんな魔道具も緊急に止まるようになっている。

 だから、壊れたというよりもマリーの言ってるようにただ止まっただけだろう。


 「レオン……」

 「大丈夫だよ、ルナ」


 俺はそう言ってルナを抱き上げ、膝に乗せる。

 すると、ピカッと外が光ったかと思えば、もう一度大きな雷鳴が響き渡った。


 「きゃっ」

 「うんうん」

 「きゃ、きゃ~」

 「……?」


 ルナより一呼吸遅れて声を出したレティナは、両手を広げて俺に抱きついた。


 「あの……レティナさん?」

 「こ、怖い~」


 下手くそ過ぎる演技に、思わず目を薄めてしまう。


 「いや、それ嘘ーー「怖いよ~」


 ふ、ふむ。

 まぁ、このままにしておいてもあまり気にしないが……


 「きゃ、きゃー」

 「おい、ちょっと待て。ミリカ」


 俺の静止を無視したミリカは、わざわざ椅子から立ち上がり、テーブルを回って駆け寄ってくる。


 「こ、怖いー」

 「おい、マリーもーー「カルロス、あんた一回雷に打たれてきなさい」

 「お、お、おう」

 「ふふっ、なんかいいですね。こういうの」


 そんな俺たちの様子を見ていたゼオがくすくすと笑う。

 拠点のみんなもその笑顔に釣られたのか、顔が綻んだ。


 なんだか久々な気がする。

 こうしてみんなの笑顔をちゃんと見るの。


 あの件から数日が経った。

 その間、みんなと一緒に居る時間もあったが、基本は自室で引き籠っていた。

 まぁ、いつも通りと言えばいつも通りの日常だ。

 ただ違っていたのは、いつまでも残る胸の違和感が拭えなかったこと。

 今でもそうだ。

 俺は……


 「おい、レオン。いつまでもうじうじしてんじゃねぇよ」

 「えっ……?」

 「お前よぉ、もっと男らしくなれ。じゃねぇと、本物の男にはなれねぇ」

 「ほ、本物の男?」

 「あぁ、そうだ。仕方ねぇから教えてやるよ。本物の男はまず雷を好きになる。そして、次に己と向き合うんだ」

 「ふ、ふむ」

 「自分の弱いとこを理解して改善する。ちなみに俺が今直してるとこは身体の強靭さだ」

 「……」

 「剣で斬られても無傷なのが理想だな」


 いや、それは無理だろ。

 そう口にしようとした時、


 「だから、外行くぞ。なっ?」


 カルロスはニカッと笑った。


 もしかして……今日、カルロスの行動がおかしかったのは俺の為だったんじゃないか?

 元気づけてくれようとしていたとするなら……


 「レンくん、行こっか」


 俺から身体を離し、レティナも微笑む。


 「じゃあ、私も行こうかしら」

 「ミリカも同意」

 「僕も行きます! お姉ちゃんも行こう? 僕が守ってあげるから!」

 「……じゃあ、行く!」

 「うしっ、そうと決まれば早く行くぞ!」

 「カルロスさん、みんなが着替えてからにしようよ」

 「んなの待ってられねぇよ。あの雷が俺を待ってるからな!」


 外套も着ずにそのまま玄関へと向かうカルロス。

 そんなカルロスを見た俺もルナを降ろし、後に続いた。


 顔も隠さずに王都を駆け回るなんて、いつぶりだろうか。

 雨は強すぎるし、雷鳴は轟き続けるし、通りすがる人から不審者を見るような目つきをされるしで最悪だ。

 でも、何故か高揚感があった。

 ここ数日間の生活が嘘だったかのように。


 「雷も悪くないな」

 「おっ、レオンもやっと分かったか。なら、本物の男に近づいたな!」

 「ふっ、それならいいけど……ありがとう、カルロス」

 「何に対してだよ。ほらっ、あいつら遅れてっから、迎えに行こうぜ?」

 「うん、そうだね」


 俺はカルロスと共に駆け出す。

 本物の男というのは今でも謎だが、俺は俺なりにそれに近づけるようにしよう。

 その為にはまず上を向いていくか。


 そう決めた俺は、カルロスよりも早くみんなの元に辿り着くのであった。

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