第192話 耐えられなかった理性


 「ミャー、身体は平気?」

 「平気にゃ」

 「じゃあ、そのままマスターに会いに行こう」


 王都に辿り着いた俺たちは、徒歩で<月の庭>へと向かう。

 幸いとは言いたくはないが、剣士と魔術師の死体は帰りの道で見つからず、やはりあの森を抜け切れたようだと分かった。


 俺がマスターに事の経緯を話したら……ミャーはどういった反応をするのだろう。

 正直あいつらがやった行いを認めて、罪人と突き放してくれたら、カレンの依頼は遂行したと言ってもいいだろう。

 ただ、逆に全てを許してしまえば……


 まぁとりあえずマスターに話してから判断するか。


 俺は思考を振り切って、歩を進めた。

 その隣で歩くミャーとの会話はない。

 ずっと複雑そうな表情をしているからだ。


 そんな空気の中、歩いていくこと数十分。

 俺たちは<月の庭>の入り口へと辿り着いた。


 もうすぐ夕方になりそうな時間帯なので、冒険者はあまりいない。

 ただきっとすぐに依頼帰りの冒険者でごった返すだろう。


 そう思った俺はそそくさと大きな扉から入り、二階へと上がろうとした。

 だが、ふと隣で歩いていたミャーの足が止まる。


 どうしたんだろう?


 不思議に思い、ミャーが向けている視線を辿った。


 「ちっ、どうやって報告する? リゼ」

 「しょうがないけど、依頼に失敗しましたって言うしかないんじゃないの?」

 「だよな~。あ~、もったいねぇ」


 休憩スペースのソファで怠そうに会話をする剣士と魔術師。

 まだ俺たちのことに気づいていないらしい。


 「あそこであんな奴に会わなければ、俺たちCランクだったのによぉ……ちっ」

 「まぁ、命があるだけいいじゃない。死んだ奴もいるんだし」

 「そうだな。それにしてもお前も鬼畜だよなぁ。あそこで麻痺パラライズを掛けるなんてよぉ」

 「死ぬならあいつしかいないでしょ」

 「もう一人の確か……レインつったっけ? あいつはどうなったんだろうな」

 「知らない。生きてても死んでても、もう私たちには関係ないわ」


 受付嬢も側に居ない為か、二人は言いたい放題本音を口に出している。

 そんな二人をミャーは信じられないといった表情で見つめていた。


 (殺せ。殺せ。)


 ……もうこれ以上聞いていられない。


 そう思った俺は二人に近寄る。


 「ねぇ、何の話してるの?」

 「なっ!?」

 「っ!?」


 振り向いた剣士と魔術師は、俺たちの姿を見て驚き、立ち上がる。


 「ウラン……リゼ……」

 「な、なんで生きてるの!?」


 出会って一言目がそれかよ……酷過ぎるな。


 目を大きく開き、口を開けている魔術師にミャーは一歩前に出た。


 「どうして……あんにゃ事したのにゃ……?」

 「ち、違うの! あれは……その……」


 ミャーが生きていることに、裏表の激しいさすがの魔術師も動揺を隠しきれないようで口籠っている。

 そんな様子を見た剣士は、腕を組み何処か余裕そうな表情をして口を開いた。


 「まぁ結果的に良かったじゃねぇか」

 「にゃ……?」

 「お前は死んでねぇし、リゼもあの魔物を見て焦っちまったんだけだ」

 「そ、そうそう。あの時はごめんね」

 「……っ」

 「俺たち仲間だろ? 許してやってくれよ」


 何故こんな上から目線なのだろうか。

 聞いているだけの俺でさえイライラしてくる。

 それに……仲間っていう言葉をそう簡単に使うなよ。


 何も言わずに拳を握るミャーに、剣士はため息を吐く。


 「はぁ……そんな辛気臭ぇ顔すんなよ。こっちまで移るだろ。それよりよぉ、一目鬼サイクロプスの角は持ち帰ってきたか?」

 「持って帰ってきたにゃ……」

 「おお!! なら、よしだ! さっそくマスターに報告しに行こうぜ」

 「……」

 「……おい、ミャルネ。いい加減にしろよ。終わった事を根に持ちっーーぐへ!?」

 「あっ……」

 「ちょ、ちょっとあんた何やってんのよ!!」


 ふざけた事を抜かしていた剣士の顔面をついつい殴ってしまった。

 割と力を込めてしまった為か、彼は失神したまま地面に倒れ伏している。


 なんか白い歯が飛んで行ったように見えたけど……自業自得か。


 そう思う俺の元へ、すぐに受付嬢が駆け寄ってくる。


 「ど、どうしたんですか!?」

 「えっと……」

 「こいつがいきなり殴ってきたんです!! 大丈夫!? ウラン、ウランっ!」

 「……冒険者同士の喧嘩はご法度と知っていますよね?」

 「まぁ……はい」

 「はぁ……とりあえず事情を聞くので付いてきてください。最悪の場合、貴方はギルドから追放になります」

 「……」


 ふむ。

 まぁここは大人しく従うか。

 この場で顔を明かしたくはないし。

 でも、マスター……受付嬢にはカレンの依頼を共有しといてよ。


 「ほんっとありえない! 手を出すなんて! ミャーも何とか言いなさいよ!!」

 「……」


 黙っているミャーが何を考えているのか分からない。

 ただ俺の方をじっと見つめていた。


 「早く行きますよ」

 「はい」


 俺は受付嬢に腕を掴まれ、二階に続く階段を上っていく。


 へ~、こういう時ってマスターが対応するんだ。

 それとも違う部屋に連れてかれて、事情を聞かれるのだろうか?


 そんな悠長な事を思っている俺に、魔術師は興奮した様子で声を上げた。


 「あんた覚えてなさいよ! 絶対ギルドから追放してやるんだから!! ミャーもミャーだし……なんで黙ってるの? 信じられないんだけど?」

 「……」

 「何? もしかしてあいつに惚れた? 仲間のウランがこんな事されてるのに、あんな頼りなさそうで乱暴な男にーーぎゃっ!?」


 鈍い音がして、思わず振り返る。

 すると、ミャーの前には先程喚いていた魔術師が剣士と共に白目を剥いていた。


 えっ……? 嘘だろ?


 動揺する俺にミャーは視線を移すとぱっと笑顔になる。


 「レイン、ミャーも同じにゃ」


 スッキリとした表情でそう言葉にするミャーは、俺と受付嬢の元へ近寄った。


 「あ、貴方まで……自分が何をやったか自覚しているのでしょうね?」

 「もちろんにゃ! レインの悪口言ったあいつに制裁を加えたのにゃ!」


 ……正直予想外だ。

 ミャーがただ黙っていたから、またあと二人のの口車に乗らされていると感じていたのだが……


 「……レイン。ミャーが馬鹿だったにゃ。あの二人に仲間って言われて、嬉しくて……嫌な事されても、きっとそれは友情を深める為のものだと思って耐えていたのにゃ。でも、レインと過ごして違うって分かったにゃ」


 すぅっと一呼吸入れたミャーは、言葉を続けた。


 「どんな時も助け合って、辛い時も寄り添ってくれる。それが仲間にゃんだなって。あいつらは最低野郎にゃ! レインが罪を負うにゃら、ミャーも一緒に背負うにゃ」


 ほくそ笑むミャー見て、俺は思わず胸を撫で下ろす。


 ミャーはちゃんとあの二人を切り離す事ができたんだな。

 二日間共に依頼へ出かけるって聞かされた時は憂鬱だったが、素直に了承して良かった。


 「あれ? どうしたんですか?」


 騒ぎを聞きつけたのか、二階からカレンが姿を見せる。


 「あぁ、カレン。ちょっといざこざがあってね」

 「……あぁ、なるほど」


 周囲の状況を見て察したのか、カレンは流石! といった表情で、胸の前で手を組んだ。


 「悪いけどこの二人から事情を聞いてもらえる? 私はそこで倒れている冒険者に話を聞くから」

 「はい! お任せください! レオンさん行きましょっ」

 「レオン……?」

 「レオンって、レインの事かにゃ?」

 「あっ……」


 うん、マスターにはきつく言っておこう。

 カレンはもうちょっと配慮を覚えるべきだって……










 「はぁ……疲れたなぁ」

 「ミャーはまだまだ元気一杯にゃ」


 ミャーはそう言って、笑顔を浮かべる。

 マスターに報告し終えた俺たちは、街の大通りに出ていた。

 報告した内容といえば、ミャーに対して剣士と魔術師が行った行為と、<月の庭>の中で殴ってしまった経緯だ。

 本当ならば、ほとんど無関係な俺が手を出したことに何かしらの罰が下されるはずだったが、ミャーがあの二人への罪を軽くさせる代わりに、俺への罰を無かったものとしてマスターに訴えてくれた。


 ああ言ってくれたのは嬉しかったけど……多分ミャーはあの二人に重い罪が被ることが嫌だったんだろうな。

 あんな屑たちに同情しなくても良かったのに。


 本来ならば二人に課される罪は、ミャーから奪っていたお金の返金、ギルドからの追放、殺人未遂で奴隷落ちだった。

 その話を聞いてから、慌てて交渉に入った様子から察すると、俺の予想は間違っていないだろう。


 「でも、残念にゃ。もしレインが……じゃにゃくって、レオンが本当にソロだったら一緒にパーティー組みたかったのに……」

 「ミャーなら誰とでも組めると思うよ。ただ、もう仲間を間違わないでね」

 「分かったにゃ。ありがと、レオン」


 もうこの先ミャーがあいつらのような仲間と組むようなことはならないだろう。

 痛い思いも悲しい思いもしたが、この経験が生きる上の糧になると思う。


 それにしても、ミャーは一人になってしまうのか。

 何処かいいパーティーなかったかな。


 そんな事を考えると、一つのパーティーが頭に浮かんだ。


 「あっ、もしソロが嫌だって思うなら、いいパーティー紹介してあげる事できるよ」

 「ほんとかにゃ!? してほしいにゃ!」


 食い気味に返事をしたミャーに俺は笑顔を浮かべる。


 「分かった。じゃあ、また明日<月の庭>でね」


 俺が関わってきたパーティーなどそこまで多くない。

 今、思い浮かんだパーティーもそこまで仲がいいわけではないのだが、ランク的にミャーにぴったりだろう。


 アルド、ローズ……えっと……ナ、ナタリア。


 あの三人は皆性格もいいし、ミャーと一緒に依頼に行けばすぐ仲良くなれるだろう。


 夕焼けの中歩いていく俺たち。

 昨晩二人っきりで歩いたが、今は少し違う。

 ミャーの不安も俺の依頼も全て解決したのだ。

 表情はお互い柔らかかった。


 あぁ、やっぱり冒険者って悪くないな。


 そんな事を考えながら、俺はミャーの話に耳を傾けるのであった。

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