第194話 二日酔いなんて言ってられない
「んっ……」
瞼に突き刺さるような陽の光によって、目を覚ます。
昨日は<金の翼>のみんなとお酒を飲み交わしたが、飲み過ぎて頭は痛いわ気持ちが悪いわで最悪な朝だ。
俺って昨日どうやって帰ったんだっけ……それにここは何処だ?
見慣れない天井に、普段と質感の違うベッド。
俺は鈍い思考の中、周囲を確認する為に身体を起き上がらせようとした。
「レオン……おはよっ」
「あぁ、おはようシャル……」
隣からシャルの声が聞こえて、何も考えずに視線を向ける。
同じベッドで寝ていたんだろうか。
少し頬を紅潮させながら、顔を隠すシャルの様子をじっと見る。
シャルの様子を……シャルを…………っ!?
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!? な、な、な、なんでシャルがいるの!?」
あまりにも突然な出来事に、思わず飛び起きてしまう。
「何でってここは私の部屋よ?」
「えっ……」
確かに普段とは少し……いや、大分違った景色だとは思っていた。
だが、まさかシャルの部屋で寝ていたなんて想像を大きく超えている。
「ま、まさかとは思うけど……昨日は一緒に……」
「う、うん……」
う、う、嘘だろ……
シャルの表情はいつもとは違い、何だか色っぽく感じる。
そんなシャルから視線を背け、俺は一旦事態の把握に頭を回した。
昨日セリアとロイにけしかけられて、どれだけお酒を飲めるかという勝負をしたのは覚えている。
二人は最初飲みに出掛けた時よりも、ずっと強くなっていて苦戦を強いられた。
「も、もう……限界にゃんじゃない……?」
「ま、まだまだいける……っすよ……うえっ」
「レオンさんこそ……限界そう……ですよ。口調おかしい……っですし」
「三人とも飲み過ぎよ? すみませーん、人数分のお水ください」
あの時はもう少しでこの勝負が終わると思っていた。
俺は大分思考が回らなくなっていたが、二人の顔を見るに限界は近いと感じ取っていたからだ。
だが、俺の予想とは違い、そこからあいつらは粘り強さを見せ、結果的に引き分けみたいな形で終わったような気がする。
問題はその後だ。
「……うえっ。シャ、シャル……後は……」
「セ、セリアちゃん、ほんとに大丈夫?」
「わ、わ、私のことは……ほっといて……早く……っうええ」
「……お、俺ちょっとそこまで行く……わ」
「ちょ、ちょっとロイ!?」
「し、師匠を頼む………………うえぇぇぇぇ」
「レ、レオン……? 歩ける……?」
「……」
「……私の部屋すぐそこだから……少し休憩しよっか」
「…………あ……ぁ」
全身の血が引いていく。
取り返しがつかないなんて言葉では足りない。
お、落ち着け……まずは何処までやってしまったか確認しなくちゃ……
「シャ……うっ」
二日酔いのせいか、ずきりっと頭が痛む。
「だ、大丈夫? 今温かいスープでも作るから待ってて」
片手で頭を押さえている俺にそう告げたシャルは、そのままベッドから降りて鍋を手に取った。
俺との話を避けているわけではない。
きっと純粋に身体を心配してそうしてくれているのだろう。
だが、今はその優しさに甘えるわけにはいかない。
「えっと……ありがとう」
まずは感謝を述べる。
そして、ここからだ。
「気にしないで」
「……」
まるで聖母のような微笑みに俺の口が動かなくなる。
正直な話、真実を聞くのが怖くて仕方がない。
酔っぱらってシャルと関係を結んでしまったかも……という憶測がずっと俺の頭の中にあるからだ。
何も言えない俺は周囲を見回す。
シャルの部屋はとても女の子らしい雰囲気に包まれている。
ピンクの柔らかなカーテンが風に優れ、床を覆っている絨毯は染み一つない。
ベッドの角には大きなぬいぐるみが鎮座しており、やはり魔法が好きなのか、本棚には魔法文書が綺麗に並んでいた。
こういう状況でなければとても居心地のいい空間と言えるだろう。
でも、今の俺は緊張感と焦燥感、二日酔いのせいも相まって、少しだけ吐きそうだった。
「レ、レオン……あんまり見られると恥ずかしい……」
くっ。
そんな可愛い顔でこっちを見ないでくれ。
「あっと……ごめん」
「もうスープ出来るからそこ座って?」
「う、うん」
ベッドから降りて机の前に腰を下ろす。
そんな俺の元に、カップに入れたスープを持ってきたシャルは俺の対面に座った。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
挙動不審にシャルからカップを受け取り啜る。
あ、味がしない……
「レオン、昨日の事覚えてる?」
き、来た。いきなり本題か。
「じ、実はほとんど覚えてないんだ……」
「そっか、あれだけ酔ってたもんね」
あれ? この反応……これはもしかして俺は過ちを侵してないんじゃ?
シャルの表情を見て、そう考える。
もしも俺がシャルに手を出していたら、きっと彼女は俺の 「覚えてない」 という言葉に、気を落とすことだろう。
だが、表情を見る限りそんな事もない。
これは確かめるチャンスだ。
そう思った俺は戸惑いながらもなんとか言葉にした。
「シャルさ……その……昨日……」
「……うん……初めてだったよ」
「……えっ?」
「凄く緊張したけど……良かったなって。本当は今も少しだけ緊張してるの」
「えっと……何に?」
「……この部屋でレオンと二人っきりって事に」
甘い空気の筈なのに、汗がだらだらと湧き出てくる。
は、初めてということはつまりそういう事だよな?
い、いや、まだ決めつけるには早すぎる。
シャルの表情には違和感があるし、ここはちゃんと俺の方から直接的な表現で聞かなくてはいけない。
仮に俺がそういう事をしたと分かっても、現実逃避をせずに受け止めよう。
きっとそうなっていたら、一番不安なのはシャルなんだから。
俺はそう思うと、真剣な表情でシャルを見据えた。
「シャル……」
「は、はい」
「俺……シャルに手を出したの?」
「……へっ!?」
「初めてって言ったから、俺そういう事しちゃったのかなって」
ボッと赤く燃え上がるシャルの顔。
そんなシャルは手をあたふたとさせながら、口を開く。
「ち、違うわ! こ、この部屋に男の人を入れたのが初めてって話で、レオンが私に手を出すはずないでしょ?」
「ほ、ほんと?」
「もちろんよ。あ~もう、びっくりした。なんだか熱くなってきたわ」
手をパタパタと仰ぎ、シャルは宙を見上げる。
…………よ、よかったぁぁぁぁ!
ちゃんと俺は自制を保てたんだな。
偉すぎるぞ、俺。
「ごめんごめん、一応念のために聞いておきたかったんだ」
「私も言い方が悪かったもの。ごめんなさい」
ふむ。
当分お酒は控えた方がいいなこれ。
今回は何も起きなかったようだが、次回は分からない。
おおよそロイとセリアが企んだ事だと思うけど、俺を酔い潰して結果的に何を求めていたんだろうか。
既成事実を作るのが目的だったのなら、昨晩シャルの方から俺を誘っていたと思うし……
(その……師匠とシャルがなんかぎこちなくなってたから、少しでも良くなればいいなって……)
そんなロイの言葉が俺の脳裏によぎった。
「レオン、美味しい?」
考え事をしながらスープを啜る俺に微笑みかけるシャル。
安心したためか、この野菜スープの味も分かってきた。
「美味しいよ」
「ふふっ、良かった」
嬉しそうな顔をするシャルに思わずドキリッとしてしまう。
なんだかんだでここに居てしまってるけど……よく考えればダメだよな。
レティナもきっと不安になってるだろうし……
俺は温くなってきたスープを飲み干して、すっと立ち上がる。
「シャル、ありがとう。俺もう行くよ」
「えっ? もう……?」
「うん……レティナが待ってるからさ」
「……っ」
俺の言葉にシャルはふっと暗い表情に切り替わる。
本当に大切な人は一人しか選んではいけない。
じゃないと、父さんが言っていた紳士とかけ離れてしまうから。
「またね」
俺は背を向けて扉に向かう。
しかし、そんな俺を引き止めるかのようにシャルは俺の服を掴んだ。
「待って……レオン」
「えっと……」
「話があるの」
とても真剣な声色に俺はその話を聞こうと振り返る。
「……なんの話?」
「私……一週間後に<魔の巣窟>に行くの。Aランク昇格のために」
「い、今<魔の巣窟>って言った?」
「えぇ」
俺を見つめている瞳が尋常ではない深刻さを物語っていた。
<魔の巣窟>はAランクに認定されている危険な場所だ。
他に認定されている同ランクの場所とは違い、かなり危険度が高い。
俺も昔、<金の翼>を連れてあの場所で依頼をこなしたことがあったが、あの時のメンバーは皆Sランク冒険者になれる力があった。
だが、今のシャルたちは明らかに当時の俺たちよりも力不足だ。
「他の依頼に変えよう。俺もマスターに直談判しにいくからさ」
「ううん、私が決めたの」
「えっ……? どうして? あの場所がとても危険なことくらい知ってるだろ?」
「知ってるわ……でも……」
シャルは少しだけ震えながらも、ふっと微笑んだ。
「初めてレオンが連れて行ってくれたあの場所で、私はAランクになりたいの」
どうしてそんな幸せそうな顔で言うんだよ……怖いはずなのに。
俺はシャルのことが大切だ。
だから、ここで無理にでも引き止めた方がいいに決まっている。
でも、こんな顔されては……
「もしも私たちが無事に帰って来れたら……その時はレオン、伝えたいことがあるの。聞いてくれる?」
母さんが教えてくれた。
こういう台詞はフラグでしかないと。
「……もちろん。待ってるよ」
不安が募る俺はなんとか返事をする。
「ありがと。後ね、一度だけでいいから頭……撫ででほしい。そしたら私、平気な気がするわ」
「……そんな事でいいなら喜んで」
俺は躊躇することなくシャルの頭を撫でる。
すると、彼女は心底嬉しそうな顔を見せた。
……もうこうなれば信じるしかない。
シャルたちが必ず依頼を達成できると。
そう思い込みながらも、ざわざわとした心をシャルに悟らせないように笑顔を取り繕った俺は、彼女が満足するまで頭を撫でてあげるのだった。
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