第193話 曖昧な記憶
「ん? あれって……」
いつも通りに<月の庭>から拠点へと帰ると、玄関口に見慣れた二人が立っていた。
「どうしたの? 二人とも」
「あっ、レオンさん」
「こんちは……っていうか、こんばんわっすね!」
そう言って会釈をするセリアとロイ。
もうすぐ陽が落ちるというのに、何の用事だろうか。
「急なんすけど、師匠これから飲みに行きませんか?」
「えっ? 今から?」
「そうっす!」
ふむ。
別に特段用事は無いが……
「えっと……三人で?」
「いや、シャルも一応呼んではいますけど、来るかどうかは分かりません」
「……なるほど」
「ダメでしたか?」
セリアがそう言葉にし、俺の瞳を見据える。
なんとなくだが、セリアは知っている気がする。
俺とシャルの関係が拗れてしまったことを。
呼んでいるならきっと来るだろうな……
「いや、ダメってわけじゃないよ。ただレティナが夕食を作ってくれてると思うから、いけない可能性の方が高いかな」
「分かりました。では、今から聞いてきてください。もしダメでしたら後日予定を組みましょう」
穏便に断るつもりだったが、セリアはどうしても飲みの席を用意したいらしい。
セリアとロイが付き合った祝いとして、お酒をたくさん飲ませてあげようとは思っていた。
ただシャルが居るなら、少し戸惑ってしまう。
……とりあえず、レティナに話しを通すか。
飲みに行く人の中に、シャルが居るのならばレティナもきっと俺を引き止めるだろう。
「分かった。少し待ってて」
二人が頷くのを見た俺は、玄関の扉を開け中へと入る。
「ただいま~」
そういつも通りに声に出すと、
「おかえり~」
ダイニングに居たレティナが顔を出す。
「あっ、レティナ。ちょっと話があるんだけど」
「ん? 何?」
立ち止まったままの俺に、レティナは不思議そうな顔を浮かべて近寄ってくる。
「夕食ってもう作ってるよね?」
「うん、そうだけど……もしかして、今日はお外で食べてく?」
「ん~っと、誘われてはいるんだけど……やっぱり止めとくよ」
「えっ? 行ってきていいよ? 別に明日の朝とかでも食べられるんだから」
「……でも、飲みに行くの<金の翼>だよ?」
「?? それで?」
「いや、それでって……シャルも呼んでるらしいんだ」
俺の言葉に何か納得するような表情をするレティナ。
俺が予想していた反応とは少し違う。
「じゃあ、ダメ!」 とかそういう言い草で、引き止めてくると思っていたのだが。
「いいよ、行ってきて」
「……えっ?」
ど、何処かで頭を打ったとかないよね?
以前無断で飲みに言った時なんて、笑顔で俺のこと詰めて来たのに……
「ふふっ、何その反応~」
「い、いや、ちょっと予想外で……一応聞くけど、シャルも居るんだよ?」
「うん、それは聞いたよ」
「その上で……いいと?」
「うん。あっ、そうだ。今が話すいいタイミングだから言うけど……シャルちゃんとお付き合いすること私受け入れるよ」
「はい……?」
唐突なその言葉で俺の思考が止まる。
彼女は何を言っているのだろうか。
俺とシャルが付き合っても受け入れる……? あのレティナが??
レティナの言葉が信じられなくて、思わず彼女のおでこに手を添えた。
「熱は無いか……じゃあ、本当に頭を打ったとか」
「頭なんて打ってないよ」
「……じゃあ、どうしてそんな結論になったの?」
無理に作った笑顔というわけでもなく、レティナは普段と同じように微笑む。
「シャルちゃんの本気を知ったからかな……それにレンくんの心が安定するでしょ?」
「……っ」
……なるほどな。
レティナの言葉に一人納得する。
俺があの時適当な事を言ってしまったから……レティナは自分の気持ちを押し殺して俺を優先させたということだろう。
黒い感情で完全に理性を失えば王都が滅びる。
未だに自分でも信じられないが、その事を知っていれば嫉妬なんて感情で俺を束縛するはずがない。
「……ごめん、レティナ。今更言うのもなんだけど……あれは嘘なんだよ」
「えっ?」
「口から出たでまかせというか、なんていうか……」
レティナの顔を見れずに視線を逸らす。
俺が最低な事を言ってしまったという自覚があるからだ。
「えっと、でも、あの子が言ってたんだよね?」
「……あの子? あの子ってどの子?」
「えっ……レ、レンくんが会ったあの子だよ?」
「……会った?」
「?? 王都が滅びるって事も、三年前……ううん、もう四年経ったあの時を思い出しちゃいけないって事も、レンくんの溶けかかっていた魔法を再度修復することができたって事も……全部あの子から教えてもらったんでしょ?」
不安そうな顔でそう告げられるも、俺は何を言ってるのか理解できずに困惑してしまう。
あの子ってどの子か見当もつかない。
そんな俺にレティナは言葉を続けた。
「覚えてないの……?」
「……覚えてないっていうか、その話はレティナが教えてくれたんじゃ……なかったけ」
思い返してみれば全部が曖昧だ。
確かにいつレティナの口からその話を聞いたのかと考えてみるが、上手く思い出せない。
あの子が教えてくれた……あの子が……?
(ばいばい……)
ザザザザッ
「ぐっ」
「レ、レンくん!?」
久々のノイズに俺は地面に膝をつく。
思い出すな。思い出しちゃいけない。
頭が割れる程の痛みに、俺は思わずレティナの身体を抱きしめた。
ザザッ
「レンくん大丈夫!?」
「だ、大丈夫……でも……少しだけこのままで……」
頭の痛みが引いていく。
先程何か思い出せそうだったが、こんなにも頭が痛くなるならば無理に思い出そうとしなくていい。
ただただ背中をさすってくれるレティナに感謝しながら身を預ける。
そうして少し経ち、完全に頭の痛みが引いたところで、彼女の身体を離した。
「ありがと、レティナ。もう大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん」
俺は安心させるように頭を撫でる。
するとレティナは、俺がやせ我慢をしていないと分かったのか、ほっと胸を撫で下ろした。
「良かった……」
「ごめんね、心配かけて」
「ううん、大丈夫だよ。さっきの事はまた今度話そ? 多分みんな待ってるんだよね?」
「そうだけど……」
「ほらっ、立って。レンくん」
レティナが俺の手を掴み立ち上がらせてくれる。
「私は全然気にしないから、楽しんできて。レンくんが暗い表情してると、みんなも暗くなっちゃうんだから」
「……そっか。分かった。じゃあ、今日は行ってくるよ」
「ん、いってらっしゃい」
これ以上何か言っても繰り返しになるだけだ。
それにきっとレティナは先程の事を忘れてほしいと思っている。
頭痛が起きるあのノイズは、おそらく四年前に関連している事なのだろうから。
こうなったらお酒でも飲んで、全部吹き飛ばすか。
「いってきます」
そう割り切った俺は玄関の扉を開く。
セリアとロイは気を遣ってくれたのか、玄関前ではなく少し歩いた先で待っていた。
「お待たせ。レティナから許可貰ったから行こうか」
「おお~、流石レティナさんっす!」
「良かったです、では、行きましょう」
……ふむ。
先程の内容は聞いてないみたいだな。
少しの表情もぶれない二人を見て安堵する。
もしもあの内容を聞かれていたら、どう誤魔化していいか分からなかった。
そのまま俺たちは、他愛のない話をしながら街の大通りを歩いた。
酒場など腐るほどこの王都にはあるのだが、二人が美味しいという行きつけの酒場があるらしいので、そこに行ってみることにした。
「あっ、シャル。もう来てたんだ?」
酒場に着いてから店の中へと入ると、一人座っていたシャルにセリアが近寄った。
「うん……えっ? レオンも?」
「ん? そうだけど……」
シャルが動揺しながら俺を見ている。
えっと……これもしかしてシャルは知らなかったんじゃ……
「し、師匠! 早く座ってくださいよ!」
「わ、私、お手洗いに行ってきます。シャルも付いてくるよね?」
「えっ? 私はさっき行ってーー「来るよね???」
「う、うん。じゃあ……」
強制的にセリアはシャルの腕を掴み、歩いていく。
「……何が目的なの?」
「へっ? も、目的何てないっすよ~。あっ、こっちとりあえず
「はいよ~」
「……ロイ、吐け。じゃないと、お前は後悔する」
「し、師匠も疑り深いな~。生粋の冒険者っすね」
「……ロイ?」
「は、はい」
「……」
「……」
「…………」
「わ、分かったっす! 分かったすから、その目止めてください。まじ怖いんで」
ロイに向けていた圧を止めてあげると、ロイははぁとため息を吐いた。
「師匠は迷惑かもしれないっすけど、シャル最近元気ないんすよ……」
「……っ」
「だから、元気にさせてあげようかなって。俺たちだけじゃなく、師匠が居ればあいつ嬉しいと思うから」
「……それだけ?」
「はい……いや、嘘っす。もう一つは、その……師匠とシャルがなんかぎこちなくなってたんで、少しでも良くなればいいなと……」
「……なるほどね」
確かに俺がシャルに対して、以前のような接し方をすればこの問題は無くなるだろう。
ただ……
「……まぁ今日は飲みまくるか」
「そうっすね。ちなみに言いますけど、俺めちゃくちゃ酒強くなりましたよ」
「へ~。楽しみだ」
「セリアも強くなったんで、師匠潰れるんじゃないんですかね~?」
「ふ~ん、そんな大口叩くなんて知らないよ?」
「望むところっす!! セリアと俺、それにシャルの力を合わせて師匠に勝ちますよ!」
いくら俺の弱点がお酒だと言っても、ロイとセリアの二人に負けるはずがない。
問題はシャルだが、彼女は飲め飲め急かしてくることはしないと思う。つまり二人を潰せば俺の勝ちだ。
「お待たせしました~」
「お、お待たせ……」
帰ってきたセリアはロイの横に、シャルは俺の横に腰掛ける。
「なんか顔赤いけど大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ」
何故か目を晒されてしまった。
久々に一緒に飲むから緊張でもしてるんだろうか。
「は~い、
うん、まぁ些細な事はいいか。
俺の目的はただ一つ……舐めたこいつらを潰すことだ!!
そう思った俺は乾杯の合図と共に、つぶし合いを開始するのであった。
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